個性を消す銃弾
長い始業式を終えて、通常通り始まった学校。
インターンの話がクラスで持ちきりの中、俺の携帯に届いた招集命令。
「ごめんね、いつもいつも」
「謝ることじゃないよ」
目の前の自分が笑う。
この異様な光景にも、もう慣れたものだ。
「消灯前には帰ってくると思うから」
「わかった。気をつけてね」
ゲートをくぐって、着いた先は俺の実験場とは別の場所だった。
「心喰、」
「弔くん!」
「元気にしてたか」
連絡は取り合っていたが、顔を合わせたのは久々で彼に駆け寄れば 両手を広げて俺を抱きとめてくれた。
「会えなくて、寂しかったけど。元気だよ」
「そうか、」
「今日はどうしたの?」
首を傾げた俺に、弔くんが答えるより前に扉が開く。
「話してみたら意外と良い奴でよ!死柄木と話をさせろってよ!感じ悪いよな!」
「…とんだ大物連れてきたな…トゥワイス」
扉の方を振り返れば、見知った顔。
「大物とは…皮肉が効いてるな敵連合」
「何!?大物って有名人!?」
「先生に写真を見せてもらったことがある。いわゆるスジ者さ。死穢八斎會 その若頭だ」
オーバーホール。
なるほど、極道だったのか。
「私たちと何が違う人でしょう?」
「よーし中卒のトガちゃんにおじさんが教えてあげよう。昔は裏社会を取り仕切る恐ーい団体がたくさんあったんだ。でも、ヒーローが隆盛してからは摘発・解体が進みオールマイトの登場で時代を終えた。シッポ掴まれなかった生き残りは敵予備軍って扱いで監視されながら細々生きてんのさ。ハッキリ言って時代遅れの天然記念物」
まァ間違っちゃいない、とオーバーホールは答える。
本当に、そうなのだろうか。
だって彼、個性を消そうとしているんだよね?
「それでその細々ライフの極道くんがなぜうちに?あなたもオールマイトが引退してハイになっちゃったタイプ?」
「いや…ヒーローよりもAFOの消失が大きい。裏社会の全てを支配していたという闇の帝王…俺の世代じゃ都市伝説扱いだった。だが老人たちは確信をもって畏れていた。死亡説が噂されても尚な」
俺を抱いた弔くんの腕がピクリと動く。
「それが今回実体を現し…タルタロスへとブチ込まれた。つまり今は日向も日陰も支配者はいない。じゃあ次は誰が支配者になるか」
「ウチの先生が誰か知ってて言ってんならそりゃ…挑発でもしてんのか?次は、俺だ。今も勢力をかき集めてる。すぐに拡大していく。そしてその力で必ずこのヒーロー社会をドタマからぶっ潰す」
「計画はあるのか?」
一歩二歩と、オーバーホールがこちらに歩み寄る。
「計画のない目標は妄想と言う。妄想をプレゼンされてもこっちが困る。勢力を増やしてどうする?そもそもどう扱っていく?どういう組織図を目指してる?お前の集めた駒はどれも一級品だがすぐに落としてるな?使い方がわからなかったか?イカレた人間十余人もまともに操れないのに勢力拡大?コントロール出来ない力を集めて何になる」
仲間になる気は、なさそうだな。
「目標を達成するには計画がいる。そして俺には計画がある。今日は別に仲間に入れてほしくて来たんじゃない」
「トゥワイス…ちゃんと意思確認してから連れてこい」
「計画の遂行に莫大な金が要る。時代遅れの小さなヤクザ者に投資しようなんて物好きはなかなかいなくてな。ただ名の膨れ上がったおまえたちがいれば話は別だ。俺の傘下に入れ。おまえたちを使ってみせよう。そして、俺が次の支配者になる」
帰れ、と弔くんは一蹴した。
彼の計画。
それって、個性を消すってことじゃないのか?
それには金がいるのか?
「ごめんね極道くん。私たち誰かの下につく為に集まってるんじゃないの」
マグネが個性を発動させ、オーバーホールが手袋を外す。
その動作が自分の動作に重なって、嫌な予感がした。
「やめろ、マグネ!!」
「何にも縛られずに生きたくてここにいる。私たちの居場所は私たちが決めるわ!!」
叫んだが間に合わず、弾け飛んだマグネの体。
爆発した?
弔くんのような破壊じゃない。
俺の分解のような、個性。
「先に手を出したのはおまえらだ」
「マグ姉ー!!?」
「ああ汚いな…!これだから嫌だ」
ゴシゴシと彼は体を摩る。
そして、顔に浮かび始める蕁麻疹。
「待てコンプレス!」
「触るな!」
コンプレスの体に刺さった何か。
そして、オーバーホールに触れた瞬間、個性が発動せず弾け飛んだコンプレスの腕。
「ってええええ!?」
弔くんが俺を離し走り出す。
「盾っ」
弔くんの手が届くあと少しのところで現れた人が盾になって、オーバーホールを守った。
「危ないところでしたよオーバーホール」
「なるほど。ハナからそうしてりゃ幾分かわかりやすかったぜ」
ゾロゾロと現れたオーバーホールの仲間。
全く気配に気づけなかった。
「遅い」
「一発外しちゃいやした…しかし即効性は充分でしたね」
コンプレスの方を見れば個性が発動しない、と小さな声で言った。
なるほどね。
個性を消す方法を彼は知ってる。
そして、それを作る為に金が必要なんだ。
「穏便に済ましたかったよ敵連合。こうなると冷静な判断を欠く。そうだな…戦力を削り合うのも不毛だし。ちょうど死体は互いに一つ…キリもいい。頭を冷やして後日また話そう。腕一本はまけてくれ」
「てめェ!殺してやる!!」
「弔くん私刺せるよ。刺すね」
駄目だ、と弔くんは言った。
「責任とらせろ!」
「賢明だ手だらけ男」
「すぐにとは言わないがなるべく早めがいい。よく考えてみてくれ。自分たちの組織とか色々…冷静になったら電話してくれ」
足元に落ちた名刺を拾い上げて、オーバーホール と彼の名を呼んだ。
「ハートイーター…」
「また会ったね。腕一本分で 教えてくれない?」
「なんだ」
足を止めた彼はこちらを振り返った。
「それ、完成してるの?」
彼は何も言わない。
「完成させるのに、お金が必要?それとも、完成形を量産するのにお金が必要?」
「…それに答えて、どうなる」
「いや、別に。完成形を量産させる為なら お金なんてなくともやれる方法があるよ。材料があるなら」
へぇ、と彼は目を細めた。
「おい、やめろ。心喰」
「…穏便に、済ませたかったね。お互いに」
「そうだな」
出て行った彼を見送って、腕を抑え蹲るコンプレスに歩み寄る。
ポケットから出した手袋をつけて、血の溢れる彼の腕に手を当てた。
「…ごめんね、止血するくらいしかできなくて」
「いや、ありがとう。それだけでも、充分だよ」
コンプレスは残った方の腕で俺の頭を撫でた。
「心喰、アイツの何を知ってる」
傷口が塞がって、錬成を止めれば弔くんが俺を見下ろしていた。
「…人の個性を消す。その方法をオーバーホールは知ってる。そして、それを弾にしてる」
コンプレスの体から落ちた銃弾を彼に見えるように持ち上げれば、手の隙間から見える目が細められた。
「オーバーホールは金が必要だって、言ってた。これが完成品で、量産に金が必要なのか。将又、未完成だから 完成に金が必要なのか」
「それを知ってどうなる?」
「もし、完成品があるのだとしたら。その作り方を知って、理解出来れば…多分、俺も作れる。材料さえあればね」
錬金の方か、と弔くんが少しだけ笑った。
「オーバーホールは、俺を…いや、俺の錬金術を必要とする。その過程では必ず材料と作り方を俺に教えなくちゃいけない。アイツらの傘下に入ったフリして、盗めるもんだけ盗んで…手柄を横取りするのも悪くないかなって」
「……傘下には、入らないぞ」
「そっか」
けど、悪くないと彼は言った。
「個性を消す銃弾。興味あるな」
俺が拾っていた名刺を彼は受け取り、ポケットに押し込んだ。
その姿から目を逸らして、血溜まりに落ちるマグネの下半身に触れて、分解する。
遺された血溜まりに両手を合わせて、立ち上がる。
「どうするかは、弔くんに任せるよ。…また、事が動くようなら連絡して」
「あぁ、忙しいのに悪かったな」
「いいよ、気にしないで。久々に会えて、嬉しかった」
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