知らなかったの?


生徒41名のうち15名が毒ガスにより意識不明の重体。
重・軽傷者 11名。
行方不明 1名。
無傷で済んだのはたったの14名だった。
プロヒーローは6名のうち1名が頭を強く打たれ重体。
1名は大量の血痕を残し 行方不明となった。
一方、敵連合は3名が現行犯逮捕。

ニュースも新聞もその話題で持ちきり。
そのニュースを弔くんは愉快そうに眺めていた。
爆豪は強めの薬で眠らされ、目を覚ますのは早くとも明日になるだろう。
そして、ラグドールの体は 先生の元へ。
どう使われるかは、俺の知るところではない。
トゥワイスが作った俺も事情聴取を終え、バーで合流した後に役割を終えた。

「あ、」
「どうした?」

携帯に届いたクラスのメッセージ。
それはお見舞いに行こう、というものだった。

「出かけてくるね」
「どこへ?」
「お見舞い。緑谷たちの」

まともな服あったかな、と奥の部屋に入ろうとすれば どういう神経してんだよと 荼毘が言った。

「何が?」
「お見舞いって。やったのは、お前だぞ」
「だから何?」

荼毘は目を見開き、そして何が面白いのか笑い出す。

「ヒーロー目指してるんだから、やられて当然でしょ?お見舞いに行くのは、俺じゃなくて霧矢心としてだし」
「お前、狂ってんな」

彼の言葉に俺はマスクの下でニィと口角を釣り上げ笑った。

「知らなかったの?」

荼毘はそれ以上、何も言わなかった。
TシャツとGパンという楽な服に着替えて、黒のパーカーを羽織る。

「行ってきていいよね?弔くん」
「あぁ、行っておいで」

私も行きたい、と腕を絡めてきた ヒミコちゃんに 流石にだめ と笑えば頬を膨らませて離れる。

「出久くんに会いたいなぁ」
「また会えるよ、きっとね」

2日が過ぎ、合宿所の一帯も静かになっていた。
怪我が軽かったものだけが集まっているようで、いつものような明るさはない。
特に会話を交わすこともせず、緑谷の病室へ。
目を覚ましていた彼はわかりやすく絶望していた。
このまま地獄に落ちてしまえばいいのに、と心の中で願いながら 病室に足を踏み入れる。

「テレビ見たか!?学校いまマスコミやべーぞ」
「春の時の比じゃねー」
「メロンあるぞ!みんなで買ってきたんだ」

普通な風を装いみんなが声をかける。

「迷惑かけたな、緑谷…」
「ううん…僕の方こそ…A組皆で来てくれたの?」

その言葉に 耳郎と葉隠の意識が戻っていないことと、八百万が入院していることを飯田が伝える。

「だから、ここにいるのは16人だよ」
「爆豪もいねぇからな」

轟の追い討ちをかけるようなその言葉に 緑谷の表情が歪む。

「オールマイトがさ…言ってたんだ。手の届かない場所には助けに行けない…って。だから手の届く範囲は必ず救け出すんだ…。僕は手の届く場所にいた。必ず救けなきゃいけなかった。僕の個性はその為の個性なんだ。相澤先生の言った通りになった…体…動かなかった」
「じゃあ今度は救けよう」

切島の言葉にへ!?と間抜けな声が病気に広がる。

「実は俺と轟さ、昨日も来ててよォ…。そこでオールマイトと警察が八百万と話してるとこ遭遇したんた」

それは脳無に発信機をつけた、というものだった。

おいおい、まじかよと内心溜息を吐く。
そんなことされてるなんて、思ってもいなかった。
脳無は格納庫にいるから…先生のいるところか。

「つまりその発信機を受信するデバイスを八百万くんに創ってもらう…と?オールマイトの仰る通りだ。プロに任せるべき案件だ!生徒の出ていい舞台ではないんだ、馬鹿者!」
「んなもんわかってるよ!でもさぁ!何っも出来なかったんだ!!ダチが狙われてるって聞いてさァ!なんっっも出来なかった!しなかった!ここで動けなきゃ俺ァヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ」

落ち着けよ、という言葉、飯田の方が正しいというその言葉は 彼には届かない。

「飯田が皆が正しいよ。でも!なァ緑谷!まだ手は届くんだよ!」

轟と切島は救けに行く、そう宣言した。

「皆、爆豪ちゃんが攫われてショックなのよ。でも冷静になりましょう。どれ程正当な感情であろうとまた戦闘を行うというのなら…ルールを破るというのなら その行為は敵のそれと同じなのよ」
「轟、切島」

名前を呼べば、2人がこちらを見る。

「今、学生証持ってる?」
「は?」
「持ってるなら、貸して」

怪訝そうな彼らから受け取った学生証を、分解して地面に落とせば彼らは目を見開いた。

「俺は蛙吹ほど優しく言う気はない。バレなきゃいいとか、怪我しなきゃいいとか…そんなこと考えてるんだろうけど。お前らが、今 俺たちの前でそれを伝えたって時点でここにいる皆行っても行かなくても共犯だ。勝手をやる奴に、足を引っ張られるのは俺は御免だね」
「お前は!心配じゃねぇのかよ!?」
「感情の話をしてるんじゃない。他にも行く奴がいるなら、学生証捨ててけよ。お前ら全員、ヒーローになんかなる資格ない。学校辞めてけ」

踏みつけた学生証。
瀬呂がやりすぎだ、と俺の腕を引っ張る。

やりすぎだと言われようが、咎められようが関係ない。
それは、その場で出来る俺の最低限の牽制だった。
それは優しさか、と荼毘なら笑うだろう。
優しさ?そんなわけがない。
邪魔なものは排除する。
クラスメイトだろうと、関係はない。
だが、今は弔くんの目的が最優先だ。
それの邪魔をされたくないだけ。

「霧矢の気持ちもわかるけど、そこまで言わなくてもいいだろ…」
「胸糞悪いから、帰る」

黒霧に先生のところへ繋いでくれ、と連絡を入れて 病院の裏でゲートをくぐる。

「どうしたんだい?心喰」
「脳無に発信機がつけられてた。多分、助けに来る。緑谷達が」

おや、と先生は楽しそうに笑った。

「流石は雄英生」
「どうする?壊しても、いいけど」
「いや、いいさ」

おいで、と先生に手招かれて 彼に歩み寄れば頭の上に乗せられた大きな掌。

「その情報を得て、きっと…オールマイト達も動いている。直接対決は、免れないだろうね」

目を失った彼だが、今は懐かしむように目が細められている気がした。

「心喰、」
「はい」
「君は強い子だ。自分を卑下してしまう癖があるけどね、私が与えた個性を十分に使いこなしてくれているし、弔にとってもとても大切な存在だと思う。君がいなければ弔は成り立たない。だから、何があってもそばにいてあげるんだよ」

それはまるで、最後の言葉みたいだった。
一言一句逃さないように、聴きながら先生を見つめる。

「もし、僕に何かあった時は…君が弔を助けてあげてね」

彼はそう言って、優しく微笑んだ。

「それから、これを読んでみるといい」

彼がくれたのは煤けた本だった。
開いてみれば英語が並んでいるが、全く文章にもなっていない不思議なものだった。

「これは…」
「僕にはどうも内容がわからなかったんだけどね、心喰にならわかるだろうから。きっと、これからの君の力になる」

その本を胸に抱いて、頭を下げれば トントンと大きな手が俺の頭をもう一度撫でた。

「さぁ、弔のところへ戻るんだ」
「はい、」
「彼を…宜しく頼むよ」

あぁ、そうだ と先生が俺を引き止めた。

「バー置いてある私物は全て、移動させた方がいい」
「それって…」
「なに、用心するにはこしたことないってだけだよ」





「不思議なもんだよなぁ…何故ヒーローが責められている?」

爆豪が目を覚ましたのはそれから数時間後だった。
先生から貰った本はコンプレスに圧縮してもらい、義手に埋め込んだ。
バレたら武器屋に怒られそうだから、バレる前に別の場所にしまわねば。
相変わらず悪人顔の爆豪を弔くんの後ろの椅子に座って 眺める。
テレビからは雄英の謝罪会見が開かれ、ヒゲを剃ってオールバックにしたイレイザーヘッドがそこにいた。

「奴らは少ーし対応がズレてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの1つや2つある!お前らは完璧でいろって!?現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ 爆豪くんよ」
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示」
「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責めたてる国民。俺たちの戦いは問い。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう!俺たちは勝つつもりだ!君も、勝つのは好きだろ」

荼毘、拘束外せと弔くんが指示を出す。

「暴れるぞこいつ」
「いいんだよ、対等に扱わなきゃな。スカウトだもの。それに、この状況で暴れて勝てるかどうかわからないような男じゃないだろ?雄英生」

トゥワイス外せ、とトゥワイスに渡された鍵。

「強引な手段だったのは謝るよ…けどな我々は悪事と呼ばれる行為にいそしむただの暴徒じゃねぇのをわかってくれ。君を攫ったのは偶々じゃねぇ」
「ここにいる者、事情は違えど人にルールにヒーローに縛られ…苦しんだ。君ならそれを…」

大人しく鍵を解かれている彼だが、大人しくしているはずもないだろう。
鍵が外れれば、歩み寄ってきた弔くんに容赦なく爆発を浴びせた。

「黙って聞いてりゃダラッダラよォ…馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ!要は嫌がらせしてぇから仲間になって下さいだろ!?無駄だよ。俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこのうがそこァ!もう曲がらねぇ」

地面に落ちた弔くんの顔を隠す掌。
テレビの中の校長は必ず取り返す、とはっきりと言い切って それを見て爆豪が笑った。

「そういうこったクソカス連合!」

懐柔されたふりなんて、爆豪がするはずもないか。

「こんな辛気くせーとこ長居する気もねぇ」
「手を出すなよ…おまえら。こいつは…大切なコマだ」

弔くんが癇癪も起こさず、顔を掌で隠した。

「出来れば少し耳を傾けて欲しかったな…君とはわかり合えると思ってた…」
「ねぇわ」
「心喰の、言う通りだったね」

弔くんは俺を一瞥してから、彼の方を向き直す。

「仕方がない。ヒーロー達も調査を進めていると言っていた…悠長に説得してられない。先生、力を貸せ」
「良い、判断だよ 死柄木弔」

テメェがボスじゃねぇのかよ、と言った爆豪の表情には焦りと動揺が見て取れる。

「心喰、また眠らせておけ。ここまで人の話聞かねーとは…逆に感心するぜ」
「だから言ったじゃん。爆豪だけはやめとけって」

逃げようとする爆豪に一気に距離を詰め、指先が触れた瞬間 聞こえたノック音。

「どーもォピザーラ神野店です」

嗚呼、嫌な声が聞こえたね。


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