体育祭

そして、体育祭当日。
公平を期す為だなんだ、と体操服に身を包み控え室の隅の椅子に座っていた。

「なぁ、霧矢ってなんでいつも手袋してんの」

いつものように気付いたら隣に腰掛けていた瀬呂が不思議そうに首を傾げる。

「怪我隠し」
「あ、悪ぃ」
「別に。気にしてない」

両手怪我してんの、と彼は少し聞きにくそうに尋ねる。

「まぁ、そうだね」
「……大変なんだな、」
「別に。生活では困ってないから」

義手は仕込みがたくさんあるし、指紋も残らないし。
弔くんがくれたものだから、嫌いじゃない。

「皆 準備は出来てるか!?もうじき入場だ!」

相変わらずクラスを仕切ろうと張り切る飯田。
楽しみや不安の声を交わす部屋の中。
轟が緑谷に歩み寄る。

「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「へ!?うっうん…」
「おまえ オールマイトに目ぇかけられてるな。別にそこ詮索するつもりはねぇが…おまえには勝つぞ」

気付く人は気付いている。
オールマイトと緑谷の関係。
オールマイトの個性の秘密を知っているこちら側からすれば 疑わざるを得ない。

「おお!?クラス最強が戦線布告!?」
「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって…」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ」

どうしたんだろうな、と首を傾げる瀬呂になんだろうなと俺も答える。
まぁ、エンデヴァーの息子である轟とオールマイトを継いだかもしれない緑谷の戦いは 見たい。

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか…は わかんないけど。そりゃ君の方が上だよ…実力なんて大半の人に敵わないと思う…客観的に見ても」
「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねぇ方が…」
「でも…!皆…他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で 獲りに行く」

轟は何を言うわけでもなく、背を向けた。
時間だと声がかかって、俺は立ち上がる。
控室から出て行く人らに倣い歩き出し、緑谷の隣に並ぶ。

「ねぇ、」
「霧矢くん?」
「本当に無個性だったの?」

彼の瞳を覗き込み微笑む。

「訓練の時に爆豪が騒いでたから。気になって」
「えっと、、個性の、発現が凄く遅かったんだ…」

どうしようって、彼の目に書いてある。
こういう揺さぶりかけちゃダメだったかな。
まぁ、少しくらいはいいかな。

「大変だったでしょ?個性が発現するまでの間」
「あ、う…うん」

彼はどこでオールマイトと出会ったんだろう。
無個性に生きてきて 辛くはなかったのかな。
誰かに傷つけられはしなかったのかな。
捨てられはしなかったのかな。
不思議だね。
同じスタートラインだったはずなのに、無個性だったのにヒーローを目指す彼と、無個性だったから敵になった俺。
選んだ道は真逆。

「頑張ろうね、お互いに」

にこりと笑って歓声の降り注ぐアリーナへ。
いつか、俺は彼と戦うことになるだろうな。
それが、今でないことを 願っていよう。





最初の競技は障害物競争。
スタートと同時に凍った地面。
前の屋内戦闘訓練でもこんなやり方してたな。
手を触れて氷を破壊し、凍らされた人たちをすり抜け前へ。
そして目の前に現れた入試の時の0Pの仮想敵。
それを凍らせて通り抜けていく轟を見送りながら足元に錬成陣を描き両手をつく。
入試の時のように仮想敵に飛び乗れば、真横で聞こえた爆発音。

「あ゛!?」
「…なに?」

ほぼ同じタイミングで並んだ爆豪が俺を見て舌打ちをする。

「おめーこういうの正面突破しそうな性格してんのに避けんのね!」
「便乗させてもらうぞ」

そして、後ろから現れた瀬呂と常闇。

「てか、霧矢。喧嘩しないの」
「してないよ」

仮想敵を通り抜け、次の障害物は穴の上に紐で吊るされた岩の足場。
落ちれば即アウトってことなのだろう。
足元にまた描いた錬成陣。
地面が土でよかった。
まだこの両手のやつは 隠しておきたい。
土が自分を押しあげて、中腹あたりの岩に着地。
そしてまた、錬成陣を描いて対岸へ。

「ほんと便利だな、霧矢のそれ」

気付いたら隣を走ってた瀬呂。
なんでいつも俺の隣にいるんだろう。

「ストーカーですか」
「なんでだよ!?」

最後の障害物は地雷原。
足で錬成陣を描いて、また両手をつける。
先頭は真ん中を過ぎた辺りを走っている。

「あ、またかよ」
「またもなにも。これが俺の個性だから」

地面で自分を持ち上げて吹き飛ばす。
着地した先でまた素早く錬成陣を描いた時 聞こえた爆発音と頭上を飛び越えていく緑谷。

個性?
いや、使ってない気がする。
何をしたんだろう。

先頭で競い合っていた轟と爆豪を追いついて。
そして再び爆発を起こした隙に 先頭でゴールした 緑谷。

「すごいねぇ」

呑気なことを呟きながらも錬成陣に両手をつけて、地雷原を抜けた。
順位は8位。
錬成陣を描きながらだから 健闘した方だろう。





雄英のジャージに身を包み障害物競争に参加する心喰。
毎回律儀に錬成陣を描く姿に首を傾げた。

「あの刺青は、使ってないのか?」
「そうみたいですね」

原理はわからない。
だが、彼の両腕に刻まれた刺青は彼が地面に描く錬成陣と同様の意味を持つらしい。

「…隠しているんでしょうか」

彼なりに理由があるのだろうけど。
ずっと彼の戦闘訓練に付き合ってきたから、知っている。
彼の個性は 地面を自由に動かすだけじゃない。

「…見てると思うか?」
「誰がです?」
「…心喰を捨てた親だ」

黒霧はグラスを拭いていた手を止めた。

「……見ているでしょうね」
「気付くか?自分が、捨てた息子だと」
「どうでしょうね、ただ、もし気付いたら彼に接触はしてくるでしょう」

個性がないからと捨てた子供がこれだけの個性を手に入れていたとしたら。
棚ぼたもいいとこだろう。
誘拐され死亡したと思っていた息子が数年ぶりに見つかった。
なんて、マスコミが好みそうな話題だ。

「もし、そうなれば…どうするんです?」
「俺はどうもしないさ。ただ、霧矢は間違いなく…喰い殺すだろうなァ」


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