04
携帯が鳴って目を覚まして、一番最初に視界に入ったものに目を丸くする。

「御幸さん?」

…あぁ、そういや。
昨日夕飯食べてから結構飲んで…

「付き合わせちゃったな」

けど、昨日あれだけ笑ったお陰か随分と気持ちが晴れていた。
フラれるとわかっていて告白をして。
傷ついたつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、どこか厚い雲がかかった空のように重かった。

「ありがとう」

それが彼のお陰で晴れた、そんな気がした。
お礼も兼ねて朝食作るか…と煙草を咥えてキッチンに入った。

部下からの仕事のメールで、いつもより早く起きてしまったわけだし。
ご飯を炊いて、ちゃんとした朝食を作っていればペタペタと足音が聞こえる。

「おはよう…ございます」
「おはよう。あ、もしかして頭痛い?」

コクリと頷いた彼に二日酔いの薬飲む?と言えばまた力なく頷いた。

「酒、強いんじゃなかったの?」
「弱くはないっすけど。みょうじさんは強すぎますよ…」
「そうか?俺よりも強い奴いるけどな…」

薬と水を渡せばありがとうございます、とそれを受け取ってソファに座った。

「朝ご飯、作ってるけど食えそう?」
「ものによると思います…」
「ご飯と味噌汁と鮭とか…そんなんだけど」

食べれると思います、と彼は答える。

「了解。出来るまでは寝ててもいいから」
「…はい」

頭を抱えて、ソファで蹲る彼に俺は苦笑する。
部下の彼女はお酒には化け物のように強くて、酔っているところなんて見たことない。
けど、仕事があるときは飲まないと決めていると話していた気がする。





誰かに肩を揺らされて目を開ける。
ぼんやりとする視界の中、見えたのは酷く整った男の顔だった。

あれ…この人、誰だ…?
てか、ここ…

「御幸さん?大丈夫?」
「……うわっ!!!?あ、え…え?みょうじさん?」
「大丈夫?寝ぼけてる?」

彼は昨日と同じようにクスクスと笑う。

「朝食できたけど、食べれそう?二日酔いみたいだけど」
「あ、えっと…大丈夫です」
「そ?」

ソファから立ち上がってテーブルに近づけば豪華な朝食が並んでいて。

「…すげ…」
「冷蔵庫にあるもんで作っちゃったけどな。昨日付き合ってもらったお礼にね」
「いや、そんなの全然よかったのに…」

またコンビニ弁当でも困るし、と彼は笑いながら言う。
やっぱり、母親みたいだと心の中で呟いて椅子に腰かける。

「…いただきます」
「どうぞ」

ご飯を食べながらそう言えば、と首を傾げる。

「仕事は…?」
「あぁ、まだ家出る時間じゃないから平気」

壁にかかる時計を見れば思いの外早い時間を指していた。

「ごめんね、こんな時間に起しちゃって」
「いえ、全然大丈夫ですよ。朝食がなかったらこの時間に買いに行ってましたし」
「…そればダメ」

ちゃんと飯食えよ、と彼は言った。

「まぁ、俺が言えた話じゃないけどな。朝食なんて作ったのスゲェ久々」
「…普段どうしてんすか?」
「カロリーメイトとか?」

アンタの方がちゃんと飯食えよ!!とつい口にしてしまって。
彼は目を丸くしてから笑い出す。

「ははっ、そりゃそうだな」
「ちょ、なんで笑ってんすか!?」
「いやー、ごめん。御幸さんコロコロ表情変わるから」

面白くて、と呟いて彼は俯いて肩を揺らす。
こんなに俺を笑うのは倉持くらいだと思ってたのに。
この人の方がよっぽど俺を笑う。

「そこまでポーカーフェイスできねェ奴も珍しいだろ」
「別にポーカーフェイスしようとなんてしてないですけど」
「そうか?自分を悟られまいとしてるなーと思ったんだけど」

彼の言葉に箸を止める。
この人は今、何を言った?
自分を悟られまいとしてる…?

「御幸さんは、人に自分を知られるのを嫌うタイプ。…違うかな?」
「なんでですか?」
「御幸さんに良く似た子を知ってる。まぁ、君よりポーカーフェイスで何考えてんのかさっぱりわかんない奴だけど」

数年一緒に働いてやっと理解できるようになったんだよ、と彼は言った。
俺は出会って2日で分かるってことかよ…

そういや、倉持も俺の隠すことには悉く気づいていた。
鋭い奴だな、と常々思ってはいたけど。
この人ほどではない。

「へらへら笑ってる割に鋭い人ですね、みょうじさん」
「普段はこんなに笑わないよ」
「…俺の前では基本的にずっと笑ってますけど」

ごめんごめん、と彼はやっぱり笑った。

「笑いすぎなんですけど」
「1年分くらい笑った気分だよ」
「それは普段笑わなすぎだろ…」

ヘラヘラしてられない立場だから、と言った彼は真剣な目をしていて。
その瞳が俺を射抜いて、ドキリと胸が跳ねた。

さっきまであんな笑ってたのに、そんな目するのかよ…

「けど優秀な部下がいるって…」
「あぁ、彼女は優秀だけど。彼女を支えるのも俺の仕事だし」

目が離せない奴だよ、と彼は困ったように笑った。

「放っておけば飯は食わないし、家には帰らないし。まぁけど、アイツを心配するのはもう俺の仕事じゃないかもね」

その口調は少し寂しそうで。
例の彼の好きな相手がその人なんだと分かった。
そして、その人には恋人かそれに近い人がいる。
…昨日吹っ切れたと言っていたのは、多分フラれたんだろう。

「みょうじさんより、いい男ってどんな人なんですかね」
「え?」

つい、口から零れてしまった言葉に彼は目を丸くした。

「あ、いや…あの…」
「ははっお前、焦りすぎ!!」

彼はお腹を抱えて笑い出して、顔がすごく熱くなる。
俺なんつーこと、言ったんだ…マジで。

「ありがとな」

髪を撫でた彼は目を細めて、微笑む。
昨日と同じくどこかくすぐったくて、熱くなった顔がもっと熱くなって顔を伏せる。

「だから、子ども扱いしすぎですって」

何とか吐き出した言葉に彼はやっぱり笑った。

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