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「はよ」
「…おはよう、シキ」

教室にいつも通り座っていたなまえが微笑んだ。

「もう平気か?」
「うん、平気」
「ちゃんと、寝たのか?」

俺の問いかけになまえは目を逸らす。

「おい」
「ただ、ボーッとしてた」
「よくそれで治ったな」

薬飲んだからね、と彼は微笑んだ。

いつも通りに見えるけど、どこかいつもと違う。
周りの女子の声も完全に無視して、俺の渡したノートを写している。

「……いいのか、無視して」
「別に」

なまえの異変に気付いていない女子のグループが彼に近づいて。

「昨日休んでだけど大丈夫だった?」
「凄く心配したんだよ」

女子の声を聞きながらも動かしていたペンがピタリと止まる。
嫌な予感しかしねぇな、と思いながら彼らを見つめる。

「黙れ」
「え?」
「耳障りなんだよ、お前らの声」

あー…やっぱり今日は機嫌悪いのか。
まぁ、白河に嫌われたってのも結構なストレスになってるんだろうけど。

「な、なにそれ…」
「どうしたの?みょうじ君」
「黙れって言ってんだろ」

なまえはペンを置いて席を立つ。

「なまえ!!」
「ノート、あとでまた借りる」
「お、おう」

早く白河と仲直りしねぇと被害が拡がりそうだな。
泣きそうな女子を見て、苦笑する。

携帯で彼にメールを送ればわかったとだけ返ってきて。

「…世話の焼けるカップルだな」





空を眺めながら溜め息をつく。
ユキがいないこの空間がひどく寂しい。

女の声も全て耳障りで、ユキの声を探しても見つからなくて。
耳を澄ましても、目を凝らしても彼が見つからない。

「ユキ…」

会いたい。
たった1日会わなかっただけなのに、寂しくて胸が苦しくて。
会いたいが募る。

彼の姿が温もりを探して、求めて。
でもそれは…きっともう手に入らない。

窓枠に腰掛けて。
後ろの開いた窓の向こうに、いつもいた彼がいない。

ズキッと頭が痛んで額に手を当てればまだ少し熱い。
…まだ、熱下がってないのかもしれない。
俺の家に体温計はないから正確なことはわからないけど。

話せなくても、彼の姿を見られればなんて思って学校に来たのは間違いだったかもしれない。
短いけど彼と過ごしたこの場所じゃ、逆に寂しさが募るだけだ。

あの廊下も教室も。
どこに行っても、記憶のなかに必ずユキがいる。

「会いたいな、ユキ」

ポツリと呟いて、このまま帰ってしまおうかなんて考える。

そんなとき、背中にこつんと何かが触れた。

「…なまえ」

小さかったけど、聞こえた声は俺が探していたもので。

「ユキ…?」
「なまえ…ごめん 」

お腹の辺りに彼の腕が回される。

「…なまえ」
「うん」

彼の温もりが嬉しい。
彼が俺のところに来てくれたことが嬉しくて。

「好きだ」
「え?」
「好きだ、好きなんだよ」

もう、偽者は…嫌なんだ。

聞き間違い、ではない。
ユキの声が、ユキが俺を好きだと言った。

「…ユキ…?ホントに?」
「もう、嘘は…言わない」

俺は体に回っていた彼の手をとって、左手の薬指にキスをする。

「なまえ…?」
「俺も、好きだよ。ユキのこと」

手を離せば体からユキのこと腕が外れて。
振り返れば微かに頬を染めたユキがいた。

「好き、大好き。お願い、俺の…傍にいて」

窓から身を乗り出してユキを抱き締めれば、背中に彼の腕が回された。

「俺で、いいなら」
「ユキがいい」

俺には、君しかいないんだ。

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