骨の髄まで


「もしもし、ヒミコちゃん?」
『もー!何してるんですか、心喰くん!』
「ごめんごめん。トゥワイスも無事?」

無事ですよ、と彼女は答えた。

「完成品がどっか別の手に渡っていないか、確認しておいてもらえる?」
『了解です!心喰くんはどうするんですか?』
「返事を返しに行かなくちゃいけないから、行ってくるね」

深く被ったヘルメット。
出発するぞ、と声がかかり乗り込んだ車。

「八斎會組員十一名移送中。いずれも重傷。胝棚の敵病院へ向かいます。所持品は押収済みです。件の弾丸の他、報告にはないカプセルを確認…」

カプセルは血清だろうな。
何故、わざわざ血清なんか作ったのだろうか。
個性を恨むなら、消す為の弾丸だけで良かっただろうに。

急にフラつき始めた運転。
急ブレーキの後、吹き飛ばされて 体が壁に打ち付けられる。

「痛っ…運転荒すぎんだろ…」

取れたヘルメットを拾い上げ、ぶつけた頭を摩りながら周りを見渡す。
オーバーホールを固定していたベッドは外へ飛び出してしまったらしい。
とりあえず、気を失った救急隊員から押収品を回収して、薄く開いたドアを開ける。

「!?…何してんだ、心喰」
「あれ、弔くん」

オーバーホールのベッドの傍らに立つ弔くんが報告受けてないぞと呟く。

「ごめんごめん。個人的な用事だったから」
「だとしてもだ。それに、なんだその似合わない格好」
「救急隊員の制服。我ながら似合うと思ってたんだけどなぁ。これ、押収品ね」

救急隊員の服を普段のローブに戻して、仮面をつけ外へ出る。
砂煙に咳き込みながら、弔くんの隣に並んだ。

「なァにが次の支配者になるだ」

弔くんがオーバーホールの固定されたベッドを蹴った。

「殺しにきたのか」
「いーや…お前が最も嫌がる事を考えた。俺はお前が嫌いだ、偉そうだからな」
「俺も」

コンプレスがオーバーホールの左手を圧縮して、小さなビー玉に変える。

「コレさァ二箱あるけどどっちが完成品?まァ…いっか」
「………返せ」
「あのなオーバーホール、個性を消してやるって人間がさァ個性に頼ってちゃいけねェよな」

残された右手に弔くんは触れる。
みるみる塵に変わっていく腕に、弔くんは笑いながらナイフを突き立てた。

「切り離さないと塵になっちまう」

肉を裂く音と鼻につく血の香り。
投げ捨てられた手は 鈍い音を立てて地面に落とされた。

「よしっ!これでお前は無力非力の無個性マン。お前が費やしてきた努力はさァ!俺のもんになっちゃった。これからは咥える指もなくただただ眺めて生きていけ!!頑張ろうな!!」
「すぐ追手が来るぞ!!早く乗れ!!」
「…俺の心喰に、出す手も もうねェな。お前のもんになると思ったか?残念だったな」

オーバーホールに背を向けて、弔くん達は歩き出す。

「次は俺たちだ」

彼のそんな声を聞きながら、オーバーホールの湿疹の浮かぶ顔を覗き込む。

「オーバーホール、俺はお前の仲間にはならないよ」
「っなん、で!!なんで、わからない!?俺のやり方が正しいのに!!」
「正しいか、なんて知らないよ。正しさは人によって違う。けど、俺にとって オーバーホールのやり方は正しくない。だって、血清なんて作ってるんだもんね?」

彼が目を見開く。

「救いの手なんて、与えちゃダメじゃん。やるなら徹底的に、骨の髄まで。そういうとこが、甘いんだよね」
「甘い、だと…」
「そうだよ。エリちゃんに何故自由を与えた?最初から、意識なんて無くしておけば、あの家から出られないように鎖で繋いでおけば…ヒーローに見つかることなんてなかっただろ?」

マスクの下で俺はクスクスと笑う。
材料というのなら、人間としての意思は与えるべきではなかった。
まぁ、そんなことしてたら オーバーホールは俺の殺す対象になっていただろうけど。

「それが出来ないなら、俺みたいに大事にしてやればよかったのに。その人こそ救いだと、洗脳してしまえばよかったのに。何故しなかった?少女1人すらまともに扱えないのに、俺たちを傘下に入れようなんて…」
「…黙れ、」
「これだから、お前らは廃れていったんだよ。高望みしすぎなんだよ、極道風情がさ」

早く行くぞと弔くんの声。

「…あと、最後に教えてあげる」

くるりと背を向けて、彼らの方へ歩き出す。

「俺と弔くんの中では、最初から裏切りは決定事項だったよ」
「なっ!?」
「俺たち敵連合を甘く見るなよ」

乗り込んだトラック。
荒すぎる運転に 下手くそって呟けば スピナーがしょうがねぇだろ!と声を荒げた。

「ご苦労だったな、心喰」
「いーや、全然。一応、完成品と血清が手に入ったし、作り方は頭に入れてきた。少しだけだけど、材料となる血肉も持ち帰ったから」
「…流石だな、」

弔くんの手が頭を撫でる。

「ま、あのオーバーホールって奴は予想以上に使えなかったけどね」
「相変わらずだな、お前」

向けられる荼毘からの視線に首を傾げる。

「何が?」
「いや、別に…」

俺はそろそろ戻るよ、と彼らに伝えて 黒霧に連絡を入れるが返事はない。
別件で動いているのは知っていたけど、まさか…
弔くんを見れば眉を寄せ、俯く。

「……とりあえずトゥワイスに黒霧を作らせる。合流するまで待て」
「了解」

もし本当に捕まったのであれば、今後動きにくくなるな。





一夜明け。
彼らが戻ってくるのだと、瀬呂が俺を部屋から連れ出した。

「…別に、興味ないんだけど」
「すぐそういうこと言う!」

連れられては来たが、人の輪に加わることはせず爆豪の向かい側のソファに座った。
彼らを出迎える彼らがワイワイと騒がしくなり、中心には心なしか元気のない4人が並んでいた。
そんな中、目も合わさず爆豪が俺を呼ぶ。

「何?」

机の上に滑らせた携帯。
画面に映るのは、幼い少年の写真だった。

「…お前だろ、それ」
「俺?…違うと思うけど」

その写真にはあの忌々しい名前が書かれている。
幼稚園のアルバムだろうか、何故彼がこんなもの持っているのか。

「…同じ幼稚園だったんだ、俺とデクと、お前が」
「それはないね。俺は日本にはいなかったから」

にこりと笑って、携帯を彼に突き返す。

「信じられるかよ」
「じゃあ、この少年が俺だという根拠は?」
「それは…」

オールマイトに情報を流したのは彼だったのだろうか。
まさか、同じ幼稚園だったとは。
あの頃の記憶は両親のこと以外ほぼないから、覚えていなかった。

「オールマイトにも聞かれたよ。君は×××という少年じゃないかってね。この子のことでしょ?」

自分を睨みつける彼に態とらしく溜息をつく。

「オールマイトがそうじゃないって証明してくれたよ。その×××って少年じゃないって。信じられないなら、オールマイトに聞きに行けば」

爆豪は何か言い返そうとした。
だが、上鳴が割り込んできたことで強制的に話が終わった。

「あと何が必要?爆豪が信じるに値する証拠を出す為なら、なんでも協力するよ」

睨みつける爆豪から視線を逸らして、緑谷に歩み寄る。

「霧矢くん…」
「何の犠牲もなしに、全員を救えた?ヒーロー」

皮肉たっぷりに笑ってやれば、彼はきゅっと唇を噛んだ。

「…じゃ、お疲れ様」
「え、戻んのかよ」

瀬呂が俺を呼び止めるが、顔は見たからもういいと答えてエレベーターに乗り込んだ。

「まさか、そんな繋がりがあったとは」

まぁ、疑いは疑い。
証拠は何一つとして、ないのだ。
俺が彼でないという証拠しかこれからは出てこない。
何より彼の信じてやまないオールマイトが証人なのだ。
信じざるを得ないだろう。

部屋に戻れば、弔くんからのメッセージ。
そこには黒霧が捕らえられたことが記されていた。

「前以上に、やりにくくなるな」

トゥワイスがいるから何とかなるが、それでも。
コピーとして作られる俺は2体目になるから性能も落ちる。
そろそろ潮時だろうか、と考えながらベッドに倒れこんだ。

まぁ、もう少しの辛抱と思うしかないな。
俺たちは動き出す。
息を潜めている時間はもう終わりだ。

「狼煙を上げろ、次は…俺たちだ」


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