04
校舎裏のごみ捨て場。
掃除の当番でゴミを捨てに行けば、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

こんなところで何してるんだろう、と首を傾げて彼の手に桜色の封筒があることに気づく。

告白、か…

彼に駆け寄ろうとした足を止めて、それを眺めていれば可愛らしい女子が頬を染めて彼に駆け寄った。
精一杯です、と訴える潤んだ瞳が彼を遠慮がちに見上げた。
会話までは聞こえないが、女子の口が何か言葉を紡ぐ。
彼女の手はスカートを握りしめ、小さな肩が微かに揺れていた。

「お似合い…だよなぁ…」

可愛い守ってあげたくなるような女の子となまえさん。
その2人の姿に何処かもやっとする心。

付き合うのだろうか、と彼を見つめれば俯き返事を待っているのだろう彼女を酷く冷めた目で見下ろしていた。

「え、」

だが、それも一瞬で。
彼は優しい微笑みを浮かべ、頭を下げた。
泣きそうになった彼女だったが、首を横に振り何かを伝えて走り去っていく。

断ったのか…と思いながら彼に近付いて声をかけようとしたその時。

ビリッ、と何か破かれる音。
その音は彼の手に持たれた桜色の封筒から発せられていた。

「なまえ、さん…?」
「ん?…あれ、一也?どうしたの、こんなとこで」
「ごみ、捨てに来て…」

そう言ってごみ袋を見せればそれ燃えるごみ?と首を傾げた。

「あ、はい」
「これ、入れていい?」

彼の手でバラバラになった手紙がごみ袋の中に落ちる。

「捨てて、いいんですか?それ…ラブレターじゃ…」
「あー、うん。残しておきたくないんだよな、こういう人の好意って」

すげぇ、重たくない?

なまえさんはそう言って破かれた手紙に視線を落とした。

「人の好意は、背負いすぎれば…背負う側を押し潰す…と、俺は思ってる」

好意を向けた側はさっさと捨てるのにね、と彼は冷めた声で言った。

「俺は、それを見てきたから」
「え?」
「…ごめんな、こんな話。俺はもう戻るな」

いつものように頭を撫でて彼は校舎の方へ歩いていって。
ごみ袋の中、彼が破り捨てた手紙が酷く重たく感じた。
袋の口を閉めて、持ち上げればとちゃんと中に入っていなかったのだろう。
ひらりと桜色の欠片が地面に落ちた。

それを拾って先程の彼を思い出す。

「人の好意が…重たい…」

それって、恋愛においてだけ?
俺が彼に向ける兄を慕うような、この好意さえも…なまえさんにとっては重たい…のか?

「…わかんねぇな…」

俺が知る優しい彼は多分、彼の断片的なもの。
彼にはもっと色々な顔がある気がした。

「弟って言っても…他人だしな…」

まだ出会って時間も経っていない。
知らないことは仕方ないし、これから知っていけばいいだろうけど。

「クリス先輩は…もっと、なまえさんのこと知ってんだよな…」

そりゃ、クリス先輩の方が付き合いが長いんだから当然知ってておかしくない。
けどそれが…少しだけもやっとした。

拾い上げた手紙の欠片をごみ袋に入れてごみ捨て場に放り投げて、首を横に振った。

「何考えてんだろ、俺…」





再提出を命じられた進路調査表を机に置き、俺はペンをくるりと回した。
真っ白なその紙に自分の名前くらい書いておくか、といつも通り名前を書こうとして手を止めた。
書きかけたみょうじの苗字を消して、御幸と書き慣れない苗字を書いた。

御幸なまえ、と違和感の残る名前を書き記し書くべき項目に視線をずらす。

進路選択。
進学、就職、その他の3つの選択肢を前に俺のペンは進まなくなる。

「どーすっかなぁ…」

顧問の事情で部活が急遽オフになり、考える時間が出来たと思ったが考えたところで答えが出てこないから問題なのだ。

ずっと母親中心に物事を進めてきた、いや進めざるを得なかったから。
突然自分中心にしろと言われてもこれといってやりたいことがない。

将来の夢なんて小学の時以来考えたことないし。
あのときより現実を知ってしまったから、好き勝手夢も語れない。

あの頃、俺はどんな夢を抱いていただろうか。
考えてみたが思い出せなかった。

「あー、やめやめ」

プリントを鞄にしまって、帰る準備を始めた。

部活に勤しむ声を聞きながら、夕暮れの誰もいない廊下を歩く。

「進路の相談、するような相手いねぇし…」

先生と話し合っても答えは出てこなかった。

クリスとかなら真面目に聞いてくれるだろうけど、結局最後は俺の自由にすればいいと言うだろう。
押し付けられるのはあまり好きじゃないが、今ばかりは誰かに押し付けて欲しかった。

「母さんも…自由にすればって言うだろうし…」

一也には…こんなこと相談出来ないか。
…さっき、変なこと言っちゃったし、気にしてなきゃいいけど。

段々と足が前に進まなくなり、俺は廊下の真ん中で足を止めた。

「…カッコいい兄貴ってどんなんだろう」

どんな兄になれば、一也の前で胸を張っていられるだろうか。

「野球部…有名ってことは、あれだよな。将来は…プロ野球選手とか…?」

そんな、彼の兄はどんな人であるべきだ?

「最終学歴高卒は…流石にダメだよな」

て、ことは大学?
母さんの傍にいなくていいとしても、お金がある訳じゃない。
親父さんに払ってもらうのはやっぱり申し訳ないし、俺に遣うくらいなら一也と母さんのために遣って欲しい。

「何してんの?」
「あれ、小湊?部活は?」
「委員会あったから。お前こそ部活は?」

顧問の事情でオフになったと言えばふぅんと興味なさげに返事を返した。
それで、何してんの?と彼は首を傾げる。

「ちょっと考え事」
「お前も悩むんだね」
「人並みにはな」

聞いてあげようか?と言った小湊に少し考えてから口を開く。

「小湊って兄弟いる?」
「弟がね」
「…カッコいい兄貴ってどんなんだと思う?」

目を丸くして俺を見た小湊に気まずくなって俺は視線を逸らす。

「…何でそんなこと聞くのか、気になるんだけど」
「ちょっと気になっただけ」
「ふぅん、カッコいい兄貴ね。…憧れであり続けること、かな」

歩き出した小湊の少し後ろを歩きながら、憧れと小さく呟く。

「兄って弟や妹から見たら一番始めに出会うヒーローみたいなもんだと思うんだよね。自分より少し先に生まれた存在が自分の出来ないことをさらっとやってのけて」
「うん」
「自分の方が才能を持っていたとしても、その時はまだ時間の差は越えられない」

そういう憧れとか兄貴って凄いっていう感情に応え続けることがカッコいいかはわからないけど俺の思う兄の姿だと思う。

小湊はそう言ってこちらを振り返った。

「見栄や虚勢じゃない。どんなにカッコ悪く努力してたって構わない。偽りのない姿を胸張って見せることが大事なんじゃない?」
「…偽物じゃない姿…」
「まぁ、参考になるかわかんないけどね」

いや、ありがとうと彼に微笑めば彼も同じように微笑んだ。

「俺から言わせれば。みょうじはそのままで憧れになりうる存在だと思うよ」
「…それはないかな。俺を過大評価しすぎ」
「まぁ、それならそれでいいけど。じゃあ、そろそろ急ぐから」

頑張れよ、と彼を見送って大きく息を吐き出した。

「…偽りのない姿…を胸張って、か」

それが難しいんだよな。
いや、それが出来るから兄なんだろうな。

「つーか、まず…一也が俺に憧れるっていう状況があり得ないか」

後輩が出来たみたいに、と彼には言ったけどそれが凄く難しくて。

「後輩として先に出会ってりゃ、こんなことにはなんなかっただろうな…」

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