07
家から出ていこうとして、なぜか見つかってしまった。最悪だ、と内心呟いてリビングに入れば見たことのある顔がたくさん並ぶ。
「お邪魔してます、先輩」
「久しぶりだなぁ、みょうじ」
「元気にしていたか?」
彼らの問いかけにまぁ、と答えてキッチンに入る。
冷蔵庫を開ければ中はお酒だらけで。
その奥にあるミネラルウォーターを取りだしてキッチンの椅子に座る。
「こっち来ないんすかー?」
「遠慮する」
「つれないこと言わないの」
グイと小湊に腕を引かれて、彼らが作ってくれたスペースに座らせられた。
「お酒、飲むか?」
首を傾げた結城にいらない、と伝えてペットボトルのキャップを開ける。
「昔から美人だったけど、尚更綺麗になりましたね」
笑顔で言った御幸君に相変わらずのタラシと呟けば違いますよ!!?と慌てていた。
「兄貴が急にごめんなさい。あの、大丈夫ですか?」
「別に平気。ご飯は作ってもらってるし」
「ならいんですけど…」
申し訳なさそうな春市君も随分と大人になった。
今も変わらず女の子っぽいけど。
「てか、お前。同窓会に顔出さなかっただろ」
伊佐敷に言われた言葉に首を傾げる。
「同窓会?そんなのあったの?」
「ラインで連絡回っただろ」
「コイツ、携帯変わってるみたいだよ」
横から小湊がそう答えて、私は頷く。
「仕事始めてすぐに壊れたから。ラインとか知らない」
「げっ、マジかよ。みんな会いたがってたぜ?」
「藤原は特に」
貴子とは高校時代、随分と仲が良かった。
大学に行ってからも時々会ってたけど、仕事を始めた頃から連絡は取らなくなっていた。
それに合わせて私の携帯が壊れて…
「ごめんね、って伝えといてよ」
「連絡先、教えるぞ?」
携帯を取り出した結城に首を横に振る。
「いいのか?」
「あっても連絡できないから」
忙しいんですか、と降谷が首を傾げて何の仕事してるんすか?と沢村が続く。
「漫画の編集。週刊誌だから忙しいよ」
「漫画…少女漫画か!?」
思いの外喰いついてきた伊佐敷に残念ながら違うと答える。
「まぁオールジャンル扱ってるから恋愛ものもあるけどね。私の担当ではないよ」
その週刊誌の名前を言えば御幸が目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「あの今人気の野球漫画掲載してるとこですよね?捕手が主人公の」
「あれ、知ってるの?」
珍しく純粋な笑顔を見せた御幸が何度も頷く。
「チームの人に薦められて読んだらハマっちゃって…大人買いしちゃいましたよ」
「そうなの?ありがとう」
クスクスと笑えば隣にいた小湊が眉を寄せる。
「まともに帰って来ないけどね、コイツ。日付とか余裕で跨ぐし」
「悪いとは思ってるんだけどね」
私が先に帰るわけにはいかないから、と言って。
テーブルの上の唐揚げを一つ口の中に入れる。
「…これ、買ってきたやつ?」
「御幸の手作りっすよ」
「へぇ…美味しいね」
ホントですか!?と彼は珍しく本当に嬉しそうな表情だった。
「まぁ、似合わないけど」
「そこは余計っす」
「ごめん、つい」
▽
あまり乗り気ではなかったみょうじだったけど、ちゃんと皆と話しているようだった。
時折笑顔を見せるから少しほっとした。
けど、さっきの視線がどうしても頭から離れなかった。
普段からやる気なさげで疲れた目をしてるけど、そうじゃない。
どこか、諦めを含んだ視線。
水を飲んでいた彼女がこちらを見て首を傾げる。
「眉間、しわよってるけど」
「…お前、」
「なに?」
いや、なんでもないと呟いてさっき持ってきた新しいお酒を彼女に差し出せば少し戸惑ってから受け取った。
「酔わない程度に飲んでね。俺、他の奴の介抱できっと忙しくなるから」
「仕事に響かない程度にするから」
彼女の周りにいた沢村や伊佐敷は既に潰れていて。
いつも最後の方まで残るメンバーは頬を微かに紅く染めて話し込んでいた。
「あ、みょうじ先輩飲むんすか?」
「1本だけね」
「もっと飲めばいいのに」
仕事あるから、と彼女が答えれば御幸は眉を寄せる。
「そんなに仕事大事なんすか?恋とか…しないんですか?」
御幸は視線を少しだけこちらに向けた。
…余計な事すんなってば…
「恋?…そんな暇ないし。考えたこともない」
「え…考えたこともないって…」
「仕事が一番だから」
彼女はそう言って微笑んだ。
「マジで言ってるんですか…それ」
「そうだよ。何か、問題ある?」
「え、あ…いや…」
口ごもった御幸にみょうじは何も言わなかった。
そんな御幸を見ていられなくなったのか、倉持がフォローを入れようとしたときリビングの外から携帯の音が聞こえた。
「…電話だ。ごめん」
お酒をテーブルに残して彼女は部屋から出ていく。
「……お前、馬鹿でしょ」
「あんな切り返し、来るとは思わなかったんですよ。年齢的にも結婚考える時期でしょ?」
「…みょうじがそんなタイプだと思う?」
そういう話には極端に鈍感だろ、と言えば御幸は眉を寄せた。
「結婚願望。持っててくれたら、もう少し楽だったのにね」
「…なぁんか、変わりましたねみょうじ先輩」
倉持はそう言ってビールを煽るように飲んだ。
「昔は何かに熱中してなかったけど、今は仕事に夢中だから」
「みたいっすね」
「…難易度、前以上に上がってますね」
ホント、困るくらいにねと呟いて彼女が出て行ったドアを見つめる。
「だからこそ、ここまで必死になってんだよ」
早く、俺の物になればいいのに。
〔Back〕