力を貸して


「霧矢くん」

職場体験が終わり学校が再開した。
相変わらず騒がしい教室の中、自分の席に座って武器屋のとこで借りた本を読んでいれば緑谷が俺を手招いた。
廊下に連れられていけば あの日路地裏にいたメンバーが揃っていた。

「なに?」
「怪我はもう、大丈夫なのか?」

轟の問いかけには特に問題はない、と答えて 俺を呼んだ張本人を見る。

「あの日、助けを呼んでくれてありがとう。僕たち入院しちゃって、ちゃんと伝えられなかったから」
「…逆に、それしかできなくて申し訳ない」
「い、いやいやそんなことないよ!本当にありがとう!」

話したいことは、本当はそんなことではないのだろう。
彼らは顔を見合わせて、声のトーンを少しばかり下げた。

「それで、その…駆けつける時 黒いローブを着てマスクをつけた人を見なかった?」
「黒いローブにマスク?」
「そう。えっと、頬に 血の跡みたいなのがあって…口がチャックになったやつなんだけど」

「写真とかなくて、ごめん。わかりにくいよね」 と緑谷は俯く。

「マスクはわからないけど、黒いローブを着た人なら見たよ」
「ほんとに!?」
「と、言っても後ろ姿だけど…」

その人がどうかしたの?と尋ねれば ステインと共闘していたハートイーターなのだと 伝えた。

「ハートイーター?本当に?姿を 今まで誰も見たことないのに…」
「そうだ。だから、怪しいなって思ってるんだ。本物っていう保証もないし…」
「警察には?」

俺の問いかけに 彼らは一応伝えたけどと口籠る。

「彼がハートイーターだって証拠もなくて。捜査を惑わせても良くないからって…公表とかはしないみたい」
「なるほどね…そうか、あの時もっとちゃんと意識して見ておけばよかったな」
「いやいや!そんなことないよ!1対1で戦うことになってたら、危ないし…」

警察には一応のハートイーターの容姿は伝えられているのか。
と、なれば 連合として動くときはその格好をしていた方がいいだろうか。
普段はいちいち着替えるのも面倒だしな…

「ハートイーターは個性もわからないし。あの時 挨拶に来ただけだって 戦いもしなかったし…」
「けど、俺の炎は消していた」
「…個性を消す?ってことは、イレイザーヘッドみたいな?」

もしそうなら厄介な敵だよな、と彼らは話す。

「お前ら 教室入れ」

イレイザーヘッドの声がかかり、俺たちは教室の中へ。
彼らが知り得た情報がそれだけなら 特に気にする必要はないだろう。
義手であることから俺に繋がる可能性も考えてはいたが、どうやら大丈夫そうだし。
今後のことも考えて しっかりと霧矢心と心喰の区別を作っておいた方が良いだろう。





放課後。
制服を着替えた俺は武器屋からもらった住所の場所へ出向いていた。
名前くらい聞いておくべきだった気もするが、まぁいい。
武器屋が紹介するくらいだ、こちらの人間であることには間違いないのだろう。
コンコン、と部屋をノックすれば 意外とすんなりと開いたドア。
額には大きな傷があるが、思ったより優しそうな男の人だった。

「どちらさん」
「初めまして。武器屋から貴方を紹介されて伺いました」
「武器屋…?あいつか、」

こんな子供がなんで武器屋と、と彼は呟く。

「こんな子供ですが、敵名を ハートイーターと言います。以後お見知り置きを」
「は?お前が?…ハートイーター…」

品定めするような視線を素直に受け入れていれば わずかにドアを開かれた。

「…とりあえず、入るか」
「いえ、今日は挨拶に伺っただけなので」

彼の手に連絡先を書いた紙を握らせる。

「俺は、敵連合に所属しています。貴方を勧誘に来ました」
「勧誘?」
「はい。俺を、もう1人作ってくれる人を探していて。武器屋に貴方の個性なら、と」

なんでお前がもう1人必要なんだ、と彼は言う。

「今、潜入任務をしてます。その間、自由に動けないことが多くて困ってるんです」
「…なるほどな。話は、わかった」

彼は僅かに眉間にしわを寄せ うるさい、と自分の頭に触れた。

「だが、俺が お前を売るとは思わないのか? 」
「貴方がそんなことをするとは思わないですけど。もし、そうなったとしても 俺は捕まらない自信があります」
「そうか」

お前は出てくるな、と彼は頭を抱える。
なにやら、訳ありって感じがする。
お前という彼以外の誰か。
頭を抱える動作。
出てくるなという言葉。
彼の中にもう1人人格があるとか、そんな感じだろうか。

「…興味を持ったら連絡をください」
「あぁ…」
「それじゃ、お待ちしてます」

くるりと背を向けて 帰ろうとすればハートイーター、と彼が俺を呼んだ。

「なんでしょう?」
「俺がどんな奴か…聞かなくていいのか」
「どんな人でもいいですよ。力を貸してくれるなら」

にこりと笑ってやれば 彼は目を丸くさせた。

「だって、ハートイーターですよ?俺。犯罪者だろうが、狂ってようが 関係ないんです。力を 貸してください」

貴方の力が必要なんです、と伝えれば 彼は何を言うわけでもなく視線を逸らした。

「……それじゃ、また!」
「、あぁ」

彼は…来てくれる気がする。
弔くんと仲良くなれるかな。
まぁ、なんとかなるか。
見慣れない街並みを眺めながら 頬を緩めた。





からん、と音がなる。
寂れた喫茶店のドアが開き、黒いパーカーのフードを外した彼は店の中を見渡し こちらに歩み寄ってくる。

「コーヒー ブラックでお願いします」

マスターにそう告げて彼は俺の前に座った。
吸っていたタバコを灰皿に擦り付ける。

「こんにちは」
「…あぁ、」

目の前の男はにこりと笑う。
本当に彼がハートイーターなのか。
その疑問を そんなわけないだろと 俺が心の中で否定する。
話は長くなるだろうか、マスクを被れば彼はこてんと首を傾げた。

「えっと?」
「普段はこっちなんだ」

そう言ってやれば彼はそれ以上の追求はしてこなかった。

「そうなんですね。連絡くれたってことは期待してもいいんですかね?」
「…まぁ、そうだな」

運ばれてきた白いカップ。
微かに湯気が立つそれを一口飲んで、彼はこちらを見た。
突然来た時も思ったが、幼い少年が見せる表情ではない。

「改めまして、心喰といいます。名前、聞いても?」
「トゥワイスだ。違うぜ、分倍河原仁だ」
「どっちで呼べば?」

どっちでもいい、と答える。
だが、それを否定する言葉が 続く。

「二重人格とか、そんな感じですか?」
「まぁそんなもんだな。いやいや、違うさ!」

不思議そうにする彼に 自分の過去の話をした。
彼はこくりこくりも相槌を打つだけで、表情を大きく変えることはなかった。

「こんな、イカれた奴仲間にしていいのか」
「大丈夫ですよ。どんな貴方でも 受け入れます。うちのリーダーはそういう人だし、なにより俺は 今の話を聞いて改めて 貴方が欲しくなりました」

今の話のどこで、と思わずにはいられないが 嘘を付いているようにも見てなかった。
そして、代わりにとでも言うように 彼は自身の過去を話した。

「まぁ、そんなわけでして。俺は世界に復讐をしたいんです」

にこにこと笑う少年からは まるで想像できない過去と言葉。
俺は俺自身が招いた悲劇で イカれてしまったのだから 受け入れざるを得なかった。
だがしかし、彼はどうだ。
彼に悪いところなど、1つもなかったではないか。
こんな子供が何故ハートイーターに、なんて思ったが 彼を殺人鬼にしたのはこの世界そのものだったのだろう。

「トゥワイスさん。力を、貸してくれますか?」

差し出されたのは義手の右手。
殺人鬼になっても、彼は笑っている。

「すごいな、お前は。そんなことないだろ!」

差し出された手を握りかえせば 彼はまた嬉しそうに笑った。

「ねぇ、トゥワイスさん」
「なんだ?うるさい、話しかけるな」
「いい場所ですよ。きっと気に入ります」

貴方の居場所になったらいいな。
彼はそう言って、マスターにお会計をお願いした。

「じゃあ、行きましょ?」

携帯をいじった彼が店を出れば 暗い路地に黒いモヤ。
彼がその中に吸い込まれていき、それを真似てモヤをくぐれば薄暗いバーの中だった。
中には掌に顔を隠した男と黒いモヤの男。
振り返った彼はこちらに手を差し伸べて 笑った。

「ようこそ、敵連合へ」



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