05
金曜日の締め切りを終えて。土曜になった日付を見て大きく溜息をつく。
「終電間に合わない…」
「俺もっすよ。あ、折角だしみょうじさん、このあと飲み行きません?」
後輩の男の子がこちらに駆け寄ってくる。
他のメンバーは何とか帰れるようだった。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、今は飲める気分じゃない」
「あー…まぁ、確かに。今飲んだらきっと死にます」
「でしょ?」
どうしようかな、と呟いてから小湊の存在を思い出す。
「あー…ヤバい。ちょっと電話するね」
「え、はい」
携帯から彼の番号を探そうとして手を止める。
そういえば連絡先聞いてなかった…
仕方なしに家の番号にかける。
「はい、みょうじです」
聞こえた声は小湊のものだった。
なんか小湊がみょうじです、って出ると凄く違和感がある。
「あー…みょうじです」
「なんだ、本物からか」
「うん。ごめん、終電乗れなかったから始発で帰るよ」
そう彼に告げれば電話の向こうが無言になった。
「迎えに行こうか、車で。飲んでないし」
「あー、いいよいいよ。ちょっと仮眠してから帰るから」
「…そう?わかった、気を付けて」
何に気を付けるんだろう、と首を傾げてあ、と声を漏らす。
「夕飯。朝に食べるから捨てないでね」
「別にいいけど」
「ん、じゃあ。おやすみ」
電話を切れば男の子が目を丸くしていた。
「みょうじさんって結婚してましたっけ?」
「してないよ」
「じゃあ今のは彼氏ですか?」
今のって…小湊の事?
「まさか。ただの同居人」
「あ、女の人か」
「いや、男だけど」
は!?と固まった彼に首を傾げる。
「男の人と同居してるんですか!?彼氏じゃないのに!?」
「え、うん。おかしい?」
「おかしいどころの話じゃないですよ!!」
仮眠用に置かれているソファに腰かければ彼は給湯室に入っていく。
「それってどんな相手なんですか?」
「高校の同級生。なんか、火事に巻き込まれて住めなくなったからうちに来た」
「…それ、絶対下心ありますよ」
彼はそう言って、淹れてくれた紅茶を私に差し出す。
「ありがと。下心…ねぇ。ないんじゃない?」
「いやいやいや…みょうじさんってそういうのマジで鈍感ですよね」
「そう?」
首を傾げれば彼は何度も頷く。
「今まで彼氏とかは?」
「いたけど、長くは続いてないよ。見ての通りの仕事人間だからさ」
「綺麗なのに勿体無いっすね」
彼の言葉に私は笑った。
「そんなことないよ」
そうっすかねーと呟いた後輩は欠伸を噛み殺して。
「もう寝たら?私も寝るし」
「…そうさせて貰います。…あーベッドが恋しい」
「そうだね」
眠り始めた後輩を眺めながら私はソファの背もたれに体を預ける。
「下心ねぇ…」
小湊に、そんなものがあるのか?
もしあったとして…どうする?
「いや、どうもしないか…」
追い出すなんて出来るはずないし。
「結局あれだよね…」
気付かないふりをしていればそれでいいんだ。
▽
アイツが帰って来ないのは初めてだ。
なんだかんだ言ってちゃんと毎日帰って来ていたし…
「そっか…アイツ、帰って来ないんだ…」
夕飯を冷蔵庫にしまって自室に入る。
本棚に置かれた彼女との写真を手に取って、溜息をつく。
倉持と御幸が卒業祝いにプレゼントをあげます、なんていうから何事かと思えば帰ろうとしていたアイツをグラウンドまで連れて来た。
「ほらほら、一緒に写真撮っちゃってください!!」
なんて、倉持が俺に彼女を押し付けて御幸がカメラを俺達に向けた。
俺がアイツの事好きだってことは野球部の連中は殆ど知ってたし。
気を使ってやってくれたことだったんだろう。
俺も普通に嬉しいと思ったし…
「まぁ、アイツからしたら…意味わかんないことなんだろうな…」
この写真を残してる意味もこの家に転がり込んできた理由も…
「アイツは知りもしないんだ…」
高校の時から一度だって…アイツは俺の気持ちには気づいたことなんてなかった。
伝えようと何度も思ったけど、それが出来なかったのはアイツにとって俺がその対象に入っていないからだ。
「早く気づけよ…バーカ」
なんて言っても、きっと彼女は気付かないんだろうな。
もう一度溜息をついて写真を本棚に戻した。
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