06
始発で家に帰れば彼の姿はなかった。
その代りご飯は冷蔵庫の中、と綺麗な字で書かれたメモが冷蔵庫に貼られていた。

「あ、美味しそう…」

綺麗に盛り付けられたそれをレンジで温めながらミネラルウォーターでのどを潤す。

「ご飯食べて寝るかー…」

結局職場ではぼーっとしていただけで仮眠は取れなかっし。
ご飯を食べてお風呂に入ってからベッドにダイブする。

「やっぱり寝るなら布団だよね…」

徹夜明けだから、目を閉じればすぐに眠りに落ちて行った。

どれくらい寝たのか騒がしさに目を開ける。
枕元の携帯を見ればもう夕方過ぎ。

ベッドから降りて部屋から出ようとして、足を止めた。

「亮介。みょうじまだ起きねぇの?」
「アイツ徹夜明けだからね。始発で帰ってきたんじゃないかな多分」
「それにしても…まさか亮さんがみょうじ先輩の家に転がり込んでるとは…」

あれ、待って。
今、小湊と話してるのは誰?

「…伊佐敷と、御幸?」

耳を澄ませればそれ以外にも沢山の声が聞こえてくる。

オフだからプチ同窓会やるみたい
みょうじって次の休みいつ?
お前ってお酒飲めたっけ?
…ここ、人呼んでもいい?

過去に彼とした会話の意味が分かった。

私の休みに、この家で、プチ同窓会という名の飲み会をする…てことね。

私が仕事ばっかりだから気を使ったのかもしれないけど…
どうしようかな…

「で、どうなんすか?」
「何が?」
「みょうじ先輩と」

彼らの会話を聞きながらタブレットに手を伸ばす。
届いていた企画書をチェックしながらドアに背を預ける。
正直言って会うのも面倒だ。

「進展とかしたんすか?」
「進展ねぇ…全くだよ。アイツにとって俺は今も昔も恋愛対象外」
「相変わらずだな」

ん?
ちょっと待って…今の、どういう意味?

「他の人にしようとか…思わないんすか?」
「何回か考えたけど。無理かな」

さっきの声は沢村か。
て、ことは私が3年のとき1年だった子までいるのか…

「アイツ以外考えらんないし」
「みょうじ先輩のどこにそんなに惹かれたんですか?」
「どこって言われると俺もよくわかんないけど。アイツといる楽なんだよね」

タンタンとタブレットを叩いていた手を止める。

「気を使わないで、素でいられるっていうの?」

…それ、絶対下心ありますよ
みょうじさんってそういうのマジで鈍感ですよね

後輩の言葉を思い出して私は口元を引き攣らせて俯いた。

「これからどうするんだ?」
「まぁ、落とす気ではいるよ?何年片思いしてると思ってんの。ここで諦めれるならもっと前に諦めてる」
「亮さん、男前!!」

あー…そういうことね…
高校の時私を家まで送ってたのもそういうことか。
て、ことはあれ?
この家に来たきっかけの火事って嘘?

「嘘だったとしても…どうもできないか…」

それが嘘だったとしてもご飯を作ってもらってるわけだし。
ギブ&テイクってことだよね。

止まってしまっていた手を動かして企画書の訂正をして。
次の締め切りまでのスケジュールを立てる。
あ、アニメ化もするからそっちも忙しくなるんだよね。
それも考慮すると…

必死になって仕事で頭の中を埋めようとするが思考はすぐに止まってしまった。

「…集中できない」

タブレットを床に置いて大きく息を吐いた。

「恋愛とか…もう巻き込まれたくなかったんだけどな」

仕事の邪魔になることが極力排除したい。
入社当初、私のいた部署は恋愛関係のごたごたで2人辞めた。
あの時は浮気だったのか不倫だったのか憶えてないけど…

「あー…最悪」

ずっと、友達だと思っていたのに。
友達だと…信じて疑わなかったのに。

「これからどうしろっていうのさ…」





昼間からお酒を飲む彼らは自分の恋人の自慢をしたり野球の話をしたり。
ほぼ1年ぶりに集まったこのメンバーじゃ会話が尽きることはない。

この騒がしさの中よく寝ていられるな、とリビングの閉じられたドアの方に視線を向ける。
そのドアに人影が映って立ち上がった。

「亮介、どうした?」
「ちょっとトイレ」

リビングから出れば案の定玄関に彼女がいた。

「…何してんの?」

靴を履こうとしていた彼女が視線をこちらに向ける。

「同窓会、邪魔しちゃ悪いし。ちょっと出かけようかなって」
「邪魔するもなにも、全員知り合いだろ?」
「…そうだけど」

どこか歯切れの悪い彼女の腕を掴もうとすれば後ろドアが開く。

「あれ、みょうじ先輩起きてるじゃないっすかー」

へへっと笑った沢村にみょうじは溜息をついた。

「みょうじか?待ってたぜー」

後ろから聞こえる声に彼女は諦めたのか靴を脱いだ。

「…迷惑だった?」
「別に。…呼んでもいいって言ったのは私だから」

立ち上がった彼女と視線が交わる。
その瞳はいつもとどこか違って見えた。

「ねぇ「今行くから」」

彼女は俺の横を通り過ぎてリビングに向かう。
その背中を見ながら首を傾げた。

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