覚えてないの?


「嘘…」

テレビのニュースを見て、ババアは目を見開いた。
そのニュースが伝えるのは最近話題の ハートイーターだった。

「なんだよ」
「覚えてないの?アンタ。この2人の息子さん、アンタと同じ幼稚園じゃない。」

亡くなったのは有名なヒーローの夫婦。
同じ幼稚園に、この2人の子供がいた?
そんなことは 全く記憶になかった。
だが、よくよく思い出せば この2人のことは 見たことがあった。

「……息子って、どんなだ?」
「あんた、本当に覚えてないの?時々遊んでたじゃない」

そう言われても やっぱり思い当たる相手はいなかった。

「駅前のマンションの1番上に住んでて。家にも連れてきたことあるわよ」
「覚えてねぇ」
「凄く頭が良くてね。妙に、大人っぽい子だったのよね」

顔が綺麗で、お人形さんみたいだったのだとババアは懐かしそうに話した。
だが、そんなやつ覚えていないし まず同じ幼稚園なら小学校も一緒であったはずなのに。
そんな奴の記憶は カケラもないのだ。

「私立の小学校とかに行ったんか?幼稚園の記憶は ほぼねぇ」
「…そっか、アンタ…知らないもんね」

ババアの表情が急に陰る。

「どういうことだよ」
「もう知っても平気か。…あの子ね、誘拐されたのよ。あの時は結構 騒がしくなったのよ、この辺も」

誘拐。
身近で聞くことのない単語で、少し現実味がなかった。
誘拐され、彼は小学校には通えなかった…そういうことだろう。
見つかったのか、と問えば首を横に振った。

「怨恨だろうって 話で。事件の後すぐに2人は引っ越ししちゃって。そこからのことは知らないわ。けど、テレビで2人の子供のことが触れられることはなかったから…きっと、」

その先は言わなくともわかった。

テレビ画面の中、人を救う2人の映像が流れる。
ハートイーターはここ数年 無差別に人を殺めてる殺人鬼。
被害者はヒーローが多いが、老若男女 被害に遭っている。
目撃者もいつもおらず、証拠もないのだそうだ。
いや、唯一1つだけある証拠。
それが名前の由来となった 心臓を食い千切った時にできた歯型。
人の心臓を生で食べるとか、どんな神経してんだよって思ったのを覚えている。

「大事な息子も失って。自分たちまで、こんなことになるなんて」
「…そうだな」

ヒーローになれば 人に感謝されるのと同じように 人に恨まれることにもなるだろう。
だがそれが、家族にまで被害を及ぼすというのは 酷い話だ。
その息子とやらも、有名なヒーロー夫婦の下に生まれたのだから さぞいい個性を持っていただろう。
生きていれば、共に学校に通うこともあったのかもしれない。
あの半分野郎のように 目障りな存在になり得たかもしれないが。

「無念だろうな」

自分の息子を見つけてあげることも出来ずに、死ぬなんて。
死んでも死にきれないはずだ きっと。

「…そうね、」





「おいおい、やってくれたなァ お前」

無精髭生やした 男は俺の腕を見ながら溜息をついた。

「新しい個性の関係で、こうするしかなかったの。ごめん」
「だったら、やる前に相談しろ。テレビでお前の腕が*げる瞬間を見た俺の気持ちを考えろ」

彼は俺の義手を作ってくれている武器屋。
名前は知らない。
が、こちらの世界の人間である。

「お前さんのとこのボスがピアス頼むから何かと思ったら、お前にか」

俺の髪を耳にかけピアスを彼は覗きこむ。

「それの調子は?」
「良好」
「そりゃよかった」

一旦外すぞ、と腕から外された義手。

「この模様は?意味あんのか」
「うん。それが発動のギミックで」
「なるほどな。その左手とセットでってことか」

インクで薄れても嫌だから削ったんだろ?と彼は新しい素材を机の上にポンポンと並べていく。

「ダイヤモンドの刃でしか削れねぇ素材だけど、耐久性とかは抜群だ。ここで削っていっていいから、これにしとけ」
「耐熱は?」
「熱さも寒さも ピカイチ」

それはありがたいと返せば彼は満足そうに笑った。

「つーか、コネクトなしにブッ刺すな。ちゃんと繋がねェと壊れんぞ。残ってる腕も」
「それもごめんなさい。時間がなくて」
「もうやんなよ」

はい、としか答えられなかった。
俺はそれほど彼に 世話になっているからだ。
慣れた手つきで部品を組み合わせていく彼の手元をただ、眺める。

「時間かかるし、寝てるか?」
「眠くないからなぁ」
「じゃあ、本読んでろ。その辺にあるの、好きに読め」

見られてるとやり辛い、という彼の言葉に 俺は乱雑に積まれた本の中から一冊を引き抜いた。





予定より長引いた作業が終わり、顔を上げればこくりこくりと船を漕ぐ心喰がいて少しだけ頬が緩んだ。
彼が拾われてすぐから、俺は彼を知っていた。

「心喰」
「…寝てた…ごめん」
「いいよ」

とりあえず調整な、と腕にはめた義手。
彼が特にこだわっている 無効化の個性を使ったときのみ解除できる仕込み武器の出し入れも確認して彼はコクリと頷いた。

「問題ない」
「じゃあ、次の作業な。俺は 何が何やらわかんねぇから自分でやれよ」

ダイヤモンドの刃の削るための機械を渡せば彼はスルスルと義手に刃を滑らせていく。
あの頃に比べりゃ随分と人間らしくなった。
俺の前でも笑うようになったし。
初めて会った頃の彼と言ったら、もう 野良犬以下の存在って感じだった。
腐った腕をぶら下げて、骸骨みたいに細くて、体は傷だらけ。
よく生きてるなって感じだったのに。
1時間くらいで彼の作業が終わり、削られた溝に黒いインクが流し込まれていく。

「乾いたら接続するな」
「うん、ありがとう」

インクが乾いたのを確認して、彼の腕に義手をはめ込む。
神経接続を行えば 彼はわずかに眉を寄せた。

「おし、終わり。どうだ?」
「うん、良い。前より少し、重い気もするけど。ちょっと個性使ってもいい?」

好きにしろよ、と言えば彼はいくつかの個性の発動を確認して 完璧だと笑った。

「そりゃよかった。また調子悪くなる前にメンテナンスしに来いよ」
「うん、ごめんね。壊して」
「次はねぇかんな」

あとこれ、前に頼まれてたやつと箱を渡せば彼は目を瞬かせた。

「お前、自分で頼んで忘れてんのかよ。マスクだよ」
「あ!作ってくれたの?忙しいからやだって言ってたじゃん」
「暇が出来たからな。試してみて、不具合がありゃまた来い」

彼が携帯をいじれば、すぐに黒いもやが現れる。

「じゃあ、また来るね。ありがとう 武器屋」
「お前も頑張れや」
「うん」

もやの中に消えていく彼を見送り、交換した義手を手に取る。
処分の為にそれをバラしていれば 仕込みのメスをしまう部分にべったりと付いた赤黒いもの。

「…まぁ、そんなこったろうと思ってたけどなァ」

証拠にならないように 捨ててやろう。
止める気も通報する気も毛頭なかった。

「あれは、殺さにゃ止まらねぇよ」





「ただいま」

少し形の変わった腕をぶら下げて帰ってきた 心喰に おかえりと言葉を返す。

「新しくしたのか」
「うん。使いやすいよ」
「そうか、よかった」

隣に座って 彼は新しくなった義手を撫でた。

「武器屋はなんて?」
「ちょっと怒られちゃった」
「…ちょっとで済んだならよかったな」

テレビのニュースは今日もハートイーターのことを伝え、そしてヒーロー殺しのことを伝えた。

「ヒーロー殺し。今度会うことになるぞ」
「へぇ、そうなんだ」

今 黒霧が声をかけに行っている。
犠牲になった人数で言えば心喰の方が多いが、彼もまた凶悪な敵であることは間違いないだろう。

「お勉強させてもらおうかな」
「…そーだな」




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