アルケミスト

2日の休校が明け、学校へ。
その日は嫌な雨が降っていた。
教室は朝から騒がしく、おはようと声をかけてきた切島におはようと一言返して自分の席に座る。

「…もう、平気なのか」

珍しく声をかけてきた轟に俺は首を傾げた。

「なにが?」
「いや、腕…」
「あぁ、直してもらったから大丈夫だよ」

そうか、と答えて彼は俺のことをじっと見つめた。

「大丈夫?」
「いや、悪い…。直ったなら、よかった」
「ありがとう」

チャイムが鳴れば教室は静かになる。
そして、入ってきたイレイザーヘッドは ここ最近包帯に隠されていた素顔を露わにしていた。
怪我はもう治ったようだが、どれくらいの後遺症が残っているのか。
それとなく今度聞いておこう。

今日の授業は実戦系ではなく ヒーロー名の考案を行うらしく。
教室はまた騒がしくなった。
そういうのも考えなくちゃいけないのか、めんどくさいな。

プロからのドラフト指名にも関係してくるらしい。
が、可能な限りプロの事務所には関わりたくはない。
しかし、今回の指名結果の中には上から3番目に自分の名前があった。
1位2位とは大きく差を開けているが、それだけ興味を持たれたということなのだろう。

「霧矢すげーじゃん」
「…ただの興味だろ」

強い個性を持てば 人は手のひらを返す。
本当に、それを体現していて吐き気がする。

「指名の有無に関係なくいわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロ活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」

その為に必要になる ヒーロー名なのだと彼は言う。
適当なものをつけたら地獄を見ちゃうわよ、と教室に入ってきたのはミッドナイトだった。
15分の時間が与えられ、皆が自分のヒーロー名を発表形式で見せていく。
数人の発表が終わり自分も前に出た。

「俺は アルケミストで」
「どういう意味?」
「錬金術師って意味です」

貴方の個性にちなんだものなのね、いいと思うわと言われ、席に戻る。

「錬金術って結局なんなん?」

切島がこちらを振り返り首を傾げる。
それ、気になるよねって言葉と共に自分に向けられる複数の視線。
イレイザーヘッドも 俺の方を見ていた。

「理解を大前提とし、物質を分解して、再構築してる」
「……いや、分からん」
「そうだろうね。けど、これ以上の説明はない」

これ以上話すことはないと口を閉じれば みんなもざわつきながらも次の発表に進んでいく。
そして、授業の最後に職場体験の先を選ぶよう伝えられた。

「あー…悪い。霧矢のは職員室に置いてきたみたいだから 後で取りに来てもらえるか」

みんながリストを受け取る中言われた言葉に少しの違和感を覚えつつ、頷いた。
イレイザーヘッドにしては珍しいミスだった。





霧矢 心。
個性 錬金術

入試では0Pギミックを木っ端微塵に破壊してみせた。
そして、地面を操り 戦闘訓練を切り抜けてきたが。
体育祭で見せたのは 地面を爆発させるものや炎の個性。

「失礼します」

職員室に来た彼を仮眠室に連れていき ソファに座るように促せば 彼は素直に腰掛けた。

「この後の時間は平気か?」
「はい、別に」
「そうか」

A組の中では大人しい生徒だが、時折 辛辣なことを言っている印象。
実技の成績は中の上から中の中。
筆記については上位。
クラスメイトとの関係は希薄。

「お前の個性についてだが。どうして、今まで 隠してた?」
「必要なかったからです」

彼はそれだけ答えて口を閉ざした。
余計なことを喋る奴よりも、こういう奴の方が扱いにくい。
考えが読めないし。

「聞き方を変えよう。なんでわざわざ、魔方陣?錬成陣っつーんだっけ?それを書いてた」
「別に、書くことに不便さを感じてなかったので」

まぁ、書くのも早いし。
戦闘訓練で そこの隙を突かれることはあまりなかったが。
だが、書かなくていいなら書かないに越したことはないと思うが。

「…訓練も全力でやらねぇと 意味ねぇぞ」
「そうですか。わかりました」

会話終了。
こいつ、俺と話すときいつもそうだよな。
必要以上のことは決して話さない。
クラスメイトに対しても、こうなんだろうな。
彼は俺の目を真っ直ぐに見つめ首を傾げた。

「……はぁ、」

他の奴らとの大きな差はこれだ。
彼の瞳はまるで 子供のそれじゃないんだ。
地獄を見てきました、とでも言うような彼の目が 俺は少し苦手だった。

「お前、義手は?もう直ったのか」
「はい」

今時珍しい義手。
それも、気になる点だった。
昔よりも発達した医療の中、義肢を用いるのは生まれつき欠損があった人が主だ。
だが、彼の提出した書類には事故による欠損だと書かれていた。
錬成陣をわざわざ書いてたのは、義手を隠したいって気持ちもあったのだろうか。
手袋越しじゃ発動しないのか?
…わからんな、全然。

「答えたくないならいいが。腕、どうしてそうなったんだ」

今日も手袋に隠された両手。
その質問に彼は表情を変えることはない。

「壊死して使えなくなったから 捨てただけです」

いや、だから。
どうして壊死したのかを俺は聞いているんだが。

「他に質問は?」
「……いや、大丈夫だ」

彼の答えはそこで完結したようで。
これ以上話す気はありませんと 態度で表した。
欲しい答えは殆ど手に入らなかったが、これ以上は引き出せる気もしない。

「これ、お前の指名リストな」
「はい」

ホチキス留めされたそれを渡せば彼はペラペラと捲る。
結構な大手からも指名が来ていたが、まるで作業のように彼は紙に視線を落とした。

「…お前、好きなヒーローはいるか?」

俺の質問に彼は顔を上げ、目を瞬かせた。
そして首を傾げた。

「考えた事なかったです。けど、そうだなぁ…強いていうなら、貴方ですかね」
「俺?…そうか」
「それより、イレイザーヘッドは、怪我はもう良いんですか」

やっと彼から向けられた質問は予想外のものだった。
他人に興味を持つのか、と。

「見ての通りだ」
「後遺症がある、とか。聞きましたけど」
「少しな。個性の持続時間が短くなったくらいだ」

それなら良かったですね、と彼は笑った。
意外と笑うのか、とか思ったが 彼はそんな俺の感情を知るはずもなく プリントを鞄の中にしまった。

「他にお話は?」
「もう終わりだ。悪かったな」
「いえ」





おかえり、と俺を出迎えた弔くんにホチキス留めされたプリントを渡した。

「1週間の職場体験だって。どこに行けばいい?」

黒霧と2人でそのプリントに目を通した2人。

「どこでもいいけどな、正直。随分と大手からも来てるな」

弔くんはそう言って、黒霧の方を見た。

「保須のヒーロー事務所にしましょう。ヒーロー殺しの件もありますので」
「なるほどね、了解」

ヒーロー殺しはまた保須に現れる。
まだ犠牲になったのは1人だけだから。
保須にある事務所はいくつかあるが適当に目に付いたやつを紙に記入した。

「それで、そのヒーロー殺しはどうなの?来てくれそう?」
「まだ交渉中です」
「来てくれたら 俺にも会わせてね。職場体験中でも、ちゃんと呼んで」

俺の言葉に 黒霧はいいですけど と弔くんの顔色を伺った。

「別にいいだろ。好きにしろ」
「ありがとう」
「では、見つけ次第 心喰に連絡させてもらいますね」

彼には一度会ってみたかった。
俺と同じなのか、そうじゃないのか。
弔くんの邪魔をする存在なのか、否か。
それ次第では、喰べてしまってもいいだろう。

「心喰、ちゃんと待てできるよな?すぐに喰べようとするなよ」
「わかってるよ」
「…頼むぞ、ほんとに」






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