文化祭


訪れた平穏。
学校は文化祭モードだ。
A組は生演奏とダンスのステージをするらしく、俺は裏方の演出部隊に入ってた。

「遠隔操作できんのか?爆発って」
「そういう仕掛けで錬成陣組めば」
「じゃあ、スタートの爆発は 爆豪のと合わせてド派手にやろうぜ!」

いいんじゃねぇか、とトントンと話が進んでいくのをどこか他人事のように眺めていた。
呑気なものだと、思っていた。
他の科の為とはいえ、本当に外部からの接触なしに行えると思っているのだろうか。
弔くんは今回動くつもりはないらしいけど。
今こそ雄英を貶める絶好のチャンスだろ、なんて。
彼の命令なしに動く気はないけれど そう思わずにはいられない。

「おーい、聞いてるか?」
「あ、なに?」
「ダンス隊に相談に行こうって話」

よくわからないけど、と立ち上がり彼らについて外に出れば あの少女がいた。
顔色は少しばかり良くなっただろうか。

「エリちゃん!!?オッスオッス!って俺のことは知らねーか!」

駆け寄っていく切島を少女は見上げていた。
その目にあの頃のような恐怖は見えない。

「誰?それ」
「この間のインターンの奴で助けた子で」
「へぇ、そうなんだ」

少女は俺を見上げて首を傾げる。

「こんにちは」
「…こん、にちは…」

少女の前にしゃがみこみ、手を差し出す。

「俺、霧矢心です。お名前、教えてくれる?」
「エリ…」
「エリちゃんか。宜しくね」

差し出した手を少女は躊躇いながら握り返す。
もう魔法はいらないだろう。
手に入れるべきだっただろうか、この少女を。
オーバーホールと違って 元には戻せないし 上手に使い切れはしなかっただろうけど。

「霧矢、子供好きなの?」

俺の方を見て切島が首を傾げる。

「好きか嫌いかで言えば、嫌いじゃない。下手な大人よりはよっぽど」

じゃあね、と頭を撫でてやれば少女は俺の腕を掴んだ。

「どうしたの?」
「…魔法、使いさん?」

子供の勘って凄いなぁ。
少女の前にしゃがみ込んで、しーと口の前に人差し指を立てる。

「ヒーローにバレたらダメなんだ」
「…どうして?」
「ヒーローと魔法使いの敵同士だから」

デクさんもダメなの?も首を傾げた少女にこくりと頷く。

「魔法使いに出会ったことを知られたら、エリちゃんも捕まっちゃうんだわ」
「え、」
「また、ひとりぼっちになっちゃうよ。もう誰も助けてくれないような 暗闇に ひとりぼっち」

ふるふると首を振り「やだ」と少女は答えた。

「じゃあ、内緒に出来る?俺もひとりぼっちは嫌だから」
「できる。できるよ!」
「じゃあ、約束ね。2人だけの約束」

うん、と少女は頷く。
小指出して、と言って少女と小指を絡める。

「なに?」
「約束って、こうやるんだよ。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」
「針、千本…!?」

実際には飲まさないから大丈夫、と少女の頭を撫でる。

「けど、捕まっちゃうのはほんと。もう誰にも会えなくなっちゃうから、内緒ね?」
「うん」

何の約束?と緑谷が俺たちに歩み寄る。
それに対して エリちゃんは内緒!と笑った。

「ね?俺たちの内緒だよね?」
「うん!」

子供の約束がどこまで当てになるかわからないけど。
この少女はあの苦しみを知っているし、大丈夫だろう。





そして迎えた文化祭当日。
ステージは上手くいき、与えられた自由時間。

「霧矢!一緒にアスレチック行こうぜ!」

切島と瀬呂に声をかけられ、どうするかと渋っていれば 「心、」と誰かが俺を呼んだ。
振り返れば関係者の腕章をつけた女性。

「…母さん?」
「久しぶりね。元気にしてた?」

彼女は俺に駆け寄って、まるで母親のように俺を抱き寄せた。

「どうしてここに?」
「サポート科の作品を見にね」
「そうだったんだ。父さんは?」

研究で向こうにいるわ、と彼女は笑った。

「えっと…霧矢、?」

後ろで状況が飲み込めていない瀬呂たちが控えめに俺の名前を呼んだ。

「あぁ、ごめん。俺の母親なんだ。アメリカで研究者として働いてる」
「こんにちは。いつも心がお世話になってます」

担任の先生はいる?と首を傾げられ周りを見渡す。
ここにいないとこを見ると、恐らくエリちゃんと行動しているだろう。

「一緒にいる奴に連絡してみる。母さん案内してくるから、一緒に回るのパスで」
「ちょっと待てや」

爆豪が俺の腕を掴んだ。

「なに?」
「本当に母親か?お前の?」
「そうだけど。まだ疑ってたの?」

疑われてるの?と彼女がクスクスと笑う。

「爆豪の行方不明になった友達に似てるらしい。俺が」
「あら、そうなの。昔の写真とかで良ければ あるわよ?」

彼女はそう言って、財布の中から1枚の写真を取り出した。

「懐かしいね。幼稚園の頃?」
「そうよ」

写真の中には確かに幼稚園の制服を着た俺と、偽物の両親が映っていた。
日付は俺が捨てられた日よりも前のもの。
右腕は既になく、義手もはめられていない。

「腕…」
「幼稚園に入る前だから、怪我して…切断したの」
「入る、前…?」

手術の記録なら病院に残ってるはず、と彼女が言えば 爆豪は視線を逸らし俯いた。
その姿を冷たい目で見つめた彼女は また何かあれば言ってね、ところりと表情を変えて笑った。

「先生の居場所わかったから、行こう」
「じゃあ、またね?」

2人で歩き出し、何の連絡も来てないけどと呟けば仕方ないでしょうと彼女は態度を一変させた。

「仕事で来なきゃいけなかったのよ。来てんのに 息子に会わない母親なんていないでしょう」
「そりゃそうか」
「…先生の為だもの。母親だろうが、何だろうが演じてみせるわ」

あの写真も、誰かが用意した偽装だろう。
用意周到だな。

「イレイザーヘッド、」
「霧矢?」
「母です。サポート科の方の来賓として来ていて。面談では会えなかったので挨拶を、と」

先程までのやる気のなさは消え、また母親に成り切った彼女。
話す内容は当たり障りのないものだ。

「お仕事でお忙しい中、わざわざすいません」
「いえ、こちらこそ息子を任せっきりで。…昔のことで反省はしたんですけど、雄英ならと 安心してしまってるところもありまして」
「昔のこと…とは?」

この腕です、と義手に彼女が触れた。

「研究で息子を放ったらかしにしていて。…怪我をしたことも私たちは気づけなくて…。気づいた時にはもう、化膿して…切り落とすしか…」
「気にしてないから。おかげで、今の個性には合ってるし。いらないものだったってことだよ」
「いらないものに、してしまったのは間違いなく…私たちなのに」

女優にでもなれるんじゃないか、という演技力。
設定も全て頭に入れていているようだし。

「…安心して、任せて下さい。雄英は 彼をしっかりと見ておきますから。私もそうですし」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。息子を、宜しくお願いします」

彼女はそこで話を切り上げて、サポート科の展示を見に行った。

「…いらないものは捨てるってのは、母親を気遣っての言葉選びか?」
「本音ですよ。まぁ、腕のことは気にしてないよって何度も伝えてるんですけど、そういうわけにもいかないみたいで。それのおかげで錬金術を生かせる体になったと俺は思っていますし」

だからと言って無茶していいものじゃないぞ、とイレイザーヘッドは言った。

「…わかりました」
「お前も戻っていいぞ。俺もエリちゃんの所に戻るから」
「はい」

これである程度、疑惑の対象から外れるだろう。
今日雄英に来れるってだけで、身分の証明も出来ただろうし。
とりあえずこれで安心して、動けるだろう。





今日、雄英に来れるってことは相当身分がしっかりしてる人だ。
腕には関係者の腕章があったし。

「爆豪なんであんなこと聞いたんだ?」
「別に、お前らには関係ねぇよ」

あの写真も偽物には到底見えなかった。

「別人か、」

そう考えるしかない。
偽物なら、あそこまで親が堂々と出て来るはずがない。
オールマイトにも本人ではなかったと言われたし、信じるしかないだろう。

「とりあえず行こうぜ、アスレチック」

切島の言葉に適当に返事をして歩き出す。

だが、錬金野郎がアイツでないというのなら。
あの行方不明の少年は今どこにいるのだろうか。



戻る

TOP