この時を待っていた


「ずっと、探していたのよ」

女は 目に涙を浮かべ 俺に歩み寄る。
その後ろ、男は俺をじっと 品定めするように見つめた。

「俺は、霧矢心です。…貴方方を、俺は知らない」
「違うわ。貴方は私達の子供。誘拐されたのよ すごく幼い頃に」

なるほど、そういう設定にしたいのか。
俺が捨てられたのは 年齢で言えば小学校の1年生。
そこから7年後 失踪宣告により 俺は死亡認定を受けた。
だが、俺が誘拐され 生きていたとなれば それの取り消しができて 俺はまた 彼らの家族に戻される。

「忘れちゃったのね。そうよね、貴方はまだ…小さかったもの」
「DNA鑑定をすれば、わかるよ。僕らは君の親だって」

無個性だと思って捨てた子供が 個性を持って現れたのだ。
鴨がネギを背負ってきたみたいなものだろう。
自分たちの罪をなかったことにできる上に、メディアは彼らを大々的に取り上げることになる。

「……俺は、覚えていないです」

覚えていない、を突き通しても DNA鑑定をされれば逃れられはしない。
まぁ、そんなこと させるつもりはないけど。
だが、今は ダメだ。
アリーナから 聞こえるトーナメントを開始するというアナウンス。

「可哀想に。きっと、辛い目にあったのね」
「大丈夫。きっと、すぐに思い出すよ」

白々しい。
彼らこそ、俺が 喰い散らかしたくて仕方がない奴らだというのに。

「…また、別の場所で話しませんか?俺はこれからトーナメントもあるので」
「そうね。そうしましょう」

彼らは俺の存在を誰かに伝えるか?
いや、伝えないだろうな…。
彼らにしてみれば、俺は 消し去りたい過去だ。
俺が子供であるという証明がされるまで、外に伝えることはきっとない。
最悪、罪を隠すために俺を殺す可能性だってある。

「終わったら私達の事務所に来てくれる?2人で経営している事務所だから。ゆっくり話せるわ」

渡された名刺を受け取り、わかりましたと伝える。

「またね、×××」
「…失礼します」

体操服のポケットに入れた名刺を握りしめる。
やっと、会えたね。
ずっと、ずっと…この時を待っていたんだ。

頬が自然と緩んだ。
最悪に、最高な気分だった。





コンクリートか。
やだなぁ。
フィールドに立って、俺は地面をトントンと靴先で蹴った。

「お互い、恨みっこなしね!」

芦戸はそういって笑う。

「そーだね」

まぁ、やだとか言ってられないんだけど。
けど今はまともな手加減が出来るとは思えないから 試合を長引かせたくはない。

『START!!!』

「負けないよ!!」

自分に飛んでくる蹴りを避けながら、一歩二歩と後退り。

『コンクリの地面じゃ、霧矢には不利か!?』

そんな放送が聞こえてきた。
線のぎりぎりまで来て、彼女は俺に向かって酸を放った。
きっとそれを俺が避けるために後退すると思ったのだろう。
だがそれを右腕で受けとめて、彼女の目の前で両手を叩く。
所謂、猫だまし。
だが、その一瞬の隙で十分だ。
彼女の背後に回りとん、と背中を押した。

『芦戸さん場外!!』
「えっ!?えーー!!」

目を丸くさせた彼女に俺は笑った。

「ごめんね?」
「うっそー」

『二回戦進出!!霧矢心!つーか、個性使ってねぇじゃん!』

こんなのあり?って言う彼女に 女の子に怪我させられないからと 答えて、控室に続くゲートへ進む。

「ちょっと、霧矢くん。腕は大丈夫?」

ミッドナイトのその言葉に なんともないですよ、と答えた。
溶けた手袋を脱いで、義手の表面を撫でる。
特に傷もないし、問題はなさそうだ。
ポケットの中の替えの手袋を取り出そうとしたとき 落ちた彼らにもらった名刺。
事務所の場所なんて、渡されなくてもわかっていたさ。
喰うタイミングを今か今か、と待っていたんだから。

新しい手袋をつけて、パチンと鳴らした指。
ふわっと広がった炎が地面に落ちたその名刺を燃やした。

「あ、」

燃えカスになった名刺を足先で地面に擦りつけていれば、鳴った携帯。
そうだ、弔くんの電話切っちゃったんだった。
電話に出ようとすれば、前から歩いてきた切島が俺に気づいた。

「二回戦進出おめでとう!」
「どーも」
「俺も頑張らなきゃな」

彼はそう言って笑う。
ポケットの中で震えていた電話が、止まった。

「腕、平気か?リカバリーガールのとこ行ったか?」

心配そうな彼が俺の右腕に視線を向ける。

「大丈夫だよ」
「そうか?なら、良かった」

意外とちゃんと喋ってくれるんだな、と彼が笑う。

「あんま喋ったことなかったし」
「そうだな」

親しくする気は元々ないのだ。
それが必要だと、俺は思っていなかったし。
だが、瀬呂が関わってくるから 下手に離れることもできなくなってきて。
この距離感の作り方が難しい。

「そこの階段上がったらみんないるから」
「あぁ、」
「じゃー頑張ってくるわ」

控室に入っていく彼を見送り、不在着信を知らせる携帯に指を滑らせる。
人が来たからさっき電話切った、ごめんねとメッセージを送る。
それにすぐ既読がついて、それならよかったと返ってきた。
話すべきではないだろう、あの2人との接触を。
いつものように、ニュースで知ってくれればいい。
今日のニュース速報がハートイーターにより2人のヒーローが喰い殺されたことを伝えるだろうから。





「本当に怪我させずに終わったわ」
「くやしー!」

芦戸の言葉に俺は苦笑を零す。
まさか、あんなに飄々と勝つとは。
ぶっちゃけ霧矢 手叩いて 背中押しただけじゃん?

「酸もろ被りなのに、平然とされちゃったし」
「え?」

確かに、酸を右腕で受け止めてはいた。
てっきりリカバリーガールんとこ行くんだと思ってたけど。

「治療してないの?」
「なんともないですって」

彼に、自分の体を守るような技があるのだろうか。
というか、彼の個性はよくわからない。
地面を操る個性であってるのか?
けど、洗脳されたのを解いちゃうわけでしょ?
なんなんだろう。あいつ。
不思議だから、気になってしまうんだよね。

「まぁけど、次は 手叩いて終わるような相手じゃないだろ」

勝ち上がったのは常闇。
たしかに、そんな簡単に勝たせてくれる相手ではなさそうだ。

「お手並み拝見ってやつだな」

その言葉に爆豪が 悪い顔して笑った。


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