賢者の石


「昨日話した通りまずは仮免取得が当面の目標だ。ヒーロー免許ってのは人命に直接関わる責任重大な資格だ。当然、取得の為の試験はとても厳しい。仮免といえどその合格率は例年5割を切る」

そこで、とイレイザーヘッドは誰かを教室に招き入れた。

「今日から君らには一人最低でも二つ…必殺技を作ってもらう!」

どっと騒がしくなった教室。
その騒がしさと教壇に立つプロヒーローたちの話す声を聞き流しながら、昨晩読んだ本の内容を思い出す。
先生が捕まる前に俺に託したあの本は、内容は訳そうとしたがやはり意味のない英語の羅列だった。
何かしら、規則性があるのかとも思ったが これと言って見つからず。
けど、意味のないものを先生が俺に託すとは思えない。

「おーい、移動だぞ?」

顔を覗き込んできた瀬呂にえ?と首を傾げ、周りを見渡せば確かにみんな教室を出て行っていた。

「悪い」
「なんか考え事?」
「あぁ、ちょっとな」

移動先は体育館γ。
エクトプラズムが一人一人に割り当てられ、周りが話を交えながら訓練を始めていた。

「サテ、君ハ何カ考エテイルカネ?」
「いえ、別に。俺の個性はこれ!っていう必殺技とかないし。その時に応じて、その時必要なものを錬成してるので」
「フム。今出来ル錬成ノ種類ハ?」

今までここで見せたことのある錬成を指折り数えながら話せば、エクトプラズムはその中で得意なものはあるかと首を傾げた。

「地面を操ったりするのは、よく使うので慣れてますけど。得意不得意はないです。その環境に適応するかしないかなので。錬成の材料がなければ、出来ないので」
「難シイナ、君ノ場合ハ」
「…そうですかね」

とりあえず一通りやってみよう、と言うことになった。

「やぁ!」

一通りの錬成をエクトプラズムの前で見せていた時、歩み寄ってきたのは本当の姿のオールマイト。

「順調かな?」
「……いえ、」
「霧矢ハ難シイ。何デモ出来ルガ突出シタ彼特有ノ物ガナイ」

霧矢少年は雑食だからね、と知ったようにオールマイトが笑った。

「何でも出来ることは、いいことだよ。アルケミストというヒーロー名にしたと聞いているし、錬成そのものが君の必殺技としてもいいんじゃないかな?」
「ソレハソウカモシレナイナ。ドウダ?霧矢」
「それでいいです。別に、技名が欲しいとは思わないので」

君は、とオールマイトが何かを言おうとした時、イレイザーヘッドが俺の名を呼んだ。

「はい?どうかしましたか?」
「喋ってねぇで、やれ。時間を無駄にするな」
「あ、はい」

オールマイトは口を閉ざし俺をじっと見つめてから、とってつけたような笑顔を見せた。

「じゃあ、頑張ってね」
「はい」

特訓が終わり、工房へ行く人たちがいる中 一人自室へ。
コスチュームの変更は俺には不要だろう。

「まぁ、手袋使うのは結構面倒だよなぁ」

手袋なしに生活できないが、技を変える度に手袋を変えるのが億劫なのだ。
炎は手袋がなければ、火種が作れないからな。
治療も通常使わないから手袋でいいか。
水は腕に入れるか…

「手袋も色変えないと、不便だし」

とりあえず、武器屋に行った方がいいかな。
前にやった水素爆発を右手がどれだけ耐えられるかも確認しておきたいし。
外出届、明日イレイザーヘッドに出しておこう。

「さて、あとはこれかぁ」

机の上に置いた本。
パラパラとページを捲り、ため息をつく。

「先生は解読方法わかったのかな」

もしわかってたとしたら、それを教えてくれてたはず。
わからなかったのだとしたら、俺になら分かると思って託してくれたんだろう。

「うーん…」





切島と轟が学生証の再発行をお願いしてきた時、失くしたのかと聞けば 口ごもった。
さらに彼らを追及すれば 申し訳なさそうに霧矢に壊されたのだと話してくれた。
救助に行くと言った彼らを止める為に、やったことだと。
お前らにはヒーローになる資格がないと言われたことも、話してくれた。
自分たちのせいでクラスメイトを巻き込んでしまったことを彼らは反省しているようだったが、それよりも霧矢がそんなことを言うことが意外だった。
どうにも、掴めない生徒だ。
何を考えているのか、何をどうしていきたいのか。

「イレイザーヘッドいますか」

そんなこと考えながら職員室で仕事をしていれば、今頭の中を占有していた生徒が職員室の入り口に立っていた。

「どうした?」
「義手のメンテに行きたくて。外出許可頂けますか」
「あー…それ、来てもらうことは出来ないのか?可能な限り外出は控えてほしいんだが」

俺の言葉に彼は困りましたね、と視線を伏せる。

「足が悪いんです、担当の人。俺の腕は特注品でその人以外には 扱えないものだし…」
「……行き先は」

彼の言った場所は、俺が仕事でもよく行く荒れた地域だった。

「…なんでまた、そんなところに…」
「ほんとかわからないですけど、腕のいい人で狙われていて 逃げた先がそこだったとか…」
「……そこに着いたら連絡。出るときも連絡。電車の時間も」

寄り道はするなよ、と言えば彼はありがとうございますと頭を下げた。

「なぁ、霧矢。どうして、切島と轟の学生証を壊した?」
「え?巻き込まれたくないからです。他人に足を引っ張られて、死ぬのは真っ平御免だ。やるべき事を為すまで、死ぬわけにはいかないんで」
「……それは、仲間よりも大切なことなのか?」

別に、クラスメイトと仲良くならないことを咎める気はない。
だがヒーローとして協力すべきところはして欲しいし、あまりにも容易く切り捨ててしまうのが、怖いと思った。

「はい」

だが、彼は迷いなく答えた。

「それを邪魔するなら、仲間でも切り捨てます」
「…それが、酷なことだとは思わないか?」
「どうしてですか?イレイザーヘッドは怪我をした民間人とヒーロー。どちらか1人しか救えなかったら、どっちを救います?」

また、答えにくいことを彼は聞いてくる。

「…そういうことですよ。同じ命でも価値が変わる。俺にとっては、ルールを守らない彼らよりも、悔しい気持ちを抱きながらもルールを守る人を守りたいと思った。」

遅くなっちゃうので行ってきます、と出て行く彼に連絡を忘れるなよと伝えてため息をつく。

「おっかねぇな、アイツ」

隣で話を聞いていたのか マイクが笑う。

「現実的すぎるんだよ、考え方が」

全員を救いたいと、夢見たっていいだろう。

「犠牲を出さずに救いたいって思うのが、普通だろ。なんで、犠牲がある前提なんだよ」
「まぁな…。けど、あの腕とか見る限り…なんか過去にあんのかもな。大事なもんを守るために何かを犠牲にした経験とかさ」





水商売や居酒屋の客引きとまだ夕方にも関わらず酔っ払いでごった返す繁華街。
高校生の俺はそこには似合わず、身にまとった黒いパーカーが 妙に浮いて見えた。
フードを被り、普通のマスクで口元を隠して 路地裏へ入る。
それでも腕を絡めてくる瞳孔の開き切った女の人たちを邪魔だと一蹴した。
ハートイーターの容姿は、大々的にテレビで報じられた。
パーカーに白マスクというこの普通な格好ですら変装になるだろう。
光の入らない路地裏の地下へ続く階段を降りて、掠れた看板の掲げられたドアをノックする。

はいよ、と気怠げな声が聞こえ戸を開ければ 彼は目を丸くさせた。

「お前…心喰か?」
「今いい?武器屋」
「表から来るの初めてじゃねぇか?奥、入んぞ」

表向きは紅茶を売っているお店のようだ。
棚に並ぶ品を眺めながら、店の奥に入って行く彼を追いかける。

「どうした?黒霧は?」
「今はバラバラに潜伏してて。俺も寮生になっちゃったから、」
「…そーか。みんな、無事なんか?」

先生は捕まっちゃったけど、と呟きいつもの椅子に座れば 元気出せよと頭を撫でた彼の手。

「で?どうした、今日は」
「あ、錬成陣を増やしたくて」
「そーか。道具持ってくるな」

外された義手を彫りながら、これって水素爆発には耐えられる?と聞けば彼は余裕だなと笑う。

「心喰の体が木っ端微塵になっても、この腕だけは残んぞ」
「そりゃ、いいね」

そんなに時間もかからず彫り終わり、インクを流し込む。
その動作をもう慣れたもんだな、と武器屋が笑った。

「そういえばさ。暗号解析とかに長けた人知らない?」
「暗号解析?なんでまた」
「貰った本がどうにも暗号みたいで」

インクが固まるまでの雑談を兼ねて、鞄から出した本。
意味にならない英語の羅列が並ぶそれを見つめて彼は首を傾げた。

「何の本なんだ?」
「わかんない」
「暗号解析に長けたやつは思いつかねぇけど。英語の文章で一番出てくる文字ってなにか知ってるか?」

いや、と首を横に振ればEだよと彼は言う。

「もしこれが、何らかの文をある一定の法則で別の文字に変換させているのだとしたら。一番現れるLはEだと仮定できる。で、よく使われる theがこのgdl なんじゃねぇかなぁと」
「…なるほどね。て、ことは gがt hがd eがlになる。と…」
「これが換字暗号ならな。まぁ、この手のやつは 解いた後にも暗号になってる可能性があるから…何とも言えねぇな」

とりあえずそれで解いてみる、と言えば 暗号解析が出来そうな奴を探しておくよと彼は言ってくれた。





「…ダメだこりゃ」

武器屋から聞いた通り解読した文章は 何故か旅の日記だった。
本を放り出しベランダに出て はぁと息を吐き出す。
明日も必殺技の特訓だし、そろそろ寝なくちゃいけないな。

じんわりと滲む汗。
部屋に吹き込む風が本のページを捲る。

「…あれ?」

本の表紙が妙にたわんでいる。
最初からか?
まるで濡らしてしまったみたいだ。
窓を開けたまま部屋に戻って 手に取った本。

「古いから、ってこともありあるけど」

カッターで恐る恐るそこに刃を入れれば、表紙の中にもう一つの表紙が。
しかも、錬成陣。

「…これ、」

変換の錬成陣だな。
と、なれば変換するものはこの本?
いや、違うか。
この旅の記録が変換できるんじゃないか?
錬成陣を紙に書き写して、旅の記録を真ん中に置き、手を合わせる。
青白く光った円の中、紙がふわりと浮かび上がり 紙の中の文字が踊る。
光が消え、錬成陣の中の紙は 俺が書いた旅の記録とは全く別の物になっていた。

「…まじかよ」

これを作った人は相当警戒心の強い人らしい。
そこまでして守ろうとしたものを何故本という形で残したのか。
だが、その出来上がった文章を読んで 愕然とした。
別に倫理観とかそんなことは興味もない。
人の命を弄ぶ俺が言うことでもない。
ただ、とんでもないことを考える人が世の中にはいるのだということだ。
もしこれが本物なのだとしたら、先生は俺にこれを手に入れて欲しいと思っているのだろうか。

「…賢者の石。…材料は、人間」



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