壊してあげるよ

雄英の筆記テストは完璧だった。
これで落とされるということはないだろう。
今回の為に新しく与えられた名前を書き間違えていたのに終了時間ギリギリに気づいて 焦ったことは内緒だけど。

「わざわざ実技が別日なのがめんどくさい」

そう文句を言う俺に黒霧はそう言わないでください、とゲートを開いた。

「終わったら連絡を下さいね」
「わかった。行ってきます」

入試のために作られた戸籍。
そして、わざわざ学校の近くに借りられた部屋。
そこに繋げられたワープゲートを潜ろうとすれば、弔くんが俺を手招いた。

「どうしたの?」

首を傾げつつ歩み寄れば頭に乗せられた手。
4本の指がさらさらと俺の髪を撫でた。

「弔くん?」
「頑張れよ」

顔を隠す手の向こうで彼が笑ったのがわかった。

「ありがとう。弔くんのために頑張ってくる」
「…いってらっしゃい」

来るのは二度目だが。
やはり大きな学校だ。
制服に身を包む学生達の中、私服の俺は目立つのだろう。
刺さる視線が凄く居心地が悪い。
そういう視線には慣れているけど、みんな殺してしまいたいなんて。
頭の中を過ぎった衝動を首を振って掻き消して指定されたホールに入った。

壇上に立つ プロヒーロー プレゼント・マイク。
そういえば 講師はみんなプロヒーローなんだっけ。
殺したくなる衝動を我慢し続けられるか 少し不安だなと自分の唇を指で撫でた。
特訓のせいで最近喰ってないし、今日ならきっと弔くんも怒らないはず。
どこかで誰か捕まえよう、そんな決意を胸に 始まった説明に耳を傾けた。

実技は10分間の模擬市街地演習というものらしい。
いくつかの会場に分かれて 仮想敵を行動不能にすれば良い。
それに応じてポイントが付与され、それが実技の成績になるそうだ。
ヒーローを目指してギラつく周りの人たちに どこか嫌悪感を抱きつつ、動ける服装に着替えて会場へ向かった。

新しく与えられた個性は とても面白い個性だった。
知識を得て 理解を深めれば深めるほど やれることが増えていくのが楽しかった。
努力は嫌いじゃない。
それで覆せない格差が嫌いなだけで。

「点数が必要だし。スピード勝負…ともなれば、」

スタートの合図と共に地面に錬成陣を描く。
そして、そこに両手をついた。
手のように伸びた地面がロボットを捕まえては潰し、また捕まえては潰す。

先生がくれた個性。
それは、錬金術というものだった。
その物質の構成元素や特性を理解し、物質を分解、そして再構築するという3つの段階を経て完了する。
万物を理解できるかもしれない俺には確かに 御誂え向きな個性だった。
何ポイント稼いだかはわからないが、まぁ悪くはない数字だろう。
残っている敵はいないかと周りを見渡しながら進めば自分の上に出来た影。
顔を上げれば 大きな仮想敵が所狭しと蠢いていた。

「0ポイントだっけ、これ」

避けて通るギミックか、とホールで説明を受けた時に誰かが言っていた気がする。
皆同じことを思っていたのだろう。
ヒーローを目指す彼らは それに背を向けた。

「…敵に背を向けるのか。愚策だね」

素早く足元に錬成陣を描き、大きなその仮想敵に地面を押し上げて飛び乗った。
逃げていく受験者たちの姿を見下ろしながら その仮想敵に錬成陣を描いていく。

「気分がいいや。ヒーロー目指してる奴らを見下ろしているなんてさ」

壊してあげるよ。
君らの プライドと一緒に。
夢と一緒に。

出来上がった錬成陣に両手をつける。
錬成の分解の段階で やめれば大きな音と砂煙をたてて崩れていく。
少しだけ 弔くんの個性に似ていて この瞬間が好きだったりする。
恥ずかしいから、言わないけど。

崩れた仮想敵だったものからまた隣の仮想敵に飛び乗り、錬成陣を描く。
それを繰り返していれば、終了のアナウンスが流れた。
地面に降り立ち、服についた砂を払っていれば 数人が俺に駆け寄ってきて 「すごい!」「なんの個性なの!?」と捲し立ててきた。

本当に憎たらしい世の中だ。
無個性の俺を嘲笑い虐げてきたような奴らが強い個性の前では手の平を返したように媚を売る。
ただひたすらに、苛々する。

「敵から逃げて、ヒーローになれるの?」

だから感情のままに発した俺の言葉はその場の空気が凍りつかせた気がした。

「頭の中、お花畑なのかな?」

周りを囲む彼らににこりと笑ってあげる。

「0ポイントの仮想敵だかなんだか知らないけど。敵に背中向けた奴ら全員 ヒーローなんか諦めろよ。なれないから」

しんとする会場。
そして刺さる視線。
だが、校門をくぐる時に比べれば 全然いい気分だった。





テストを終えて黒霧の回収地点へ向かう途中。
路地裏から出てきた学生服の少年たち。
彼らの手にはお金が握りしめてられていた。

「この金で何する?」
「やっぱ、すげぇな お前の個性」
「ヒーローになれるって!」

彼が出てきた路地裏の奥には 同じ制服の人が倒れていた。
まぁよく見る光景だ。
個性の無断使用を禁止してはいても、ある程度は黙認されているしバレなきゃなんとでもなる。
そういうルールも 虐げられる人を増やしている。
電信柱に触れその先にある監視カメラを無効化する。
そして、彼らにわざと肩をぶつけた。
なんだよと睨みをきかせてきた彼らを嗤って 路地裏へと誘い込む。
そうすればプライドの高い彼らは勝手にこちらに来てくれるのだ。

「テメェ何様だ!?」
「こいつの個性が何が知ってもそんな態度取れるのか!」

リーダーと取り巻き2人。
大通りでも大きな騒ぎは起こしていないし、ここに防犯カメラはないし 目撃者もいない。
微笑みながら 歩み寄っていけば リーダー格の少年が口から噴き出したのは炎だった。

なるほど、確かに人を脅すにはもってこいの カースト上位が持ってそうな個性だ。
噴き出させた炎を右手で受け止めて、無効化して目を見開く彼に触れた。
そして、悲鳴をあげ逃げ出そうとした2人も 捕まえる。

「…こんにちは。ハートイーターです」

意識を無効化した彼らにはきっと届いてはいないだろうけど。
俺は笑って義手から抜き取ったメスを彼らの体へ突き立てた。





「おかえり。入試は…ってお前、」

ワープゲートをくぐりバーへ戻った心喰。
すぐにわかった、血生臭さと彼の目で。
またやったのか…

「シャワー行ってこい」
「あれ、バレちゃった?」
「黒い服着せてってよかったよ…」

彼は何かを誤魔化すでもなくシャワールームに消えていく。
黒霧は何を言うわけでもなく テレビを点けた。
ニュース速報 と流れるテロップ。
そして、3人の学生が犠牲になったことを報せる。

「…ストレス溜まってたんでしょうかね。勉強と特訓で」
「…だとしてもだろ」

彼のことだ。
足はついて居ないんだろうけどな。

「とりあえず説教だな…」
「そうですね」


戻る

TOP