03
ガタガタと隣の家から聞こえる。きっとまだ、片づけをしているんだろう。
夕食を作りながら隣から聞こえる音に苦笑する。
ここの家ってそんなに壁は薄くなかったはずなんだけど、こんなに聞こえるものなのか…
「飯、ちゃんと食ってんのかな…」
鍋の火を消して、少し考えてから自分の家を出る。
そして、隣の家のインターホンを押した。
「はーい」
「こんばんは。夜遅く悪いね」
「あ、こんばんは。みょうじさん」
どうしたんすか?と首を傾げた彼に俺は笑う。
「飯、食った?」
「え、あ…朝に食べたきりですけど…」
「やっぱり。今日はさ珍しくいつもより帰って来るのが早かったんだよ」
だから、飯作ったんだけどと言えば彼は首を傾げる。
「折角だし食べていかね?」
「え…」
「お腹空いてるだろ?」
目を丸くした彼はすぐに笑いだした。
「え、なんで笑ってんの?」
「ホントに母親っすね」
「ほっとけ」
彼は少し悩んでから、お言葉に甘えてもいいっすか?と首を傾げる。
「誘ってるのはこっちなんだから。どうぞ?」
「ありがとうございます、なんか色々と」
気にしなくていいよ、と彼に伝えて自分の部屋に戻る。
「汚くて悪いね」
「いえ、全然平気っすけど…」
きょろきょろと部屋を見渡して彼は首を傾げる。
「漫画多いっすね…」
「あぁ、仕事でな」
「あ、これ…」
彼が手に取ったのは例の野球漫画だった。
「俺、これ好きなんですよ」
「最近人気出てて、こっちとしても助かってるよ」
「出版社に勤めてるんですか?」
そうだよ、と答えてシチューを皿に盛りつけてテーブルに置く。
「お酒は飲める?」
「飲めますけど…」
「じゃあ、ワインでもどう?」
ワインのボトルを彼に見せれば高そうなワインですね、と顔を引き攣らせた。
御幸さんは表情はコロコロ変わる。
「貰ったものなんだけど、流石に1人では飲めなくてな」
「彼女とか…」
「残念ながらいねぇの」
フラれたばっかりだしな。
▽
みょうじさんの作ったシチューを食べながら、なんだか不思議なことになったなと視線を本棚に向ける。
お隣さんとこんな風に飯を食べることになるとは…
「漫画、そんなに気になる?」
「いや、そういうわけじゃないんすけど」
ここは随分と家賃が高い。
それだけじゃなくみょうじさんの私物は結構高そうだ。
そんな人が彼女いないのか…?
「…その、出版社とかって恋愛事ってあるんすか?」
「恋愛?」
「はい。あの、俺結構特殊な仕事してまして…そういうのちょっと気になるなーなんて」
ヘラヘラといつものように笑顔を張り付けて言えば彼は首を傾げる。
「まぁ普通に恋愛ごとはあるんじゃねぇかな?」
「へぇ…」
「他の部署の奴らととか、作家ととかまぁ色々あるけど。同じ部署だった時はスゲェ困るよ」
なんでっすか?と尋ねればみょうじさんはスプーンを置いて、ワイングラスを傾けた。
「別れた時とか、ヤバい時空気が悪くなるんだよ。俺達は会話対話がなきゃ仕事が出来ねェし。1人で全て出来る仕事じゃないから」
「あー…なんか想像できます」
「仕事は捗らねェし、報告ミスとかあるしな。まぁそういうもの以前に付き合ってるとみんな働きにくいんだよ」
そんな中でも平然と仕事出来る奴もいるけどな。
そう言って彼は酷く優しく、愛おしそうな目をした。
…この人、こんな表情もするのか。
多分、今彼の頭の中にいる相手は彼の好きな人なんだろう。
彼女がいないのはそういうことか…
「結婚とか、してる人いるんですか?」
「結婚?まぁ、いるにはいるけど。漫画編集は忙しいし不規則な仕事だからな。独身が多いよ」
彼女がいてもデートとか連絡できなくてフラれるってよ。
彼はそう言ってクスクスと笑う。
「御幸さんは?」
「え?」
「随分と整った顔してるけど。彼女とかいないの?」
残念ながら、と苦笑すれば意外だなと彼は言って。
「まぁ、いたらこんなとこで飯食ってねぇか」
「ちょ、それはそうですけど!!」
「ホント、表情コロコロ変わるな御幸さんって」
彼はそう言って楽しそうに笑う。
何が彼を笑わせているのかわからなくてむっと口を結べば彼はごめんごめんと俺の頭を撫でた。
頭撫でられるなんて凄く久々な感覚で少しくすぐったい。
「子ども扱いしてません?」
「だって母親なんだろ?」
「あ、それ引きずってたんですか?」
冗談、と彼は笑いすぎて浮かんだ涙を拭った。
「つい面白くって」
「酷い…」
笑う彼にやっぱり、なんとなくくすぐったかった。
「てか、笑いすぎですから!!」
「やべ、なんかツボ入ったかも」
やっと笑いが止まったみょうじさんは久々に笑わせて貰ったと目を細めて微笑んだ。
「ありがとな」
「え?」
「笑ったらなんか、吹っ切れたかも」
彼はそう言って席を立つ。
吹っ切れたって、何が?
「おかわりは?」
「あ、貰います」
「ん。あー、笑ったらなんかまたお腹すいてきた」
キッチンに入っていくみょうじさんはどこかスッキリした顔をしていた。
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