06
みょうじさんは変な人だ。
追いかけられているのに理由を聞かなくて。
訳の分からない隣人を家に泊めようとしてる。
いやまぁ、すでに1回泊まってるけど…

ソファに腰かけてタブレットを使う彼の後姿を見ながら俺は首を傾げる。
沢村みたいに馬鹿で誰彼かまわず信じるような人じゃない。
鋭くて、基本的に何でも見透かされてる。
それなのに、どうしてこの人は…

「御幸さん?そんなに見つめられると穴開いちゃうんだけど」
「え、はぁ!!?」
「あ、顔真っ赤」

背もたれに体を預けて首だけ動かしてこちらに顔を向けた彼はクスクスと笑う。

「な、なんですか!!?急に」
「あぁ、ごめん。妙に視線を感じたからさ」

彼はそう言ってまたタブレットに視線を戻した。

こんな人が、何もわからない俺を受け入れるのか?
もしかして俺がプロ野球選手だって知ってるんじゃ…

「あの、」
「んー?」
「俺が、何を隠してること知ってるんじゃないですか…?本当は」

俺の言葉に彼はタブレットをテーブルに置いて、今度は体ごとこちらに向けた。
背もたれに頬杖をついて目を細める。

「どうして?」
「え?いや、だって…みょうじさんは軽々と俺を受け入れすぎだから。こんな得体の知れないもの普通は助けたりしない」
「まぁ、確かに君は得体が知れないけど。俺は君に救われたからね。恩を仇で返すことはしないよ」

それと、さっきの質問に答えるけど。
彼はそう言って微笑んだ。

「俺は君の隠してることは愚か君がどんな人かも知らない。俺の知る御幸さんは表情がコロコロ変わってお酒が弱くて彼女がいなくて…」
「後の方、余計っすよ」
「それから、そうだな。人に触れさせたくない何かを自分の中に隠した人…かな」

そう言って彼はソファから立ち上がってこちらに近づいてくる。
カウンター式のキッチンの前に立った彼は首を傾げた。

「その隠した何かが、職業に関係してる。そうだろ?」
「そこまで、わかっててなんで聞かないんすか?」
「興味がないから、としか言えないかな」

初めから置いてあったウイスキーの瓶を取った彼はそれを揺らす。
少なくなったウイスキーがちゃぷちゃぷと小さく音をたてた。

「御幸さんは立ち入り禁止とか言われると入りたくなるタイプ?」
「え?まぁ気にはなりますね…」
「俺は禁止とかダメって言われると興味がなくなるタイプ」

知ったところで手に入るものは案外ちんけなものだよ。
それに、失うものの方が多いかもしれない。

彼はそう言ってウイスキーを瓶のまま飲んで笑った。
ちょ、それ原液じゃ…

「俺がもし御幸さんのその何かを知ったら。多分君は俺の前からいなくなる」
「っ!!?」

なんで、そんなことまで…

今までも、そうだった。
自分の正体がバレたらそこからは離れた。
いつか広まってさっきの女みたいなのが来るから。

「図星?」
「アンタ、なんで…そんなことまで…」
「俺が好きになった女が、御幸さんに良く似てるから」

そう言った彼は前のように優しく、愛おしそうな目はしていなかった。
あの日の言葉の通り吹っ切れた、そんな目。

「アイツだったら、きっとそうするだろうなって思っただけ」
「…俺は、その人の代わりですか?」

自分の口から零れた言葉に自分でも驚いた。
何言ってるんだ、って思って訂正をする前に彼はお腹を抱えて笑いだす。

「ちょ、なんで笑って…」
「それじゃまるで、嫉妬してるみたいだけど?」
「な!!?ちがっ!!」

わかってるよ、と彼は微笑む。

「別に、御幸さんを代わりにしてるわけじゃない。御幸さんのお陰で吹っ切れたのは確かだし。それに御幸さんの近くは随分と居心地がいいけど」
「え…」
「俺はね、真っ直ぐと何かを見てる人が好きなんだよ。その何かために全てを切り捨ててしまう。そんな奴の近くは凄く居心地がいい」

君も、そうだ。
確信してるその声に俺は眉を寄せる。

「御幸さんはその仕事にすべて捧げてる。多分ね」
「…なんでですか?」
「君の隣が居心地がいいから」

まぁ、彼女ほど極端ではないだろうねとみょうじさんは言ってウイスキーの瓶を元の場所に戻した。

「えっと、結局何を言いたかったかって言うとね」
「はい」
「御幸さんを失うくらいなら、俺は君が何かを知りたくないってこと」

彼はそう言って優しい目をして微笑んだ。

「なん、ですかそれ…」
「君の何かを知れば俺は君を失うことになる。それは嫌だなってこと。まぁ聞き流してくれて構わないよ。酔っぱらいの戯言だと思って」

彼はそう言ってソファに戻っていく。
その背を見ながら熱くなった頬を俯いて隠した。

酔ってなんかいないくせに。
つーかなんだよ、それ。
居心地がいいとか、失うのが嫌とか…
てか、最後の目…あれは、あれはっ…





我ながら目茶苦茶なことを言ったような気がする。
まぁそれでも、彼を失いたくないと思っていることは紛れもなく本当の感情だ。
もしかしたら、俺の気持ちが彼女から彼に移ったのかもしれない。
だから、俺は日和を忘れられた。

もし俺の彼女への感情がちゃんと消えているなら、昔のように友人として彼女の名前を呼べる気がする。

「なぁ、御幸さん」
「…なんですか」
「ありがとう」

御幸さんは何も言わなかったけど、小刻みな包丁の音が止まってしまって俺は少し笑った。

「みょうじさん…」
「何かな?」
「俺も…みょうじさんの隣は…居心地がいいです」

彼の言葉に俺は微笑んで、ありがとうともう一度伝えた。

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