守るのものの優劣

8月中旬。
雄英敷地内に建てられた寮に入寮することとなった。
生徒全員を寮に入れるってことは、内通者の存在への懸念だろう。
しかも、その疑いは生徒ヘまで向けられている。
だが、逆に 雄英がアリバイを証明してくれるのだから 俺としては楽なものだ。
やはりトゥワイスを仲間に入れたのは正解だった。

「とりあえず1年A組 無事にまた集まれて何よりだ」
「無事に集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」

蛙吹の言葉に麗日がこくこくと頷く。
確かにあの記者会見の感じでは、責任を取って辞めるなんて言ってもおかしくはなかった。
だが、それよりも 今の状態から人を欠けさせたくないんだろう。
今のタイミングで外から人を入れるのはリスクがあるし…

「さて、これから寮について軽く説明するが、その前に1つ。当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく。大事な話だ、いいか。轟、切島、緑谷、八百万、飯田。この5人はあの晩あの場所へ爆豪救出に赴いた」

その言葉にみんなが「え…」と動揺を見せた。
空から爆豪を掻っ攫っていく姿は見てたが、八百万まで来ていたのは意外だったな。

「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせて貰うよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は爆豪・耳郎・葉隠以外全員除籍処分にしてる」

ほらみろよ。
あの時俺が言った通りだ。
来ない為の道を作ってあげたのに、彼らはやはり来てしまった。
目障りで仕方ない。
特に、緑谷出久という存在は。

「彼の引退によってしばらくは混乱が続く…敵連合の出方が読めない以上今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった13人も理由はどうであれ俺たちの信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい」

さ、中に入るぞと歩き出した先生。
皆が顔を俯かせ、爆豪が上鳴を連れて植木の向こうに消える。
そして、アホになった姿で現れた。

「何?爆豪何を…」
「切島」
「んあ?」

爆豪は切島に歩み寄り、差し出したのはお金。

「え、怖っ!何、カツアゲ!?」
「違ぇ、俺が下ろした金だ。いつまでもシミったれられっとこっちも気分悪ィんだ」
「あ…え!?おめーどこで聞い…」

切島はハッとして、アホになった上鳴を見た。

「いつもみてーに馬鹿晒せや」
「…悪ぃな」


寮は1棟1クラス。
左右で男女分かれている。
一階には食堂や風呂、洗濯などを行える共同スペースに。
2階からがそれぞれの部屋になる。
俺の部屋は5階のエレベーター横。
とりあえず今日は部屋を作るよう言われて割り当てられた自室に移動した。

トイレや冷蔵庫がついてるから、お風呂の時以外部屋から出なくても怪しまれることはないだろう。
黒霧に自室の位置情報を送れば、直ぐに開いたゲート。
外から見えないようにカーテンを閉めれば、ひょこと弔くんが顔を覗かせた。

「こんな感じなんだな。大丈夫そうか?」
「うん」
「動くときは一応、トゥワイス置いておくのを忘れるなよ」

声を潜めて話す彼にコクリと頷けば満足そうに笑い、俺の頭を撫でてからゲートの奥に消えていった。

「さて、と…片付けするか」





部屋王を決める、と色んな部屋を回ったが 最後まで霧矢が出てくることはなかった。
そして、爆豪と梅雨ちゃんも。

「んー…」

霧矢の部屋の前でどうしようか、とドアを見つめる。
切島と轟が爆豪救出に赴くことを俺たちに伝えた時、霧矢は怒っていた。
それに、彼が言った通りのことが起こった。

「瀬呂?」
「あ、」

こちらに歩いてきたのは 救出に赴いたメンバー。
彼らは顔を見合わせてから、霧矢は部屋にいるのかと首を傾げた。

「あー、多分いるとは思うんだけど。どうかしたのか?」
「止めてくれたのに、行っちゃって。迷惑をかけたから…謝りたいと思って」
「さっき蛙吹とも話してきてさ…」

梅雨ちゃんと霧矢はあの時特に、厳しい言葉で彼らを止めた。
だからこそ、行ってしまったことに 憤りを感じているんだろう。

「なるほどな。俺もまぁ、気になってて。けど、声かけにくくてさ」

他の奴らなら なんの遠慮もなく開けられるドア。
だが、霧矢となると急に 躊躇いが生まれる。
一回深呼吸をして、ノックをすればドアの向こうから足音が聞こえてくる。
そして、目の前のドアが開いた。

「なに?」
「あ、今平気?」
「まぁ、別に」

半袖のシャツを着て、手袋に隠されていない左腕。
白い肌にタトゥーが妙に際立って見えた。

「瀬呂だけ…じゃないんだ?なに?みんな俺に用?」
「ぼ、僕たち…謝りたくて。霧矢くんに」

緑谷の言葉に彼は首を傾げた。

「俺らは、爆豪を救出に行った。止められたのに、みんなのことも巻き込んで…」
「だから、悪かった!!あの時、俺らのこと考えてくれてたのに」

轟、切島がそう続けて伝えれば彼は「違うけど」と冷たく吐き捨てた。

「俺は別に、勝手をするお前らがどうなろうと知ったことじゃない。俺があの時言いたかったのは、関係ない人間が巻き込まれるのは違くないか?ってこと。だから、雄英の生徒辞めてから行けよって言ったんだ」

辛辣に突き放す彼の言葉。
彼を宥めようと彼に手を伸ばせば、彼は自然な動きでその手から距離をとった。

「爆豪を救って、その他全員を犠牲にする。お前らはそういう選択をしたんだよ。ヒーローになっても、それをやるのか?誰かを犠牲にして、誰か救うのか?救う相手はどう選ぶ?救われない奴は、見殺しか?」
「ち、違うよ!霧矢くん!」
「何が違う?ヒーローって、人の命を選べるくらい偉い生き物か?神か何かか?」

違うだろ、と彼は冷たい目を彼らに向けながら言った。

「救われて涙する人間の裏には、奪われて涙する奴がいる。その涙に何の違いがある?見て見ぬ振りをするなよ。犠牲にした責任を取れないなら、行動するな。悪いけど俺は、お前らの行動に幻滅したよ。他の奴らが、どう思ってるかは知らないけど。あの時のお前らは…邪魔でしかなかった」

最後の一言が 妙に感情がこもってる気がした。
霧矢は彼らをじっと見つめてから 何も言わずに目をそらす。
これ以上話すことはないから帰って、と言った霧矢を切島が俯きながら「じゃあ、どうすりゃよかったんだよ」と言った。

「救いたかった。何も出来なかったんだ、俺は!俺たちは!!」
「そりゃそうだよ。俺たちは学生なんだ。ヒーローじゃない。何も出来ない。学生でいる間は責任を取るのは先生であり、親だ。自分の責任を自分で取れない奴が、でしゃばるな。一歩間違えれば、イレイザーヘッドは先生だけじゃなく、ヒーローすらも辞めさせられてたかもしれないんだぞ?その責任は誰がとる?」

切島はぐっと押し黙り、力を入れすぎて震える彼の手が痛々しい。

「今回は運が良かった。けどもし、爆豪救出の為にお前らの中の誰かか怪我をしてたら?イレイザーヘッドが先生をやめてたら?俺たち全員 退学させられてたら?…ただ救われただけの爆豪すらも、責任感じるんじゃない?救われなかった俺たちは?誰が救ってくれる?俺たちを救ってくれるヒーローってのは、どこにいる?」

霧矢の言うことは最もだ。
今回は運が良かった。
あんな戦いの場に、彼らが行ったなんて。
怪我がないのが、命があったのが奇跡だ。

「霧矢さんの言う通りですわ。反省しましょう」
「皆を巻き込んでしまったことは、間違いない」

八百万と轟の言葉に彼らは押し黙り、悪かったともう一度頭を下げた。
だが、納得いかなかったんだろう。

「わかる。わかるけど、そうだとしても、僕は…助けたい。助けにいけるなら!守りたい!この手が届くなら!そのために僕は、ヒーローを目指してるんだ!!」

訴えるような緑谷の言葉に 霧矢は笑った。

「違うね。お前は敵だ」
「え、」
「自分の力を、自分の思い通りに使いたいんでしょ?ルールなんか無視して、法律なんか無視して、その力を使いたいんでしょ?」

不気味に笑いながら、歩み寄り義手で緑谷の胸倉を掴んだ。

「敵なんかじゃないって?僕はヒーローになるんだからって?けどさぁ、君の言ってることは、守る、助ける為に振るう個性は正義ってことだよね?じゃあ、ステインだって敵連合だってハートイーターだって、守るために戦ってるよ。自分の大切なものを、自分は仲間を、自分の信念。さぁ、緑谷出久。お前のそれと、どうして違うんだ?誰が、守るものに優劣をつける?神様か?ん?なぁ、答えろよ」
「ちょ、霧矢!?!」
「ルールを破った者同士。お前がヒーローで、あいつらが敵に分類されるのはなんでだ?なんでお前は許させる前提なんだ?ルールを破ってまで、力を行使するならお前は敵だよ。例えそれが、お前の正義のためだとしても。ルールを外れれば それは暴力だ」

突き放すように霧矢の胸ぐらの手を離した。

「理解できないか?なら、お前はそれまでだよ。帰れ、もう話すことはない」

俯く緑谷を連れて、彼らはエレベーターの方に歩いて行った。
そして、霧矢はこちらに視線を向けた。

「瀬呂は?」
「ん?」
「救出メンバーじゃないじゃん。何か用があったんじゃないの?」

急な質問にえ、と固まれば彼は不思議そうに首を傾げた。

「あー、いや。うん、なんつーか…部屋から出てこないから、大丈夫かなぁ…て、」
「あぁ、ごめん。部屋の片付け終わってから、本読んでて。心配させたなら、悪かった」
「あ、いや。別に、俺が勝手に気にしただけだから」

沈黙。
別に、霧矢といる時にはよくあることだ。
霧矢はあまり沢山喋る方じゃないし、話しかけても 短い返事しかくれないことも多いし。

「あー…えっと、大丈夫そうなら、良かった。部屋、戻るわ」

けど、よくある沈黙なのに今日は凄く居心地が悪く感じた。
さっきの会話があったからか。
初めて見たんだ、霧矢のああいう姿。
静かに、怒ってたように見えた。

「そう?」
「うん」

また訪れる沈黙。
いつもの俺はどうやってたっけ。

「さっきの、気にしなくていいよ」
「え、あ…おう。霧矢が間違ってるとは、思ってねぇよ」
「んー、そうじゃなくてさ。俺は俺が正しいと思うことをした。けど、それが他の人の正しさではない。瀬呂は瀬呂が思うように行動すればいい」

俺を気にかける必要もないよ、と彼は笑った。

「考え方は十人十色だ。あいつらがやったことも、あいつらなりに色々考えた結果。ただ、俺はそれを受け入れられないだけ」
「そっか。まぁ、うん。わかる気がする、それは。けど、あいつらの気持ちもわかんのよね。俺には、動く勇気はなかったけど」
「動かないことも勇気だよ。瀬呂は、頭が良いし空気が読めるから。色々考えた上で動かないって選んでるんだろうし。そうなら、きっと。それは勇気ある行動だ」

珍しい。
彼が俺を褒めている、気がする。
助けに行くと言った彼らに、俺は何も言えなかった。
わかっちゃうんだよな、切島の想いも。
行けることなら、俺だって行きたかったさ。
なんだかんだ、大事な仲間だ。
心配じゃないわけがない。
けど、それ以上に考えた 助けに行くことのリスク。
ヒーローに任せようって、それは放棄することじゃなくてそれが最善だと思ったから。

「頭は良くねぇよ、俺」
「成績の話をしてるんじゃないよ。紙の上の点数なんて、生きることには何の意味もない。100点だろうが 死ぬ奴は死ぬし、0点だろうが生きる奴は生きる。学校通って、つくづく思うよ」

彼は義手をさすりながら、目を伏せて笑った。


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