他人の空似

辺りが暗くなり始めた頃。
やっと俺たちは宿泊施設に到着した。
土汚れと汗が混じって 制服が体に張り付くのが気持ち悪い。
左手の手袋の中もじんわりと汗ばみ、嫌な気分だった。

「とりあえずお昼を抜くまでもなかったねぇ」
「なにが三時間ですか…」
「悪いね。私達ならって意味 アレ」

この森を三時間で抜けるのか。
さすがは山岳救助をメインに活動しているだけはある。

「でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら…特にそこの4人」

指さされたのは最初に飛び出した4人だった。

「躊躇の無さは経験値によるものかしらん?三年後が楽しみ!ツバつけとこ!」

物理的に唾をつけにかかった彼女はそれから、とこちらを見た。

「貴方も。彼らよりも戦い慣れてるね、突出して」

流石はヒーローと言うべきか、よく見ている。
何も答えずにいれば 彼女の興味は他に移る。

「ずっと気になってたんですがその子はどなたかのお子さんですか?」
「ああ違う。この子は私の従甥だよ」

ツノの生えた帽子を被る男の子。
最初からいたけど、随分な目をしている。

「あ えと 僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

歩み寄り手を差し出した緑谷の股間に容赦なくパンチを入れた彼は背中を向けて歩いていく。

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ」

彼には何があったんだろう。
ヒーローが嫌いなのかな。
もしそうなら、こっち側に来るかな。

「 部屋に荷物運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」

イレイザーヘッドの言葉に促され 疲れた体に鞭を打ち、食堂に移動した。
隣座れよ、と瀬呂に声をかけられて そこに座り目の前の食事に箸を伸ばす。

「霧矢って個性の限界ないの?」

リスみたいに口の中でぱんぱんにさせた切島に 口の中空にしてから話せと返す。

「悪ぃ悪ぃ。で、どうなん?1人だけ最後までばかすか攻撃してたじゃん」
「限界らしい限界はないかな。別に。ただ、無から有は作り出せないし色んな縛りはある」
「便利だな、やっぱり」

その為に高度な理論立てをして構築式を作っていることは彼らは知りはしないのだろう。
わざわざ教えることでもないし。

「ちょっとトイレ行ってくる」
「全部食っとくわ!」
「吐くぞ、確実に」

上鳴と軽口を交わしながら、イレイザーヘッドに声をかけてトイレへ。
個室に入り首から下げた懐中時計を開き、全体のグループにメッセージを送った。

合宿場に到着したこと。
そして、プッシーキャッツがいること。

その2点だけを伝えた簡潔なメッセージに一番に返事をしたのは意外にも先生だった。
開闢行動隊への 任務を増やす。
ラグドールも一緒に、連れてきてほしい。
先生からのメッセージには、そう書かれていた。
ラグドールって、さっきはいなかった。
だが、プッシーキャッツとして 今回の件を引き受けてるみたいだったし いないはずはないだろう。
了解と返事を送り、弔くんからの 位置情報は確認した。メンバーを向かわせるという言葉にも 了解と返事をして時計を閉じた。
任務が増えたって変わらない。
俺は俺のやるべきことを、全うするだけだ。

騒がしい食堂に戻って、内心笑った。
平和でいられるのも今のうちだと。





翌朝 5:30。
覚醒しきってない生徒たちに混じり欠伸を零す。

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して望むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」
「これ…体力テストの…」
「前回の入学直後の記録は705.2m…どんだけ伸びてるかな」

くたばれ、という掛け声とともに投げられたボール。
ピピッと音がして表示された数値は709.6m。

「約三ヶ月間様々な経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまで精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だからこそ、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬ程キツイがくれぐれも死なないように」

許容上限のある発動型は上限の底上げ、異形型・その他複合型は個性に由来する器官・部位の更なる鍛錬。単純な増強型は戦闘訓練。
生徒がそれぞれ分かれていくなか、俺の名前をイレイザーヘッドが呼んだ。

「問題はお前だ」
「あ、はい」

個性に上限はあるか、と聞かれ 多分ないですねと答える。

「今出来ることは、どれだけある。地面、爆発、炎、水もか?」
「そうですね。あとは材料さえあれば金属とか操れるし、刀も作り出せるし」
「…なるほどな、」

それぞれ発動条件は違うのか、と問われて まぁ同じではないですと答えれば 彼はわかったと頷いた。

「森の中で土魔獣と戦ってこい。お前の使える技を全て使うこと」

わかりましたと頷いて 森の中へ。
自分を取り囲む魔獣たちを見ながら笑った。

「いい準備運動になりそうだな」


終了のテレパスを受け取り、宿舎に戻れば死にそうな生徒たち。
楽だったか?とイレイザーヘッドに聞かれ、否定もせず技の連携のいい練習にはなりましたと伝えた。

全員で作ったカレーを食べていれば胸元の懐中時計が震える。
ご飯を食べ終えて、お風呂に移動する前にそれを一人で確認すれば荼毘からの連絡が入っていた。

全員が揃うのは明日になりそうだ。
今揃っているのは7人。
簡潔なその報告に了解、と返事をして 立ち上がる。

「霧矢ー!風呂行こう!」

ドアから顔を覗かせた瀬呂にあぁ、と返事をして彼の元へ。

「疲れたな…」
「そうだね」
「しかも俺これから、補習…」

それは自業自得だろ、と言えばわかってるからなお辛いと肩を落とした。

「よく合格したよな。緑谷と爆豪とで。絶対喧嘩すんじゃん」
「してたね」
「霧矢も喧嘩っ早いし、絶対キレんじゃん」

キレたね、と笑えばなんで受かったんだよと彼は言う。

「お前と爆豪混ぜるな危険なのに」
「そう思われてんの?それは初知り」
「目が合っただけで喧嘩すんじゃん。緑谷と違って売られた喧嘩は買うからこっちはハラハラしてんのよ。気づいて」

ごめんごめん、と笑いながら脱衣所に入れば噂をしていた爆豪と目が合ってしまった。
数秒の沈黙、そして無言で俺の背を押しながら瀬呂が爆豪から離れた所へ俺を運んだ。

「言ったそばからやめてね、霧矢」
「まだなんもしてない」
「いや、これから何かしようとしてた感じでいうのやめて!?」





「おい、クソデク。ツラ貸せ」

え、と固まったデクに背を向け歩き出せば遠慮がちな足音が後ろからついてくる。
人のいないところで足を止めればどもりながらどうしたのと俺を見た。

「こいつ、覚えてるか」

携帯の画面に表示された写真。
デクはそれを見て首を傾げる。

「え?これ…幼稚園の…名前なんだったっけ…?」
「そう。こいつは体育祭の後にハートイーターに殺害されたヒーロー夫妻の息子だ。俺たちと同じ幼稚園の」
「体育祭の後に殺されたヒーロー夫妻…え、待って、何?どういうこと」

拡大していた写真を戻せば表示される名前。
そこに書かれた名前を見て「そうそう、×××くんだ」と頷く。

「こいつ、誘拐されたんだと。小学校に上がる直前に。で、今も行方不明」
「それがどうしたの?酷い話ではあるけど…」
「霧矢に似てねぇか」

ババァはそんなわけねぇって言ってたけど。
俺にはもう、そう思えて仕方がないんだ。

「え?あー、そう言われれば確かに似てる…けど。×××くんは無個性だったよ」
「は?」
「あの子と何度か話したことある。クラスは一緒になったことないけど。個性が発現してないって、僕と同じ…無個性の人の身体的特徴があった」

無個性。
じゃあ、錬金野郎とは違うのか?
けど他人の空似にしては 似過ぎている。

「…お前みたいに借り物の個性ってことはねぇんか」
「え!?そ、それは…ないんじゃ、」

アイツが話していたヒエラルキーの話。
そこで、アイツは自分が下にいたかのように話していた。
デクとも仲間だったかもしれない、と話していた。
君"も"無個性になってみるか、という言葉。

「……か、かっちゃん…?」
「もういい。わかった」
「え、ちょ!?」

もし、もしもだ。
錬金野郎が、この写真の人と同一人物だとして。
個性が 後から発現したか 譲り受けたものだとしたら。
アイツは誰に育てられて 別の戸籍を手に入れた?
雄英に入学するくらいだ、しっかりとした個人情報がなきゃ無理だろ。
アイツにこの頃の記憶はないのか?
誘拐のショックで記憶喪失とか…?

「あの右腕も…」

幼稚園にいた時はあった。
じゃあ、どこで失った?
アイツを育てたのは…誰だ。


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