してやったり

次の対戦相手は常闇だった。
確か意思のある影を操るやつ。
さっきみたいにのらりくらりと、終わらせられるような相手ではないし。
地面は相変わらずのコンクリだし。

「手加減はしないぞ」
「知ってるよ」

さて、どう戦おう。
とりあえずやばそうだったら使うとして。
可能な限りは隠しておきたい。
勝ち進めば、対戦相手は爆豪になるだろうし。
スタートの合図と共に突っ込んできた 彼の影の攻撃を避ける。
2対1みたいで、やりにくい。

『霧矢防戦一方だなー!やっぱりコンクリじゃ不利だな』

そんな放送の声を聞きつつ、義手の仕込みナイフで自分の掌を切った。
ポタポタと地面に落ちる血に手を伸ばす。

「書かせると思ってるのか!?」
「まぁ、書かせてはくれないよね」

流石にこんだけ攻撃され続けて 素直に書かせてもらえるとは思ってはいない。
運良く書けたらいいなーなんて、思ってたけど。
やっぱりダメみたいだ。
そうなれば、仕方ない。
流石に俺もそういう状況は考えているわけで。

地面に出来た血だまりを踏みつける。
そして、攻撃を避けつつ数歩後ろに下がった。
出来上がった 小さな錬成陣。

「まさか!?」

体操服着用とはいえ、靴は個性に合わせ選べるように自由だ。
だから、さっきの試合が終わって 靴裏に仕込んでおいたのだ 錬成陣を。
血でできた足跡が 小さな錬成陣をコンクリの地面に描いていたのだ。

そこに手を触れればぐんっと伸びてきた円柱。
それが、常闇に向かっていく。
彼が後退したその隙に 掌の血で地面に描いた錬成陣。

「書かせちゃったら、負けじゃない?常闇」
「そうとは、決まっていない!」

両手を地面につけ地面を操り、彼の後を追いかけていく。

『形勢逆転か!?』

しかし、すばしっこい。
まるで、鳥だな。
ひょいひょいと避けていく彼に、仕方ないと錬成陣を2つ地面に書き足した。

「こんな大ぶりな攻撃、当たるわけないだろう」
「そう言われてしまうと、たしかにそうだね」
「策は尽きたか!?今度こそ勝たせてもらうぞ!!」





霧矢の個性はたしかに強力だ。
だけど、あの魔法陣を書かなきゃ発動しないっていうのがどうしようもない弱点だな。

もう一度攻撃をしようと突撃していく常闇に、霧矢は慌てることもなく地面に触れた。
あと少しで常闇の攻撃が届く、そんなギリギリな瞬間
会場に響き渡った爆発音。
吹き飛んだ瓦礫の中、常闇の影は彼を守っていた。
その隙を狙ったんだろう。
さっき触れたのではない 魔法陣に触れ 盛り上がった地面が掌のように動き常闇を捕まえて 場外にぽいと投げ捨てたのだ。

『勝負あり!勝ったのは 霧矢心!すげぇ爆発だったけどなにしたの!?』

マイク先生の放送。
それはみんな気になってるはずだ。
彼の個性は、なんなんだ?

「わけわからん」

隣で上鳴がそうこぼす。

「みんなそーよ。たぶん」
「だよな!?地面操る系じゃないの?セメントス先生みたいに」
「いや、俺もそう思ってたよ。けど、なんか…」

違うんじゃないのか?
そう、思わざるを得ない。

ゆるりと立ち上がった彼は自分の左手を見つめてから顔を上げた。
場外に放り投げた常闇に右手を差し伸べ、彼を立たせてあげ すたすたと控室の方に歩いていく。
次の試合は切島と爆豪だけど、爆発で壊れた地面を直すために少し休憩を挟むらしい。
トイレ行ってくるわ、と声をかけて 控室の方に向かえば 左手の手袋をつけ直している 霧矢がいた。

「お疲れ」
「ん?あぁ、お疲れ」

血に濡れていた手袋をぽい、と彼はゴミ箱に捨てる。

「使い捨てなん?」
「そうだよ。両方ダメにしたから 替え取りに行かなきゃだけど」
「教室に?」

A組の控室だよ、と言った彼に一緒に行っていい?と声をかければ怪訝そうな顔をされたが 好きにすればいいよと言われた。
ペタペタと足音がして、振り返れば 彼の血で描かれた足跡。
そこにはたしかに小さな魔法陣が書かれていた。

「靴拭くか?ティッシュあるけど」
「あ、忘れてた」

振り返った彼が今自分が歩いてきた道にあるそれに めんどくさそうな顔をした。

「お掃除ロボットいるから、大丈夫だろ。床は。」
「そう?ならいいや。ティッシュありがとう」

素直に差し出したティッシュを受け取った彼は靴の裏の血を拭い その場で数回足踏みをした。
地面につかないことを確認して 歩き出した彼の隣に並ぶ。

「さっきの爆発どうやったの?」
「言ってもわかんないよ」
「出た。またそれじゃん」

俺の言葉に彼はちら、とこちらに視線を向けた。

「…地面を爆発物に変えた」
「どうやって?」
「……再構築して」

うん。
まるでわからなかった。
なんで、地面が爆発物になるの?

「なんの個性なの、本当に」
「………なんでそんなに俺に興味持ってるの?」
「うーん。なんでだろう?隠されるから?」

それは一理あるかもな、と彼は少しだけ笑った。

「俺の個性はなんだと思う?」
「え、地面を操る的な」
「残念。俺の個性は 錬金術だ」

れんきんじゅつ。
まるで、聞いたことのない単語だった。

「等価交換を原則として。万物を理解し 分解し 再構築してる」
「うん?うん。全然わかんない」
「だから、わからないって言っただろ」

彼はけらけらと笑って控室のドアを開けた。
控室の荷物の中、彼は二枚の手袋を引っ張り出して ポケットにしまった。
肘まで隠れるそれは 光の当たり具合でわずかに模様があるように見える。

「じゃあさ、あの魔法陣は?なんなん?」
「あれは錬成陣。錬成に必要なものなんだ」
「なるほどな。けどさ、あれ描くのきつくね?1対1なら特に」

そうだねって彼は笑う。
なんで、こんな余裕そうなんだろう。
さっきも追い詰められてたはずなのにまるで焦ってなかった。

「何か、策でもあんの?次たぶん爆豪か切島とだろ?接近戦メインじゃんあの2人」
「まぁ、ないとは言わないね。俺はあいつらと違って手の内晒してないから」

してやったり。
そんな笑みを彼は見せた。
こんな顔もするのかってまじまじと見つめてたら彼は不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの?」
「いや、意外と。表情豊かなんだなって思って」

ぱちぱちと目を瞬かせてから 彼は笑った。

「意外?」
「まぁ。結構」

無表情というか、イライラしてる姿の方がよく見るし 、笑うのか ちゃんと。

「俺のことどう思ってるか知らないけど、普通だよ。笑うし怒るし泣くし」
「なるほどね、」
「ただ。人にいいようにされるのは嫌いだかなぁ。命令されるのも嫌い。売られた喧嘩は絶対、買うしね。あとは、必要ないと判断したことは死んでもやらない」

俺と話すのは 必要ないことだとは思われてないんかな?
最初は必要ないって感じだったけど…。

「なに?」
「んー?なんでもねーわ」

ならいいや、と彼はふい、と視線を逸らした。
多少、最初に比べれば打ち解けてくれたように感じる。
前よりも会話が続いてるし。
上鳴とかには 霧矢と話せるのは俺だけだ、とか言われてるし。

「次の試合、俺らのとこで見る?席空いてるけど」

控室から戻りながらそう尋ねれば少しの間のあとやめておくと彼は答えた。

大人数はまだ嫌なのかな。
さっきも断られたし。

「じゃあ、応援してるわ」
「ありがとう」

ここで深追いすればたぶん、彼は離れていく。
距離感が難しいな、ほんとに。
野良猫みたいだ。

「もう始まんぞ!」

元の席に戻れば上鳴が早くしろと俺に声をかける。
霧矢もこいつみたいにわかりやすけりゃいいのに。

「悪ぃ悪ぃ」





勝ち上がったのは 爆豪だった。
アイツならきっと、俺に錬成陣を書かせる隙は与えないだろう。
いつもキレてる割に 戦闘においては状況把握ができている。
緑谷という 地雷がなければ 彼は使える人材なのかもしれないな。
だからといって、彼への印象が変わるわけではない。

カサつく唇を親指で撫でる。
口は自然と緩んでいた。

「君の心臓は、どんな味がするのかな」



戻る

TOP