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「何があった?」

部活で白河にそう尋ねれば無言で目をそらした。

「…なまえ、保健室で寝てる」
「親、迎えに来るの?」
「来ないよ」

え?聞き返した白河。
俺は視線を逸らして溜め息をついた。

「…アイツ一人暮らしでさ」
「一人暮らし…?」
「本当は姉と住むはずだったらしいんだけどな。お姉さん仕事の都合で出ていったらしくて。今は一人暮らし」

だから、迎えに来る人はいない。
練習終わったら俺が家まで送る。
俺の言葉に白河は俯いた。

「アイツが言ってたぞ。お前に嫌われたって。…嫌だ、どうしようって」
「別に、嫌いになんて…」
「何があったか知らねぇけど。アイツを傷付けるなら俺は許さねぇぞ」

白河はこちらを見てすぐに俯いた。

「そんな、つもりじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
「…俺じゃ、ダメだっただけだ」

はぁ?と聞き返せば白河はなんでもないと呟いて練習に戻っていった。

俺じゃダメだった?
…なまえにはアイツしかいないのに、そんなはずない。
俺は友達以上にはなれないし、なる気もないけど。
アイツにはそれ以上になることがきっと出来る。

「白河っ!!」
「なんだよ」
「俺は、お前に任せたはずだ。アイツのこと」

白河は眉を寄せる。

「…偽者じゃ、ダメなんだよ。ダメだった」
「は?」

白河の横顔はどこか泣きそうで。

「…アイツ、好きなのか?なまえのこと」

俺の言葉に答えてくれる人なんて、誰もいなかった。





なんだよ、ゴメンって。
悪いって。

俺じゃダメってことだろ?
俺は本物になれないってことだろ?

「なまえ」

俺は、お前が好きだった。
だから、俺を必要としてくれるのが嬉しかった。
けど、俺を頼ってくれるわけじゃなかった。

俺といるときに熱があるなんて言わなかった。
眠いって、ただそれだけで。

迷惑なんて、思わない。
負担だなんて、思うわけないのに。

…けど、何で…
キスなんてしたんだろう。
強引だったし、冷静に考えればもっと他に方法があった。

唇に触れて溜め息をつく。
それでも、俺のキスに応えてくれたことは嬉しかった。

「ごめん、なまえ」

偽者だったのに、好きになった俺が悪かった。
けど、今のままじゃ嫌だった。
一人で抱え込む彼の悩みを少しでも分けてもらえるような存在になりたかった。
もっと、近くにいたかった。
彼の温度が伝わるくらいに近くに。
けど、出来なかった。

彼の温度があった手を見つめて眉を寄せる。
もう、消えてきた。
彼の温もりが…もう、ない。

彼を好きだと気付いたとき、偽者なんてやめればよかったんだ。
そしたらきっと、こんなに胸が苦しくなることなんてなかった。
これは嘘をつき続け彼の隣にいようとした俺への報いだ。





ぼんやりとする視界。
体を起こせばずきりと頭が痛んだ。
けど、何があったかはちゃんと覚えている。

「ユキ…」

ユキに、嫌われた。
追いかけようとして、俺は倒れたんだ。
ベッドを囲むカーテンを開ければ外は暗くて。
時計は6時過ぎを指していた。

「帰らないと…」

ベッドから降りて、保健室を出ようとドアへ向かう。
ドアには鍵を職員室に返してくれと書かれていて、壁にかかる鍵を取る。

荷物は教室か…

鍵を返してから、ゆっくりとした足取りで階段を上る。

「ユキ…」

何で、俺にキスをしたんだろう。
初めてしたあの触れるだけのキスとは違う。
深い、キス。

俺は、ユキが好きだからそれに応えてしまって。
離れようとした彼を離したくないと思った。

「好き、好きだ…好き、なんだよ…ユキ」

嫌われてしまうなら伝えておけばよかった。

隣に彼がいることが嬉しくて。
伝えて、彼がいなくなるのが怖くて伝えられなかった。
結局、失う温もりだったなら…

「ちゃんと…好きだって言いたかった」

暗い教室。
自分の机を通りすぎて、窓に近づく。

窓を開ければ頬を撫でる緩やかな風。
留められていなかったカーテンが風に煽られて大きく波打った。

本物ならって…どういう意味?
結局俺じゃダメってどういうこと?

俺にはユキしかいなかった。
シキは優しいけど、どうやっても友達で。
それ以上にはなれないし、お互いそうなろうとはきっと思ってない。

けど何でかな、ユキとは…
そうなってもいいかなって…思ったんだ。
そうなりたいって、特別になって欲しいって…

「ねぇ…ユキ…?」

ユキなら、俺を…

「愛してくれると、思ったんだよ…?」

窓枠に手をかけてしゃがみこむ。

「寒い」

君の温もりが、もうここにない。

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