その時が


「ダメだ、さっぱりわからない」

6月の下旬。
期末試験を1週間前に控え、学校の図書室で勉強していた俺の手は驚くほどに動かなかった。
中間での成績は3位と健闘したが、国語に限っては30点とクラス最下位。
流石に補習とかになっても困るな、と勉強してはいるが全くわからない。
理解と暗記でどうにかならないから、国語は嫌いだ。
ペンを置いて、気晴らしにと天井に着きそうなくらい高い本棚を見上げる。
ここの本全部読んだら 新しいことが出来るだろうか。
そう例えば、人の怪我を治すとか。
今まで、錬金術を人体に使ったことはない。
個性を消す、とか怪我を治す、とか。
それこそ、人を作る、とか。
考えはするけど、実際に試みたことはない。
錬金術についての学術書はないし、試行錯誤を繰り返すしかない。
だが、人に限ればそれが出来ない。
ハートイーターの被害者でやることも考えはしたけど、下手に証拠が残る可能性もある。
全部燃やしてしまうのも手かもしれないけど、どれくらい時間がかかるかもわからないし。

「難しいな」
「…国語が?」
「ん?」

後ろから聞こえた声に振り返れば見知った顔。
確か、名前は…

「心操、だっけ?」
「…久しぶり」
「そうだね」

彼の個性は洗脳。
今は俺に個性をかける気はないようだ。
彼の個性があれば、敵連合としてやれることが増えるのに。
ヒーローを目指しているなんて、勿体ない。
そんなことを彼の顔を眺めながら考えていれば彼は俺の手元に視線を落とす。

「…国語、どこかわかんないの?」
「え?あぁ、そう。さっぱり」
「俺で良ければ教えるけど」

難しいって言葉は国語についてじゃなかったけど。
折角の言葉に断る理由もなく、お願いしますと 頭を下げた。

「腕は平気なのか?義手壊れてたけど」
「直したから別に」
「それなら、よかった」

隣に座った彼が俺のノートを覗き込み、何がわからないの?と首を傾げた。

「何がっていうか。何がわからないのかがわからない」
「嘘だろ」





もう時間だぞ、と見回りの先生から声がかかり手を止めた。
窓の外はたしかに暗くなっていた。

「悪い、こんな時間まで」
「いや、いいよ。国語は俺も同じ範囲だから いい復習になった」
「なんか、お礼する」

荷物をまとめて足早に玄関へ向かえば イレイザーヘッドとプレゼント・マイクが2人で話をしていた。
足音に気づいたのか2人が振り返り、イレイザーヘッドは一瞬目を細めた。

「こんな時間まで、何してんだ。霧矢」
「国語。心操が教えてくれてたんです」
「……赤点は取るなよ」

努力します、と伝えて 2人で学校を出た。

「電車?」
「いや、すぐそこ」
「一人暮らしなんだ」

まぁ、と曖昧な返事をすれば、じゃあ俺は駅だからと心操が背を向ける。

「えっと…駅まで、送ろうか?」
「は?いや、俺 男だぞ?」
「あー…たしかに、そうか」

少しの沈黙。
そして、彼は少しだけ笑った。

「お礼も、いらない。むしろ、俺のお礼だから」
「お礼を貰うようなことはしてない」
「霧矢にとって、そうだったとしても。俺は助けられた。だから、ありがとう」

もう迷うのはやめたと、彼は言った。

「自分の個性を、信じてみようと思う。俺は、この個性で人を救いたい」
「あぁ、そうか…」

どくり、と心臓が脈打つ。
君は、ヒーローを目指すんだね。
指で唇をなぞり、頬を緩める。

「もしまた迷ったら 俺のところにおいで」
「え?」

彼が欲しかったのかな、俺は。
勿体無いことをしたかもしれない。
背中を押すつもりはなかったけど、体育祭での言葉で彼を決心させてしまったのだろう。
あの時、こちら側に手を引っ張ればよかった。
形は違えど、個性が生んだ格差に悩まされた彼なら 俺は受け入れられただろうに 残念だ。

「その時はまた、君を救ってあげる」
「……ありがとう」
「その時が来なければきっと…」

きっと、君はいつか俺に立ちはだかる壁になるだろう。
その前に、喰べてしまおうか。
君の心臓は、どんな味がするんだろう。
ヒーローなんかよりもきっと、綺麗な味がするんだろうな。

「霧矢?」

緩んだ口元を手で隠し、今日はありがとうと彼に伝える。

「気をつけて、帰って」
「ありがとう。大丈夫だよ」
「ハートイーターが、来るかもしれないよ」

彼は目を丸くさせる。
そして、気をつけるよと 困った顔して笑った。
歩いていく彼を見送りながら、自然と左手は右手に伸びる。
そんな時鳴った携帯の音。
ハッと我に帰り 携帯を見ればトゥワイスからだった。

「もしもし?」
『心喰か?今どこにいるんだ!心配してんぞ、弔が!』
「あぁ、ごめんね。すぐに帰るよ」

トゥワイスが連合に加わったのは少し前のこと。
最初は難色を示していたが、今後必要になる人材だとは彼もわかっていたのだろう。
俺が連合に連れていった数日後には快く受け入れてくれた。

『心喰、またやってんのか』

電話の向こう、声が弔くんに変わる。

「違うよ、期末試験の勉強。国語ができなさすぎて、教えてもらってた」
『誰に?』
「美味しそうな人」

何もない部屋のドアを開け、繋いでと言えば目の前に現れたゲート。
それをくぐればいつものバーにたどり着く。

「電話がなければ 喰べちゃってたかもね」
「…雄英の生徒に手出すなよ」

携帯を耳から離して呆れ顔の彼に笑った。

「ごめんね。ただいま、」
「…おかえり。着替えてこい」
「うん。黒霧とトゥワイスもただいま!」





生徒が帰った後行われたのは期末試験についての緊急会議だった。

「敵活性化のおそれ…か」
「もちろん。それを未然に防ぐことが最善ですが学校としては万全を期したい」
「これからの社会現状以上に対敵戦闘が激化するとすればロボとの戦闘訓練は実践的ではない」

敵連合は間違いなく雄英、しかも1年A組を狙っている。
ヒーロー殺しは逮捕されたがハートイーターは未だ容姿さえもわかっていない。
侵入経路も何も わかっていないのだ。
被害者は増える一方で、その手がうちのクラスに伸びない保証はない。

「そもそもロボは入学試験という場で人に危害を加えるのか等のクレームを回避する為の策」
「無視しときゃいいんだ、そんなもん。言いたいだけなんだから」

だから不合理なんだよ、と呟く。

「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ!だから、二人一組で教師一人と戦闘をしてもらおう!」

ここ数日でまとめ上げた生徒についての資料に視線を落とす。

「轟。一通り申し分ないが全体的に力押しのきらいがあります。そして八百万は万能ですが咄嗟の判断力や応用力に欠ける。よって俺が個性を消し接近戦闘で弱みを突きます」
「異議なし!」
「次に緑谷と爆豪ですが…オールマイトさん頼みます。この二人に関しては能力や成績で組んでいません。偏に仲の悪さ!」

今日も揉めていた二人を思い出しつつ伝えれば、オールマイトさんは苦笑を零しつつ頷いた。

「緑谷のことがお気に入りなんでしょう。上手く誘導しといて下さいね。で、最後に霧矢です」

資料の1番下にある彼の名前。

「右腕が義手の子よね?」
「はい。彼は正直、俺もよくわからないです。今確認出来ている個性は 地面を操る、爆発、炎 の3つですが それ以外もあると考えられます」
「錬金術だったよね」

校長はまだ沢山あるだろうね、と呟いた。

「彼が入学する時に調べたけど、資料は殆どなかった。けど、錬金術は理解が大前提にある。理解できるものなら 全て操れると考えておいて然るべきなんじゃないかな」
「ですね。肉弾戦も優秀で、体力も人並みかそれを少し上回るくらいですね。成績も、国語を除けば優秀です」
「霧矢少年について気になったのは、接触を避けることかな」

オールマイトさんはそう言って、会議室のモニターに体育祭の表彰台での映像を流した。

「この時に、二人同様に抱擁しようとした私を彼は避けた。授業の時とかも意識して見ていたけれど、人から触れられることを極端に避けてるきらいがある」
「…たしかに、一人で過ごすことも多いし チームアップでの 連携とかは得意としてないですね」
「それと、あの義手だね」

体育祭で壊れて、彼はトーナメントを棄権した。
自分の体と違い、アドレナリンやらで無茶をすることもできない。
替えを持ち歩くこともできないとなれば、あの腕が壊れれば彼はそれまでだ。

「パワー系にぶつけようか、彼は。そして、連携しにくそうな人とのチームアップ…と、なると」
「…緑谷と爆豪のところですね。いいですか?オールマイトさん」
「頑張るよ」

爆豪と霧矢は不仲なのはわかっているが、緑谷と霧矢が接触している姿は見たことがない。

「それじゃあ、これで。期末試験 宜しくお願いします」

上手く、いくといいが。
こればっかりは わからないな。


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