02
母親と兄が出来た次の日。教室でいつも通りスコアブックを見ていれば俺の前に倉持がやってきて、椅子に逆向きで座った。
「昨日、夜どこ行ってたんだ?」
「家族、と飯…?」
家族という言葉にあの2人が含まれていることが擽ったくて、でも胸が暖かくなった気がした。
「ふぅん、お前ってちゃんと家族と仲良いんだな」
「あー…どうだろう?」
昨日出会ったばかりの家族だ。
仲良くなるかは多分これからの話。
「てかさ、なんか女子煩くね?」
先程から気になっていた。
クラスの女子がどこか色めきだち、騒がしい。
「なんかイケメンの先輩がこの階に来てるんだとよ」
「へぇ…」
イケメンの先輩か…
なまえさんもイケメンだったよな。
妙に大人っぽくて、赤茶色の髪とシルバーのピアスがよく似合っていた。
「あ、こっち来たよ!!」
「みょうじ先輩ってホント、モデルみたいだよね」
ドアの辺りの女子の声に視線をそちらに向ける。
みょうじ…?
て、もしかして…
友人だろうか、一緒に歩く男と何か話しながら教室の前を通ったのはやはりなまえさんだった。
「うわ、すげぇイケメンだな…」
倉持の言葉にそうだな、と返し彼を目で追っていればふと彼がこちらに視線を向けた。
切れ長な目を瞬かせ、彼はひらひらと手を振った。
その動作に黄色い声が上がり、「私に振ったんだよ」などと女子が騒ぎ始める。
だが、おそらくなまえさんは俺に手を振っていた。
咄嗟のことで小さく会釈をするだけとなったけど、彼は満足げに目を細め隣の男とまた話し始めた。
▽
「あのクラスに知り合いいたか?」
隣を歩く俺の親友兼部長の部長にそう尋ねられた。
「新しい知り合いがな。生意気な自称可愛い後輩」
「なんだそりゃ。仲良いのか?」
「これからなる予定」
一也のクラスはあそこだったのか。
丁度部活の後輩のいないクラスだ。
そりゃ、見たことないわけだな。
「まぁ、お前に仲良くなる気があるならすぐ仲良くなれるだろうな」
「だといいんだけどな」
この高校生という多感な時期に新たに出来た家族―兄弟。
親の再婚についてはお互いに似たような考えを持っていた。
だが俺という兄、彼という弟についてどんな感情を抱くかはわからない。
俺は仲良くなれたら良いな、と思っているが…
「じゃ、また後で」
「おう。またな」
親友と教室で別れて自分の席に腰掛ける。
ポケットの中の携帯を引っ張り出せば、一通のメールが入っていた。
それは母親からで、学校に新しい家族について提出しなければならないだろうから書類を貰ってきて欲しいというものだった。
俺と一也の2人分をお願い、という言葉の後に絵文字が添えられて機嫌の良さが伺えた。
名前、家族構成が変わるとなると学期始めに提出した個人調査表の書き換えが必要になるのだろう。
「…俺の分は貰えるにしても、一也の分はどうするかな…」
昼休みにでも行けばいいか。
授業を適当に終わらせ、昼休み。
廊下で待っていた親友にいつもの場所で先に食べててと伝え、今日通ったばかりの彼の教室に向かった。
窓際の席に朝と同じように腰掛け、朝と同じ友人が彼の前に座っていた。
「一也」
聞こえるだろうか、と思いながら彼を呼べば肩を揺らしこちらを見た。
目を見開いたのは一也だけじゃなく、その友人もだった。
「ど、どうしたんすか?」
慌てて駆け寄ってきた彼に、急に悪いなと伝えれば大丈夫ですと首を横に振る。
「学校に提出してる資料の書き換えしなくちゃいけなくてさ」
「個人調査表とかですか?」
「そう、そういうの。2人分持ってきて、って母さんに頼まれたんだけど」
俺じゃ一也の貰えないから、と言えば一也は先生に頼んでおきますと笑顔を見せた。
「後で取りに来ればいいか?それとも、今から俺貰いに行くつもりだから一緒に来るか?」
「あー…じゃあ、一緒に行きます。取りに来るの、なまえさんの手間になっちゃうんで」
「ん、じゃあ行くか。友達には声かけなくて平気か?」
一也は俺の言葉に目を瞬かせてから視線をこちらの様子を窺う友人に向けた。
「大丈夫です」
「そうか?」
「はい」
一也のクラスは結構騒がしいんだな、と職員室に向かいながら言えば驚いた様子でこちらを見た。
「一也?」
「なまえさんってもしかしなくても鈍感ですか?」
「あー、どうだろう?よく言われるけど」
マジか、と彼はケラケラと楽しそうに笑った。
何で笑っているのか分からなくて俺は首を傾げる。
「俺、変なこと言ったか?」
「いえ。勿体ないなぁって」
「何が?」
なまえさん彼女とかは?と尋ねられ、いないけどと答えを返す。
「やっぱり勿体ない」
「一也はいんの?」
「いないです。興味ないんで」
意外だな、と言えば彼は俺ってそんなに格好いいですか?とニヤニヤしながら言った。
「格好いいことには格好いいけど。そこじゃなくて、軽そうだなって」
「うわ、ひでぇ」
「冗談だよ」
職員室のドアを開けて自分の担任を呼べば一也も隣で担任を呼んだ。
「どうした、みょうじ?」
「親が再婚しまして。名字やら住所やら変わったんで変更したいんですけど」
「再婚?そうか、おめでとう。少し待ってろ」
隣でも一也が先生に再婚について伝えて、少し驚かれていた。
「驚かれましたね」
「まぁ、急だし。歳も歳だしな」
「いつの間に付き合ってたんすかね。あの2人」
確かにな、と一也の言葉に頷き壁に背を当てる。
「接点どこだ?一也の親父さんは工場長だっけ…?」
「はい」
「うちのは医療事務」
お互いに目を合わせて首を傾げた。
「接点なくね?」
「ないっすね」
俺達の会話は持ってきたぞ、と職員室から出てきた先生2人の声に途切れる。
「じゃあ、これよろしくな」
「はい。ありがとうございます」
同じ時期に珍しいな、という先生の言葉にそうですね、と言葉を返す。
そりゃ、同じ時期になるに決まってる。
俺らの親が再婚してんだがら。
「みょうじと2年の御幸っていうのも変な組み合わせだよな。部活も違うし」
「接点がないですよね」
そんなことを話す先生2人に、ちょっと縁があったんすよと一也は笑った。
「なまえさん、そろそろ戻らないと昼飯食えなくなりますよ」
「え?あ、ヤバ…じゃ、先生ありがとうございました」
足早に職員室から離れながら俺は俺達も他から見ればそうだよなと小さく呟いた。
「何がですか?」
「俺達にも接点ないなって」
「家族ですよ?」
一也の言葉に俺が目を丸くすれば一也は恥ずかしそうに俯いた。
「…すいません」
「何で謝ってんの?」
「会って1日で家族ってのも、難しいっすよね」
一也はちゃんと俺のことも家族だと思っているんだ。
ちゃんと、受け入れられていたのか。
「一也」
「何ですか?って、ちょ!?」
俺より少し低いところにある彼の髪をかき混ぜて俺は笑った。
「一也は俺の家族だよ」
「っ!!…は、い」
「家族って響きは擽ったいけど」
俺もです、と一也は微笑んだ。
「てか…なまえさんって、そういう風に笑うんですね」
「そういう風って?」
「なんかく、クシャって感じ?昨日は作り笑いみたいな感じだったんで」
そうか?と首を傾げれば彼はそれに頷いた。
「好かれてはいないかなーと…思ってたんすけど」
「嫌いになるほど、俺は一也を知らないよ」
「知ったら嫌いになります?」
その時次第かな、と言えば彼は良い子でいよう、なんて笑いながら言った。
「これから、教えて。一也のこと」
「なまえさんも教えてくださいね」
「おう」
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