さよなら、

優勝したのは爆豪だった。
だが、俺との試合も 決勝も不完全燃焼で暴れたらしく表彰台に上がった彼は拘束されていた。
俺と轟に対して睨みを効かせ唸る彼にクスクスと笑う。
俺とともに3位になった飯田は 家庭の事情で早退したらしい。

「メダル授与よ!今年のメダルを贈呈するのはもちろんこの人!」
「私が メダルを持って来「我らがヒーロー オールマイトォ!!」」

大事なところで被ったが、彼は笑いながら俺の前に立った。
この距離なら、殺せるだろうな。
今、この瞬間 この大勢の視線の前で。
あぁ、そうだよ。
彼は ヒーローであり、先生であるのだ。
俺に手は出せないんじゃないだろうか?
たとえ、ハートイーターと呼ばれる俺であっても。

「びっくりしたよ。元々強かったけど、あんな秘策を隠しているなんて」

首にかけられたメダル。
そして、オールマイトは手袋に包まれた俺の両手を持った。

「辛い経験をしても尚、ヒーローを目指す姿勢。素晴らしいね」

握られた両手に視線を向ける。

「義手であっても、肉体と同じく傷付く。肉体のように 無茶をすることもできない。それを失った時 どう戦うか…今後の課題になるだろうね」
「そう、ですね」

手を離して 俺を抱きしめようとした彼から 一歩後退る。

「……こういうのは、苦手だったかな」

至近距離で交わった視線に俺は笑った。

「……おめでとう。今後の成長が、楽しみだ」

聞こえる歓声。
俺はぺこりと頭を下げた。

「轟少年 おめでとう。決勝で左側を収めてしまったのにはワケがあるのかな」
「緑谷戦でキッカケをもらって…わからなくなってしまいました。あなたが奴を気にかけるのも少しわかった気がします。俺も あなたのようなヒーローになりたかった。ただ…俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目だと思った。清算しなきゃならないモノがまだある」

彼の目は迷子みたいだった。
ふらふらと、行き先を探している。

「顔が以前と全然違う。深くは聞くまいよ。今の君ならきっと清算できる」

オールマイトは 轟を抱きしめ ポンポンと背中を叩いた。
そして、唸る爆豪の前へ。

「さて爆豪少年。伏線回収見事だったな」
「オールマイトォこんな1番何の価値もねぇんだよ。世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ」

凄い表情で怒る彼に視線を向け、すぐに逸らした。

「うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くはない。受けとっとけよ!傷として!忘れぬよう!」
「要らねっつってんだろが!!」

無理矢理メダルを咥えさせられて 彼はやっと唸るのをやめた。

「さぁ今回は彼らだった!しかし皆さん!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!ご覧いただいた通りだ!競い!高め合い!さらに先へと登っていくその姿!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!皆さんご唱和ください!せーの お疲れ様でした!!」

プルスウルトラと、言う人たちの中響き渡ったお疲れ様でしたというオールマイトの声。
ブーイングが聞こえてくるなか俺は爆豪の方を見た。

「ごめんね、最後まで戦えなくて」
「あ゛!?」

とん、と一位のところに乗って彼の耳元に口を寄せる。

「俺の腕みたいにしてしまいたいくらいに君のことは嫌いだけど。君と戦うのは悪くなかったよ」

俺を睨みつける彼に 俺はケラケラと笑った。

「またやろうね?次は、本気で」
「待てやコラ。本気じゃなかったってことか!?さっきのは!!」

咥えていたメダルからからんと音も立てて 落ちる。
それを拾って もう一度彼の口に咥えさせて にこりと笑ってやった。

「内緒」





嗚呼、幸せだ。
滴り落ちる血を 恍惚とした表情で見上げ 今まさに命を刻むことを止めた心臓に口付ける。

倒れた遺体の傍ら、女の人は目を見開いて俺を見つめていた。

2人は個性婚だった。
お互いに恋愛感情はなく、それぞれに愛人がいたことを幼いながらに覚えていた。
元々そこそこの人気ヒーローだった2人の結婚も妊娠、出産もメディアで大々的に伝えられたが その先はなかった。
そりゃ、そうだろう。
2人の個性を引き継ぎ生まれてくるはずだった息子は 無個性だったのだから。
2人は俺を出来損ないだといつも罵っていた。
だが、暴力やネグレクトはなかった。
世間体が気になっていたからだろう。

忘れもしない。
捨てられたのは 夏の日差しが強い日だった。
蝉の鳴き声が煩く、汗がじんわりと体を濡らした。
その日は珍しく2人と出かけた。
そして、緊急の呼び出しがあったと 俺を1人置いていった。
ペットボトルを1つ持たせて、迎えにくるまで出てきちゃダメよと 俺をどこかの古びた倉庫に押し込んで。
窓がなくて、サウナみたいな場所だった。
ペットボトルの中身もすぐになくなった。
だが、待てど暮らせど 迎えはなく。
高いところにある窓の外が暗くなった頃 迎えが来ないことを悟った。
思えば、あの頃から理解力はあったのかもしれない。
自分がおかれている立場を 小学校に通う前だったのにも関わらず 理解していたのだから。

「びっくりした?お母さん」

父であった男の心臓を喰いちぎり 遺体の上に放り投げる。
そして、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「まさか、無個性だから捨てた自分たちの子供が 個性を手に入れて犯罪を犯しているなんて」
「ま、まって。違うの。違うのよ×××!!」
「何が違うの?ねぇ、俺はね。全部覚えてるよ」

メスを彼女の服に滑らせれば、白い肌が顔を出す。

「毎日毎日 罵声浴びさせられた。暴力はなかったね。世間体が気になるから。けど、俺の水の中に閉じ込めて 窒息させることは よくあったよね」

彼女の目に絶望が映る。

「夏の日。俺を倉庫に捨てていったね。その後、失踪届を出した。誘拐されたって 扱いだよね?ただ、箝口令が敷かれてて 世間は知らない人が多い。7年後、俺の死亡届が受理された。けど、驚いた。あの雄英の体育祭にかつて捨てた子供が個性を持って 活躍しているんだもんね」
「あれは、そいつが!考えたのよ!?私じゃない!!」
「自分たちの罪を知られるのが怖かった?それとも、また俺を子供に戻して 自分たちの二世として売り出したかった?」

クスクスと笑って、彼女の胸にメスを突きつけた。

「どっちがやったかなんて、興味ないよ。2人が俺を捨てたって事実は 変わらない」
「死にたくない、いや。私は悪くない!!私じゃない!あなたが、悪いのよ!出来損ないに生まれたあなたが悪いの!!私たちじゃない」
「んー。どうして無個性ってだけで出来損ないなの?どうして?個性を持たなかったってだけで、愛されないの?捨てられなきゃいけないの?」

ぷつり、とメスが胸に刺さり 彼女はその瞳に涙を浮かべる。

「無個性だった俺に 淘汰される気分はどう?無個性だから 殺そうとした子供に 殺される気分を 教えてよ」

痛覚を無効化してるから痛みはないだろう。
別に、痛みを与えたいわけじゃない。
ただ 絶望して欲しいだけ。

「無個性だった子供が、世間を騒がせる殺人鬼になった気分はどう?」

スーッと刃を滑らせれば 血が滲み始める。

「2人があの日しっかりと、俺を殺していれば 殺されることなんかなかったのにね。可哀想に」

ごめんなさいごめんなさい、許してと彼女が狂ったように泣きながら俺に訴える。

体の自由は効かない。
痛みもない。
目の前で 胸が開かれていくのを ただ ただ何も出来ず彼女は見つめるしかない。
自然と笑いが溢れていた。

「この日を俺は待ってたよ。殺したくて殺したくて仕方がなかった。俺はね、お前らを殺すために。そして、無個性が 出来損ないだと決めつけるこの世界に復讐するために これからも生きていくよ。さよなら、」

飛び跳ねた赤い液体。
たった今、彼女の心臓が命を刻むのを止めた。
飛び散った血。
それを無視して その心臓を喰いちぎって、捨てた。

「さよなら、父さん母さん。俺を生んでくれて、ありがとう」

クスクスと笑いながら血に濡れた黒い服と手袋を脱ぎ制服に着替え直した。
汚れたものは燃やして、燃えカスが残っていないことを確認して 建物から出る。
いつまで停電してんだよ、という声を聞きながら 俺は雑踏に紛れていった。





壊れた義手は大丈夫だろうか。
テレビ画面の向こうにいた心喰は未だ帰らない。

「帰ってきたら武器屋に連れてく」
「それがいいでしょうね」

黒霧の携帯に着信が入り、ゲートを繋げればただいまと彼が姿を見せた。

「心喰、お前…またやったな?」

いつもより熱を帯びた目が細められ、ニィと彼が笑う。
その表情はいつもより恍惚としていて。
さながら情事のように見えて一瞬息が詰まった。

「シャワー浴びてくるね」

鼻歌でも歌いそうな彼は奥に消え、黒霧は何も言わずにテレビをつけた。
彼がシャワーから上がった頃、テレビにぴろんという音とともにニュース速報の文字が映された。
そして、ハートイーターが現れたことと その被害者の名前を映し出した。
後ろから伸びてきた手が 俺の体の前で交差して緩くに抱きしめられる。

「心喰、」
「喰べちゃった。お父さんとお母さん」

黒霧がやはりそうなりましたか、と納得したように呟いた。

「接触したのか、」
「そうだよ。体育祭でね ×××って呼ばれたの」

クスクスと笑う彼の吐息が首筋にあたり、少し身をよじる。
あの恍惚とした表情の意味がわかった。

「…バレてないか?」
「大丈夫。事務所の一帯は停電させたし 俺に関する情報は何もなかった。まぁ、あるはずないよね。俺は死んでるんだもん」

それならいい、と答えて肩に擦り付けられてる彼の頭をぽんぽんと撫でる。

「落ち着いたら武器屋に行こう。義手を、直す」
「うん」
「こっち来い」

そう言って 体の前にある腕を叩けば 彼は俺の前に移動してくる。
熱を帯びた瞳は俺を映し、また綺麗な三日月を描く。
まるで、発情期だな。
紅潮した頬と髪から伝わる雫が妙な色気を出してて苦笑を零す。

「明日明後日休みだから、武器屋は明日でいいや」
「そうか?」
「うん。だから、ちょっと遊んで。弔くん」

あぁ、これは完全に変なスイッチ入ってるな。
時々 こういうこともあったが 今日は一段と酷いらしい。

「黒霧、」
「そうなったら、どうにかできるのは弔だけですから」
「…部屋行くぞ、」

まぁ、体育祭も頑張っていたし。
たまにはいいだろう。

「心喰、」
「なぁに?」
「今日だけ、ご褒美な」


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