水素爆発

「そこまで、言ったんだ。なんか考えあるんか、テメェ」
「オールマイトのスピード相手じゃどう逃げ隠れても戦闘は避けられない。けど、戦闘で勝つのは不可能に近い」
「じゃあ、どうするの…?」

緑谷の問いに、爆豪の籠手を指差す。

「ゼロ距離で最大威力」
「ダメージを与えつつ、距離を取るってことか」
「そう。その最大威力の爆発を…俺がもっと大きくする」

どうやって、と言う言葉に 地面に錬成陣仕込むから、そこにオールマイトが来るタイミングで最大威力の爆破をしてと伝え 大通りに出る。
まだ、オールマイトの姿はない。
コスチュームに入れてある筆で地面に描いた錬成陣。
熱で透明になるインクに炎を当てる。

「爆豪が囮。緑谷が、爆豪の籠手でオールマイトを爆破。そこに俺の爆発も掛け合わせる」
「…わかった」
「二度目はねェぞ」


オールマイトの姿を確認し、顔を見合わせて頷く。

「どこぉ見てんだあ!!?」
「背後だったか」

爆豪の方を振り返ったオールマイト。
飛び出した 俺と緑谷。

「デク!!錬金野郎!!撃て!!」
「なる程」
「ごめんなさいオールマイト!!」

大きな2つの爆発が重なり合う。

「っだっ!!」
「走るよ、緑谷」
「あっうん!」

背後にオールマイトの気配はない。
だが、追いつかないとは思えない。
オールマイトとの戦闘で使える錬金術って何だろう。
土や金属は無理だ。
じゃあ炎?
あいつに炎なんて、効くのか?

「もうすぐだ!もう!すぐそこ!脱出ゲート!」

見えてきたゲート。
ここまで、追いつかないなんて あり得るか?

「なんか無駄に可愛いけど一人でもアレをくぐればクリアだ」

いや、あり得ないな。
きっともう すぐそこにいる。
近づくタイミングを伺っている、そう考えるべきだ。

「オールマイト追ってくる様子ないね…まさか気絶しちゃったんじゃ」
「てめぇ散々倒せるワケねぇっつっといて何言ってんだアホが。アレでくたばるハズねぇだろクソ。次もし追いつかれたら今度は俺の籠手で吹っ飛ばす」
「うんうん。それでそれで!?」

やっぱり!
急に聞こえた声と緑谷と爆豪の間にオールマイトの姿。

「何を驚いているんだ!?」

爆豪の籠手が壊される。

「先に、霧矢少年を潰しておこうか。このチームの理性だもんな」

目が合った、避けようとしたその瞬間に頭に衝撃。
体が地面に落っこちて、また頭の中が揺れる。

「さァくたばれヒーロー共!」

霞んだ視界。
状況は把握できないが、捕まった。

「素晴らしいぞ 少年たち!不本意ながら協力し敵に立ち向かう…ただ!それは今試験の前提だからねって話だぞ」
『報告だよ。条件達成最初のチームは轟・八百万チーム!』

聞こえた放送。
あの2人の対戦相手は…イレイザーヘッドか。
それを倒したってことか。

「驚いた…相澤くんがやられたとは!ウカウカしてらんないな。よし、埋めるか」

頭から血が出ているのか 側頭部に水が伝わる感覚。
頭痛に近い痛みを感じつつ、右手を握りしめる。
壊れてはいない。

「なんて顔だよ少年。最大火力で私を引き離しつつ脱出ゲートをくぐる。これが君たちの答えだったようだがその最大火力は消えた。霧矢少年も意識は戻ってもあの怪我じゃ動かないだろうね。これで、終わりだ」
「うるせぇ」

大きな爆発音。
恐らく爆豪だ。

「ぬぅ!?」
「ってぇ…ブッとばす」
「え!?」

炎も普通の爆発も効かない。
なら、

「スッキリしねぇが今の実力じゃまだこんな勝ち方しかねぇ」
「ちょ 待 まさか」
「死ね!!!」

爆発と共に吹き飛ばされた緑谷だったが、地面に叩きつけられる。

「いやいやあまいぞヒーロー共!」

緑谷は俺と反対方向のゲートの方へ吹き飛んできた。

「籠手は最大火力をノーリスクで撃つ為だ。バカだったぜ、リスクもとらずにあんたに勝てるハズなかったわ」

大きな爆発と共に行け!という爆豪の声。
確かに、リスクは犯すべきだった。
体の痛みを無効化して立ち上がる。

「早よしろ!ニワカ仕込みのテメェよか俺のがまだ立ち回れんだ!役に立てクソカス!」

走り出した緑谷とそれを庇い地面に叩きつけられた爆豪。
頭から溢れる血を手袋を脱いだ右手で受け止め、ゆっくりオールマイトに歩み寄る。

「寝てな爆豪少年。そういう身を滅ぼすやり方は悪いが私的に少しトラウマもんでね」
「った!?」
「早よ…行けやクソナード…折れて折れて自分捻じ曲げてでも選んだ勝ち方でそれすら敵わねぇなんて 嫌だ」

少しだけ、爆豪の声が震えた気がした。
行かせんぞ、緑谷少年と振り返ったオールマイト。
オールマイトの後ろにいる緑谷と目が合い、頷いた。

「どいて下さい オールマイト」

オールマイトを殴った緑谷が爆豪を抱えて走り出す。
それを追い越そうとした彼が俺の足音に気づきこちらを振り返った。

「あんたにとっておきを見せてあげるよ」

にこりと笑って彼の体に血に濡れた右手を彼の脇腹に押し付ける。
そして発動させたのはゼロ距離での水素爆発だった。

「なっ!?」

爆発音の中微かに聞こえた音。
きっと、ゲートをくぐったのだろう。
水蒸気に包まれた俺とオールマイト。
右手はどうやら衝撃に耐えてくれたらしい。

「残念、俺たちの勝ちだね」

ゲートの向こうにいる緑谷たちを見ながら 俺はその場にしゃがみ込んだ。
無効化を解いてないのに、冷や汗が出る。

「なんて無茶をしているんだ!?」

彼が僅かに血を吐いたのを俺は見逃さなかった。
先生の言う通り、傷は残ってる。
彼は確かに、衰えているんだ。
だが、俺じゃ全く歯が立たない。
力が、必要だ。
もっと、もっと、もっと。

「これで、終わりですよね?」

傷を抑えながら、一歩二歩と歩き出す。

「オールマイトは爆豪抱えていってあげた方がいいんじゃないですか。俺は自分で行きます」





俺は救護テントでリカバリーガールの治療を拒否した。
触れられることを、拒んだのだ。

「そんなに血出して何言ってるんだい!」

治療を終えて 爆豪は眠ったまま。
緑谷は 俺とリカバリーガールのやりとりをおろおろと見ていた。

「霧矢少年、そのままでは 手遅れになる。人に触れられることにも慣れないと今後…」

自分に伸ばされた手を払う。

「……霧矢少年、」
「あんたには死んでも触れられたくない」

冷や汗が、米神を伝う。

「わかった。1番接触が少ない髪の毛にしてあげるから。やった後、切ったって構わないよ」

最大限の譲歩だとリカバリーガールは言う。
死ぬほど嫌だが、このままではホントに死ぬかもしれないことは自分でもわかっててそれを渋々 受け入れた。
治癒の直後に傷は治ったようだったが体が震えて始めて、ぞわぞわと広がっていく悪寒。
毟り取るように触れられた髪を千切って、立ち上がる。

「霧矢少年、君は…」
「外の空気、吸ってきます…」

疲労を抱える体を引きずり、救護テントを出て。
誰もいないところでしゃがみ込んだ。

俺が受け入れた人以外に、触れられることが嫌いだった。
触れることも嫌だった。
だから、暑くなろうが両手の手袋を外さない。
触れられれば蕁麻疹や嘔吐の症状が出る。
武器屋が言うには 心因性のものらしい。
傷を治してくれるのはありがたいが、あれを今後受け入れていけるとは思いなかった。

「…治療だ」

錬金術で、治療をしよう。
出来るようになれば、弔くんたちを助けることにもなる。

「理解分解再構築なら、体の傷も分解して再構築が出来るはずだ」

体を摩りながら、目を閉じる。
唇を噛んで、気持ち悪さを押さえ込んでいれば 足音が目の前で消える。

「大丈夫か?」
「イレイザー、ヘッド…」

顔を上げれば自分を見下ろす彼。

「全試験 終わった。教室に戻れるか?」
「…大丈夫、です」

ゆっくりと立ち上がれば 彼は背を向けて歩き出す。

「手袋は、その為か」
「はい?」
「人に、触れない為。不思議だったんだ 決してそれを外そうとしないから」

俺は何も答えなかった。

「最後の、オールマイトにした爆発。今までのやつとは違うな?」
「水素爆発です。血で、爆発させました」

水か、と彼は呟いた。

「あと、何ができる」

振り返った彼が足を止める。

「お前は、あと何を隠している?」
「…なんにも」

溜息をつくイレイザーヘッドに笑いかけながら、首の湿疹を掻いた。





「どうしたんです?オールマイトさん」

期末試験が終わり、生徒たちが帰宅した後。
オールマイトさんは暗い顔をしていた。

「霧矢少年に、言われたんだ。強すぎる光が闇を生む。生徒を危険に晒してるのっては、敵じゃなくてアンタなんじゃないか…と」

確かに、そうかもしれない。
敵連合の目的はオールマイトだった。
だが、そこから 生徒たちまで巻き込まれていくようになった。
霧矢の言うことは 間違いない。

「それに彼は、私が嫌いだ」
「は?」

リカバリーガールから治療を拒否したことは聞いていたが その時にアンタにだけは触れられたくないと言われたらしい。

「オールマイトさんが嫌われるなんて、珍しいこともありますね」
「…彼は、恨んでいるのかもしれないね。私のせいで、敵連合に狙われ 危険に晒されてしまっているから」

本当にそうだろうか。
霧矢が、そんなことを思うのか?
本当はもっと奥深く、俺らには触れられないところに原因があるんじゃないか?
そう、思えて仕方なかった。


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