10
あの日から、頭の中は小湊の事ばかりだ。
仕事には集中してるけど、ひとたび休憩時間になれば頭の中は彼の支配される。
その感覚が嫌で嫌で仕方なかった。

「大丈夫か?」

目の前に揺れたミネラルウォーターを受け取る。

「なんかあった?」
「わかってて聞くのはムカつく」
「同居人と上手くいかねぇの?」

頭の中アイツのことばっかり。
そう呟けば彼は笑った。

「惚れたのかよ」
「馬鹿な事言わないでよ」
「お前さ、そうやって最初から否定しねぇでちゃんと考えてみろよ」

珍しいじゃん、お前の中に仕事以外のものがいるなんて。
彼はそう言ってどこか見守るような優しい目を私に向けた。

「みょうじさーん」
「どうしたの?」
「お客さん来てますよ」

後輩の言葉に首を傾げる。

「今日って何かアポあったっけ?」
「いや、なかったと思うけど」
「何だろう…?」

椅子から立ち上がって首を傾げる。

「誰?」
「わからないですけど、みょうじさんのご友人って。カッコいい方ですよ」
「…え?」

今エレベーターの前に、と言われて視線を向ければ今まで私の頭の中を支配していた彼がいた。

「知り合いか?」
「…同居人」

隣にいた編集長にそう、伝えればへぇと口元を緩めて小湊を見た。

「カッコイイじゃん。てか、優しそう」
「凄まじい毒舌だけど」

どうしたの急に、と彼の元に行けば目の前に突き付けられた折りたたみ傘。

「雨降るって言ったのに玄関に置いてくとか、馬鹿なの?」
「あ…そう言えばそうだった…」

ごめん、とそれを受け取ればついでだからいいけどと彼は笑った。

「今日、帰り遅いの?」
「まぁいつも通り…だと思うけど」
「ふぅん…」

小湊は興味なさげに頷いた。

「なまえ」

そんな時後ろから肩を組んできた編集長。
後ろからざわつく後輩の声が聞こえる。

「何してんの」
「別に。次これ、よろしく」

渡された資料にわかった、と返事をして首を傾げる。
私の事なまえって呼んだのいつぶりだろう…?
てか、肩組むとか普段しないくせに…

「…今の、誰」
「え?編集長だけど」
「お前さ、やっぱり馬鹿じゃないの?」

突然の暴言にはぁ?と言葉を返す。

「突然何?」
「別に。そろそろ危機感とか憶えた方が良いんじゃない?」

小湊はそう言って背を向ける。

「まぁ、どうでもいいけど」
「どうでもいいならわざわざ口にしないでよ」
「忠告してやっただけだろ」

エレベーターに乗り込んだ彼を睨みながら手の中の傘を握りしめる。

なんで突然馬鹿って言われて、怒られなきゃいけないわけ?

「あれ、俺やらかした?」

編集長の言葉に知らない、と返して自分のデスクに戻る。

「見るからに喧嘩だろ今の空気」
「別にいいんじゃない?勝手にキレたんだから」
「…多分嫉妬したんだと思うけど」

だったらなんですか、と返せばやっぱりまた気づいてたと彼は溜息をつく。

「わかってるならそれらしい態度取ってやればいいのに」
「恋人でもないのに?それこそ意味わかんない」

溜息をついた彼に私は隠すこともせずに舌打ちをする。

「休憩行ってきます」
「お、おう」

デスクに置いていたさっき貰った水を掴んで私はフロアを出た。





「…馬鹿は俺じゃん」

柄にもなく焦った。
俺は触れることすらできない彼女に簡単に触れる男の存在。
名前で呼んでたし、アイツはそれを拒みすらしてなかった。

間違いなく彼女は怒ってた。
怒らせてしまったんだろう。

「もっと早く、好きだって言っておけば」

お前は俺のものになった?
…何年片思いしたと思ってんだよ。
今更、諦められるわけなんてない。

「帰ってきたら謝るか…」

謝るとか、自分らしくないけど。
彼女を失うくらいなら、プライドなんて捨てても構わない。

「俺の方がずっと、アイツを好きなんだ」

今更。
誰かに渡してやる気はない。
もし、誰かのものなら奪ってでも手に入れたい。

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