地獄への一歩


懐中時計を模した端末を開く。
小さな画面にはメッセージアプリのアイコン。

「大丈夫そうか」
「うん」
「林間合宿中の連絡は全てそれで行う。肌身離さず持ってろよ」

わかった、と頷きそれを首からぶら下げる。
弔くんが緑谷と接触したことが原因で、変更された合宿先は誰にも知らされていない。

「合宿先の情報はないわけじゃないけど確証はない。心喰のGPSがメインになる」
「うん。一応合宿場に着いたら位置情報も送るね」
「あぁ。それから、プロヒーローが増えたら 連絡な」

うん、と頷きバーカウンターに並べられた1枚の写真とリストに手を伸ばす。

「目標は、爆豪を攫うこと。それから、接触したら リストの奴らは殺して構わない。攫って、仲間にするつもりではいるけど。ダメだった時は、個性だけでも 貰うつもりでいる」
「…うん、わかってるよ」

全員が揃うには時間がかかるかもしれないです、と黒霧が言った。

「了解。脳無は 荼毘と俺の声で言うこと聞くんだよね?」
「はい」
「全員が揃ったら、俺がトゥワイスの作った俺と入れ替わって 作戦を開始する」

任せた、と弔くんが俺の頭を撫でた。

「今回は成功しなくても、構わない。そこに彼らが来た、それだけで良い」
「大丈夫だよ、失敗なんてしないから。爆豪は必ずここへ連れてくる。弔くんは安心して、そこで待っていて」

メンバーは俺と脳無を除き9名。
誰も彼も 実力は確かだし 仕事を全うする意志があることは確認済みだ。

「心喰、」

画面の向こうから聞こえた先生の声。

「どうしたの?」
「不安になることはないよ。君には頼もしい仲間がいる。もう、1人じゃない」
「うん、ありがとう」

手に持った写真とリストが自分の手の中で赤い炎に包まれる。

「この世界を ぶち壊す。その、第一歩だ」

消えた炎に弔くんが笑って おいで、と両腕を広げた。

「なぁに。最近よく抱きしめてくれるね」

彼の腕の中に入れば、それだけお前が大事なんだよと耳に吹き込まれた彼の声。
交わった視線、彼は優しく笑った。

「怪我はするなよ、うちに回復系はいないんだから」
「俺がいるよ」
「え、?」

何度も何度も繰り返した実験。
それのお陰で完成した錬金術。

「怪我は、俺が治す。もう、弔くんを傷つけさせなんかしない」

見開かれた彼の目。
そして、解けたみたいな笑顔。

「最近1人で毎日出かけてたのって…」
「それの練習」

犠牲になった命は少なくはない。
ニュースが伝えるここ最近のヒーローの行方不明はほぼ俺が原因だ。

「ここにいるのが、嫌になったのかと思ってた」
「そんなはずないじゃん。俺は弔くんの命令がなきゃ離れたりしないよ」

ちゃんと帰ってくるよ、と笑って彼に思い切り抱き着いた。

「いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
「無理はなさらないで下さいね」

ありがとうと笑ってゲートを潜った。





乗り込んだバス。
本来1番後ろの席の予定だったが乗り込んだ時点で既に騒がしく ちらりと1番前に座るイレイザーヘッドを見る。

「どうした?」
「隣座っていいですか。後ろ、煩そうで…」
「あー…まぁ、いいか」

窓際に座らせてくれたイレイザーヘッドにありがとうございます、と頭を下げて 鞄の中の本を開く。

「…酔うぞ、バスで本なんか読んだら」
「気持ち悪くなったらやめます」
「…なる前にやめろ」

発進したバス。
心地いい揺れを感じながら、クラスメイトの騒がしさをBGMにページを捲る。

「一時間後に一回止まる。その後はしばらく…」

イレイザーヘッドは何か言いかけてやめた。

「しばらく、なんです?」
「止まってから話せばいい。今お前にだけ話すのは合理的じゃない」
「…そうですか」

少しの間お互いの間に沈黙が流れ、最近よく図書室に行っているなとイレイザーヘッドは何かの資料を見ながら言った。
恐らくお互いの邪魔をしない程度の雑談なのだろう。

「錬金術は理解が大前提なので」
「今は、何を理解しようとしてるんだ」
「個性遺伝子学です」

は?と彼がこちらを見た。

「なんですか?」
「何を作る気なんだ」
「個性を作れないものかな、と」

本来の目的はその先にある 個性の分解だ。
だが、そのためには 作り方が必要となる。

「個性って、個性因子によって 発現したものじゃないですか」
「そうだな」
「その個性因子は遺伝子なわけですよ。だから、これを別の人に移植すれば個性を植え替えることが出来てもおかしくないのにそれは、今の段階では出来てない。不思議じゃありません?」

イレイザーヘッドは難しい顔をしていた。

「そもそも、個性因子の解明ってあんまり進んでないんですよね。なんで今まで持ってなかったものが急に現れたのか。しかも同時期に複数の地点で。しかもそれがなんで、ここまで拡大したのか。この個性因子そのものに こう、広まる為の機能があったのだとしたら 今もそれがあってもいいんじゃないかな、とか。親から子へ個性が受け継がれているんだから、別の方法で受け継ぐ方法あっても良くないですか」
「お前…よく、そんなこと考えられるな…」
「そうですか?」

オーバーホール。
彼にもう一度会えれば、何かわかるかもしれない。
個性をなくすことを彼も、目標としていた。

「子供に個性が遺伝するなら精子と卵子に個性因子が乗っかってるのかなって思ったんですけど。その2つを採取する方法もないし。けどもし、それを 人ないしは動物に植え付けることで個性を発現させることはできないのかなって思ったりしてるんですけどね。うちの校長も、どこから個性因子を手に入れたのか」
「世界でも珍しい例だからな、あの人は…」
「錬金術の観点から言えば、無から有は作り出せないんです。ならなんで、校長には個性因子があったのか。最初に発現した赤子だってそう。突然変異なのだとしても、体内にあった何かがそれを作り出しているだろうし…」

ペラペラをページをめくりながら、まぁわからないんですけどね、と呟く。

「イレイザーヘッドの抹消も不思議なんですよね。目が合うだけで個性を消せるって。どこに作用してるんです?」
「俺の抹消は個性因子を一時停止させるものだ」
「じゃあ個性因子に作用してるんですね。けど、異形系は対象外…」

うーん、と考えていれば、イレイザーヘッドが笑った。

「なんですか」
「いや、そういう夢中になれるものがあるんだなって。霧矢にも」
「夢中なわけじゃないですよ、ただ必要なだけです」





そこから少ししてバスが止まった。
そこは何もない広場みたいな場所だった。

「何の目的もなく…では、意味が薄いからな」
「よーう イレイザー!」
「ご無沙汰してます」

イレイザーヘッドがぺこりと頭を下げる。

「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルドプッシーキャッツ!」」

現れたのは猫耳をつけた2人。
今回お世話になる相手らしい。
プロヒーローのプッシーキャッツ。
隙を見て報告する必要がありそうだ。

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

指さされた先には広大な森。

「今はAM 9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」

バスへ戻れ、と走り出す生徒たち。

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
「悪いね諸君。合宿はもう始まっている」

だが、逃げだしたのも虚しく隆起していく地面が俺たちを崖の下に吹き飛ばした。

「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この…魔獣の森を抜けて!」

魔獣の森。
ファンタジー小説に出てきそうなその名前の意味はすぐにわかった。
目の前に現れた謎の生き物。
これが魔獣らしい。

緑谷、爆豪、轟、飯田が飛び出して、それを破壊する。
どうやらその魔獣は土で出来た操り人形のようだ。

「まじかよ…」

肩を落とす瀬呂や切島の後ろに近づいてくる魔獣に手を伸ばし、触れる。
瞬間、分解された魔獣は弾けるように消えた。

「気、抜いてると やばいと思うよ」
「…さ、さんきゅ…」

進もう、と緑谷が前に踏み出す。
それが地獄への一歩だとは、この時ここにいる誰もが知る由もなかった。


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