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「……あ、れ…」

瞬きを繰り返して、自分の状況を整理する。
見慣れない天井と少しだけ薬品臭い部屋。
多分ここは保健室だ。

「起きた?」
「…ユキ…?」

顔を覗き込んだユキが俺の頬を撫でた。
冷たくて心地よい。

「熱あるから」
「…熱?」
「うん」

ぼんやりとするのはそのせいか。
体を起こせばぐわん、と頭が揺れて眉を寄せる。

「…ごめん、迷惑かけて」
「恋人なんだから、好きなだけかければいいよ」
「偽者だよ」

俺の言葉にユキは一瞬悲しい顔をした。

「…手、」
「なに?」
「握っててくれたんだ…」

温もりを感じる右手を辿れば彼の手があって。
ありがとう、と言えばユキは首を横に振った。

「離してくれなかったんだよ、なまえが」
「え?」
「階段で掴んでからずっと」

ユキの言葉に首を傾げて、記憶を辿れば思い出す。

「助けてくれたの、ユキ?」
「教室の前通ったとき様子が変だったから追いかけたんだけど。階段落ちそうになっててビックリした」
「ごめん、意識飛びかけてた」

なんでここまで酷かったのに言ってくれなかったの?とユキが首を傾げた。

「迷惑かけたく、ない。…ユキの負担になることは絶対に嫌だから」
「倒れられる方が迷惑だけど」
「え?あ、ごめんな」

頬をかいて、視線を逸らす。

「…心配した」

繋がれていた手をぎゅっと握りしめて、ユキは俯いた。
顔を髪が隠して、俺の胸がずきりと痛む。

「ご、めん…」
「偽者…だから、ダメなの?」
「え?」

痛いほど手を握りしめられる。

「偽者だから…俺には頼りたくない?迷惑かけたくないわけ?」
「ちが、そうじゃなくて…」
「だったら、偽者なんて…やめてやるよ」

こちらを見た彼の目は真っ直ぐ俺を見つめた。
意思のある綺麗な瞳。

「ユキ…?」

体を押されて俺はベッドに逆戻り。
ベッドに片膝を置いてユキは俺を見下ろす。

「本物なら…いいんだろ?」

唇を塞がれて、ユキの柔らかな髪が頬をなぞる。

「んっ」

俺の口内を好き勝手動き回る彼の舌を絡めとって、甘噛みすればビクッと体が震えた。

慌てて離れようとした彼の頭の後ろに手を回して自分の方に引き寄せる。

「んっ、ぁ…」

暫くして彼の唇を解放すれば肩で息をするユキ。
視線を逸らしてゴメンと呟けばユキは体を揺らした。

「…悪い」
「なに、それ」

ユキの表情を彼の髪が隠す。

「……結局、俺じゃ…ダメなの?」

顔を上げた彼は泣きそうに眉を寄せていた。

「ユキ」

違う、そうじゃない。
そう言おうと彼に伸ばした手は振り払われて、ユキは俺に背を向けて走り去っていく。
慌ててそれを追いかけようとしてベッドから下りようとした俺の足は力なく崩れた。

そういえば…熱、あるんだっけ…
ズキズキと傷む頭。
けど、それ以上に、ユキに嫌われたかもしれないことが怖かった。

「ユキ…」
「なまえ大丈夫かー…て、おい!?」

カーテンが開いて顔を覗かせたシキが慌てて俺に駆け寄る。

「どうしよう」
「え?」
「…ユキに、嫌われた」

目を瞬かせたシキの制服を握りしめて。

「嫌われた…ユキに、嫌われた」
「お前、何言って…」

彼が握っててくれた手がどんどん冷たくなっていく。

「行か、ないと…ユキの、とこ」

立ち上がろうとしても体に力が入らなくて。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。
失いたくない。

「いや、だ…ユキ…」
「おいっなまえ!!なまえっ!!」

シキの声が遠くに聞こえて。
彼の服を握りしめた手からは力が抜けていく。

「ユ、キ…」

また、真っ暗な世界に引きずり込まれた。

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