ヒーローが生んだ脅威

「オールマイト、あの。ハートイーターの正体ってどれくらい突き止められてるんですか」
「どうしてだい?」

緑谷少年の家庭訪問を終えてタクシーに乗り込もうとしていた時だった。
彼の口からハートイーターの話題が出るとは思ってはいなかった。

「…少しだけ、話をしました。ハートイーターは、無個性だったって」
「無個性…」
「今は、相手の個性を無効化する個性を持ってるみたいなんですけど」

ハートイーター。
ヒーロー界隈でも 彼を追っているが 足は全くついておらず。
神野事件、爆豪少年の誘拐事件でやっと 様相を知ることが出来たくらいのレベルだ。
彼の使う個性も、名前も どれだけ警察が手を尽くしても 把握することができていない。

「…ハートイーターは僕に 無個性だったら殺されることもなかったのにって言ってました。多分、個性そのものへの憎悪があるのかなって。だから、被害者に共通点がない。個性を持っている、そこが唯一の共通点だと思うんです」
「なるほどね。では、ハートイーターは 無個性かつ個性に恨みを持ちそうな人…若しくは、恨みを持ってしまうような出来事があった人…」

そんな人、いくらでもいる。
無個性の人は世の中の2割。
個性を持たない人はある程度、個性を有する人に嫉妬や恨みを持っていてもおかしくない。

「貴重な情報をありがとう」

タクシーに乗り込み、溜息をつく。
AFOに言われた言葉を思い出したからだ。
死柄木弔の正体を聞いた後、彼は言った。

「ハートイーターは、彼は、弔とは違うところを目指してる。彼はね、止まることはない。例え、手足が*げようと臓器が無くなろうと盲目になろうと、彼は殺し続けるよ。君の教え子たちも、みんな彼のターゲットだ」

AFOの笑い声がまだ耳に残ってる。

「我々の命令がなければ、爆豪くんも殺されていただろうね。ラグドールも」
「何故だ!?何故、ヒーローを恨む!!」
「ヒーローだけじゃないさ。個性を持った人間はみんな彼の殺すべき相手だ」

ハートイーターというヒーローへの脅威は、君たちヒーローが生んだのだよ。
AFOははっきりと、そう言っていた。

無個性。
個性に恨みを持っている。
そして、そこに至るまでに 何らかの形でヒーローが関与してる。

調べてみる必要がある。
この手で守れないなら、せめてその力添えくらいは しなければ。





オールマイトさんが緑谷の家に行っている間、俺は一人霧矢の家を訪れていた。
学校の目と鼻の先。
住所が近いところにあるとは思ってはいたが、ドアtoドアで15分もかからない距離だ。
チャイムを押せばタンタンタン、と足音が聞こえドアが開く。

「…お疲れ様です」
「あぁ、」

黒いTシャツにスウェットのパンツというラフな格好をした彼は珍しく両手を手袋に隠してはいなかった。

「親、帰国は無理だって言ってて」
「学校に連絡きたよ。とりあえず、お前とも話をしたいから いいか?」
「あ、はい」

どうぞ、と彼は俺を招き入れ、部屋の奥に進んでいく。
6畳ワンルームの部屋にはベッドと小さなテーブルが置かれ、壁には大きな本棚があった。
そこに並ぶ本のジャンルに統一性はなく、専門家や学者が読むような分厚い本ばかりが並んでいた。

「座るとこなくてすいません」

申し訳程度にクッションを渡され、それに座る。
目の前にはお茶の入ったグラスが置かれた。
文字なのか模様なのか、幾何学的な刺青に覆われた左手が目の前を横切る。

「それ…誰に入れてもらったんだ?」
「これですか?自分ですよ」

向かい側に彼は座って、ベッドの横の棚を指差した。

「あれが機械です。この刺青は錬成陣なので 自分で入れないと意味ないんです」
「…痛く、ないのな?」
「あー…まぁ、耐えられないほどではないです」

そうか、と頷き目の前の彼を見る。

「…とりあえず、本題に入る。今回、全寮制になるんだが…一応、親御さんからの電話では 大丈夫ですって言われてるけど。お前はどうだ」
「別に。今と対して変わらないので、どっちでもいいかなっていうのが本音です」

まぁ、確かにそうか。
こんなに学校に近いところに一人で住んでいれば、寮になっても対して変わらない。

「共同生活になるぞ」
「いつもみんなでいろってわけじゃないでしょう?関わりたくなければ、部屋に閉じこもるので」
「…そうか」

彼は未だにクラスに馴染んでいない。
本人に馴染む気がないのが何よりもの原因ではあるが、他の生徒とは違う。

「他人と同じ風呂とかは、平気なのか?苦手なんだろ、触れるの」
「人に触れるのが嫌なだけなので。潔癖とか、そういうんじゃないです」
「それならいいか」

今俺に触れるか?と彼の前に手を出せば 彼は俺の手をじっと見つめてから首を横に振った。

「触ると湿疹出ちゃうんで…」
「そこまでか。手袋してれば平気か?」
「はい、それは」

手袋してて 錬成陣なしに錬成は出来るか?と問えば彼は出来ますと頷いた。

「刺青の錬成陣なら、手袋してても」
「そうか」

やっぱり、なんで錬成陣を書いてたんだと、思うが聞いたところで望む答えは聞けないだろう。

「…じゃあ、とりあえず。霧矢も寮に入るってことで大丈夫だな?」
「はい」
「神野の件や爆豪誘拐の件は…どう感じてる?お前は宿舎に避難してきたから 直接的に関わってはいないけど」

霧矢は少し黙って俯いた。
そして、そのまま口を開く。

「オールマイトのせいだと、思いました」
「…どうして?」
「USJ襲撃の時はオールマイトを殺すことが目的だったのに、今回は違った。狙いは 生徒。オールマイトがここで先生なんてやらなければ、巻き込まれることはなかった。そう、思います」

そういう世論があるのは確かだが、割合としてはそう多くはない。
オールマイトの引退については、興味ないのだろう。
ショックを受けた様子もない。
事件のことを引きずってる風もない。

「今後、狙われ続けるのに オールマイトは引退して戦線離脱。イレイザーヘッド、貴方一人で 全員を守るのは無理じゃないですか」
「まぁな…そこは正直、そうだ。けど、だからこそお前らに強くなってもらう。合宿が潰れて流れたが、仮免を取得させたいのはそのためだ」
「そうですか」

やっぱり、彼だけは視点が違う。
どうも客観的に見すぎていて、自分が当事者な感じがしない口ぶり。

「…自分の身が危険に晒される、とは思うか?」
「自分だけは大丈夫、とは思わないです。誰が狙われるかはわからないし。俺からすればあんなにヒーローになりたがってる爆豪を攫った意味がわからないし。けど、結局 見てる人の感じ方次第だから。敵に有用だと思われたら攫われる可能性はあるでしょうね」
「…そうだな」

向こうの考えは俺らにはわからない。
何をしてくるか、誰を狙うのか。
そんなの予測したところで、相手次第。

「その瞬間がいつ来てもいいように、自分の刃を磨く。それだけで、いいかなって」
「合理的だな」
「無駄なことは嫌いなんです」

携帯が震え、オールマイトさんから終わったと連絡が来た。
自分もそろそろ終わらせるべきだろう。
入寮の返事は最初に貰っていたし、ここまで話していたのは いい機会だと思ったからだ。
二人で話す機会はそう多くないし、彼の考えを聞けるいい機会だった。

「呼び出しか何かですか」
「あぁ、緑谷の方の家庭訪問してたオールマイトさんから。終わったって」
「…緑谷と、オールマイトってなんなんですか」

彼の問いかけに、え?と固まる。

「前から気になってたんですよね。あの二人、ただ気に入ってる生徒っていうには…近すぎませんか?」

それは、俺自身も感じていた。
お気に入りと呼ぶには彼らは近過ぎる。
何か、があるのは間違いない。
だがその何かへは俺ですら踏み込めていない。

「そうだな…注意はしてるんだが、」
「そうなんですね」
「…オールマイトのこと、嫌ってるって聞いたから俺一人で来たんだけど。来て欲しかったか?」

俺の問いかけに彼は笑ってイレイザーヘッドだけでよかったですと答えた。

「何が嫌い?」
「逆に、何が好きなんですか?」

何が、と言われると困る。
けれど彼ほどのヒーローがいなかったことも間違いない。
返答を困っていれば彼は少し笑って、困らせてすいませんと言って立ち上がった。

「平和な象徴なんて、糞食らえですよ」
「え、」
「だって、神野事件は 象徴なんて幻想抱いていたせいで起きたことですから」

返す言葉がなかった。
開いた窓から吹き込んだ風が彼の髪を揺らす。
髪の隙間から覗いたその目は、どこか見覚えのある冷たさを孕む。

「俺の考えは変わりませんよ。これからもずっと、」
「そうか」
「オールマイトという光がなければ、闇はここまで濃くはならなかった。個性という道具がなければ、ここまでそのコントラストが浮き彫りになることもなかった」

スーパーヒーローに憧れる無個性な人しかいない世界の方が、よっぽど平和だったはずです。と彼は本棚に並ぶ歴史の本に手を伸ばす。

「個性は努力では覆せませんからね」
「…霧矢のその思想が正しいか間違ってるかは俺には言えないけど。どうして、そういう風に考えるようになった?」
「救われない痛みを、知っているから」

義手を撫でて彼は微笑んだ。
それ以上は何も、話せなかったし話さなかった。
玄関で見送りはいらんと伝えて、階段の方に歩いていけば自分の名前を呼んだ声。
歩みを止めて振り返れば彼は あの冷めた笑みを消して普通に笑っていた。

「ハートイーターって捕まりそうなんですか?今回の事件に関わってたって聞いたんですけど」
「詳しくは、知らない。けど、無理だろうな。見た目が分かったとはいえ、マスクに黒のローブなんて 着替えりゃどうとでもなる」
「…そうですか、」

興味あるのか、という問いに 早く捕まって欲しいとは思いますと彼は答えて、気をつけて帰ってくださいねと ぺこりと頭を下げた。





イレイザーヘッドが帰っていくのを見送り、弔くんに電話をかけた。

「終わったよ、」
「何事もなかったか?』
「うん、問題ない。疑われてる様子もなかった」

それなら良かったと、彼は電話の向こうで笑った。
今から行く、とゲートが開き彼が入ってくる。

「まさか、自分がいたところに 俺がいるなんて思いもしないだろうな。イレイザーヘッドは」

ベッドに腰掛けた彼は笑った。

「ハートイーターの話は?」
「一応聞いたけど、特に情報はないみたい。あのマスクと黒のローブってとこだけみたいだね彼らの元にある情報は」
「よし。じゃあ、まだいけるな」

あんまりやりすぎるなよ、と言いながらも好きに暴れろよと彼は言うから 俺には相当甘いと思う。

「まだまだ、喰い散らかすから。期待しててね」


戻る

TOP