どの手を掴む?


ふぁ、と欠伸をして ベッド突っ伏す。
少し前から始まった八斎會としての生活が、随分と体力を消耗させていた。
ハートイーターとして事件も起こしつつ、八斎會でオーバーホールと動き、学校もあるのだ。
まともな睡眠時間が確保できていない。

「そろそろ時間か…」

八斎會の事務所に行く時間は毎日一定。
黒霧にラインを送り、ゲートだけ開いてもらいそこをくぐる。
代わりにトゥワイスの作った俺が 部屋に入っていった。
黒霧は別件で動いているようだけど、最近どうなんだろうか。

「よぉ」
「どーも」
「いつもいつも、昼間は何してるんだ」

不思議そうなオーバーホールに潜入捜査中でね、と笑って また薄暗い廊下を歩く。

「お前の個性の有用性はわかった。俺のよりは不便そうだけどな」
「瀕死状態を生き返らせるなんて、出来たら苦労しないよ」
「そうか」

今日は材料を見せる、と彼はどんどん部屋の奥へ進んでいき 一つの扉の前で足を止めた。

「入るぞ、エリ」

そう声をかけて、ドアを開けた先。
そこにいたのは幼い少女だった。

「この子が?」
「あぁ、」
「なるほどね。人の個性由来のものだったのか」

怯える目。
ベッドの端に逃げて行く少女に歩み寄り、ベッドサイドにしゃがみ込んだ。

「こんにちは。お名前、教えてくれない?」
「……エリ」
「エリちゃんか。よろしくね」

差し出した手を少女は恐る恐る握り返した。

「子供が好きか」
「嫌いじゃないよ」

個性に苦しめられてる子なら尚更ね。
オーバーホールの個性上、この子を何度も何度も切り刻んで作り出してるんだろうな。

「作り方を教える。一度で理解できるか」
「覚えることは出来るけど、それは理解とは同義ではないから。少し時間を貰うことになると思う」
「まぁ、いい。さぁ、行くぞエリ」

怯えた少女は小さな手をぎゅっと握りしめて、ベッドから降りた。

「手、繋ぐ?」

包帯に包まれた手足が痛々しい。
衣食住があっても、これじゃあ俺の味わってきた生活とそう変わらないだろう。
ふかふかな布団も温かいご飯も、無機質だろうな。

差し出した手を少女は握りしめた。

「あのヒーローよりも、気に入ったか?」
「ヒーロー?どんな?」
「前、エリが街に脱走した時に出会ったヒーローだ。緑色のコスチューム着て、汚そうなもじゃもじゃ頭でソバカス」

まさか、とポケットから出した携帯で表示した写真。

「あぁ、そうだ。コイツだよ」
「…緑谷出久。雄英の生徒だ」
「詳しいな」

ハートイーターなもんで、と笑えばなるほどなと彼は頷いた。
どこへ行っても関わってくるな、アイツは。
確か今はインターンへ行ってるんだっけ?

「そうか、彼に出会っちゃったのか」
「どうかしたか」
「いや、気をつけた方がいいだろうね。アイツは、病気だから」

アイツのことだ。
包帯まみれの少女を救わんと動くだろう。
単独か、将又誰かを巻き込んでか。
今度は何を犠牲にするんだろうな。

「さぁ、始めよう」

手足を固定するバンドがついた椅子と沢山の機械。
怯えた少女の前にしゃがみ込んで 両手を出して とマスクの下で笑いながら伝える。

「麻酔は、」
「そんなもん一々手に入れられないよ」
「そんなことだろうと、思った。ねぇ、エリちゃん。俺が魔法をかけてあげる。気付いたら、全てが終わってる魔法」

何言ってんだ、とオーバーホールが怪訝そうな目を俺に向けた。
別に、少女を守りたいとか思ってない。
ただ少女が材料なら、好かれておいて損はないだろう。

「目を閉じて。3秒、心の中で数えよう」

不思議そうに目を閉じた少女の体から力抜け、こちらに倒れこんでくる。

「…何を、した」
「魔法をかけただけ」

本当は無効化してるだけなんだけどね。
ハートイーターでもよくやる、痛覚と感覚の無効化。

「材料がこの子だというなら、この子に優しくしてあげないと。逃げちゃうってのは、そういうことでしょ」
「うちのは子供の扱いなんてできないんだよ」
「あぁ、たしかに苦手そうな人ばかりだね」

椅子に固定された少女と色々と作業をする彼。
所々に交える説明と鼻に付く血の香り。
この少女の犠牲なしに、作り出せればいいのに。
やはり個性を作れるようになりたい。
賢者の石があれば、作れるだろうか。

「おい、聞いてるか」
「あ、ごめん。ちゃんと聞いてる」
「続けるぞ」





内容は頭に叩き込んだ。
理解するにはもう少々、噛み砕いていかねば難しそうだけど。
それにしても、賢者の石といい 凄い事を考える人がいるものだ。

「部屋に戻るか?」
「いや、ちょっとこの子のそばにいてもいい?」
「…好きにしろ」

大きすぎるベットで眠る少女の傍ら、先程見たことを紙に書いていく。
地面に転がるおもちゃは、全くの手付かずのようだ。
ヒミコちゃんたちも軟禁されているけど、この少女もそうなんだろう。

目を覚ました少女が体を起こして俺を見つめる。

「魔法は効いたかな」

俺の問いかけに少女はこくりと頷いた。

「魔法使いさん。は、オーバーホールの なに?」
「んー、協力者…って言ってもわからないか。お友達かな」
「ともだち」

手を止めて、少女の方を向く。
怯えた目は、昔の自分を思い出させた。

「エリちゃんが出会った、ヒーローのことを教えてよ」
「え?」

エリちゃんの話を聞かせて、と首を傾げてやれば 少女は恐る恐るといった感じで口を開いた。
上手に喋れないなりにも、俺に伝えようと必死な姿は 健気だ。
緑谷の話をする時、きらきらと目が輝くのは少女の初めて出会ったヒーローだったからだろう。

「もし、その人が助けにきてくれたら。どうするの?」
「え…」
「その手を、今度は 掴む?」

少女は俯いて、わかんないと声を震わせた。
随分とオーバーホールに調教されているらしい。
助けて、と言えば誰かが傷付くことになると 幼い少女はわかっている。

「自分が救われれば、その分誰かが 犠牲になる」

世の中、そうやって出来ているんだよ と言ってやれば少女は俯いたままこくりと頷いた。

「それでも、救われたい?」
「…やだ、」
「エリちゃんは、優しい子なんだね」

頭を撫でてやれば、少女の目が少しだけ 輝いた。

「似てる。優しいね、魔法使いさんの 手も」
「そう?じゃあさ、俺が救けてあげようか?」

差し出した手。
少女はその手を見つめてから、俺の方を恐る恐る見上げた。

「…ほんとに?」
「エリちゃん次第かな。俺の手を掴むか、あのヒーローの手を掴むか、オーバーホールの手を掴むか。答えは今すぐじゃなくていいよ。考えてみてね」

無理矢理連れ去ることは容易そうだ。
だが、そうすればまた緑谷が助けに来ようなんて するだろう。
この少女が自ら、俺たちと共にありたいと 言ってくれれば楽なんだけど。

「魔法使いさんも、エリの個性が必要なの?」
「まぁ、それもある。けど、オーバーホールと違って、痛いことはしないよ。もっと楽しいとこに連れて行ってあげるし美味しいものも一緒に食べに行きたいかな。俺は君の友達になりたい」

あの銃弾は少女の血肉が必要だ。
オーバーホールのように体丸ごと使うことは無理でも、ある程度血肉を手に入れることは出来る。
そこに痛みが伴わなければ この少女も従順になるだろう。
緑谷より先に、出会っていれば 容易に俺の手を掴んだだろうけど。
今は彼という希望があるから厄介だ。

「ま、決めるのは君だ。無理強いはしないよ」
「…うん」
「それじゃ、俺はそろそろ帰らないとだから」

カタンと静かな部屋に椅子の音が響き、少女が怯えたように肩を揺らした。

「また来るね」
「…ほんとに?」
「うん。また、明日」

撫でた小さな頭。
少女はこくりこくりと頷いて またねと 包帯に包まれた小さな手を振った。

部屋から出て、ここまでどうやって来たっけと 記憶を頼りに自分たちに割り当てられた部屋に向かう。

「心喰くん!」
「ヒミコちゃん」
「もー、ここ嫌です。暇〜!」

部屋に入れば飛びついて来たヒミコちゃん。
そして、同じく暇だ!と手を挙げたトゥワイス。

「ごめんね。けど、これから面白いことになるから」
「…どういうこと?」
「きっと、来るよ。ヒミコちゃんの大好きな、緑谷出久が」

俺の言葉にヒミコちゃんがニィと頬を緩める。

「ほんと?ほんとに!?」
「ほんとだよ。だから、もう少しの我慢だよ」
「しょうがないので、我慢してあげます」

また会える、とヒミコちゃんはくるくると踊り始める。

「トゥワイスも、これから荒れそうだから。準備しておいてね」
「了解だ!指図すんなよ!」



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