選ぶ強さ

「連絡がつかない」

電話も出ないし、メッセージも誰も既読にはならない。
部屋のベッドに倒れ込み、繋がらない携帯を見つめる。
いつ頃からだっただろうか、彼らと連絡がつかなくなったのは。

弔くんが、俺を捨てたのかな。
黒霧がいなくなって、俺は使いにくくなったもんね。
俺じゃなくても、いいって思えるような人を見つけたのかな。
それなら、仕方ない。
弔くんが、俺を捨てるなら それを選んだのなら。仕方ない。

ゆっくり体を起こしてうんともすんとも言わなくなった携帯をベッドの隅に放り投げて黒いパーカーを羽織る。

「大丈夫、大丈夫だよ」

あの頃に戻るだけ。
最初に戻るだけ。
俺を抱きしめてくれた弔くんの温もりだって、忘れられる。

「こんな時間にどこ行くんだ」

寮のドアを開こうとした時、聞こえた声。
振り返れば薄暗くなったロビーのソファに爆豪が横になっていた。

「外の空気吸いに」
「こんな時間に?」
「別にいいだろ。眠れねぇんだから」

これ以上の追及はないと思って、ドアを開けば待てやと彼の声。

「まだ、何かあんの?また×××くんの話?」
「お前がそれじゃねぇってのは、もう、わかった。悪かった、疑って」

珍しい。
彼の謝罪など聞いたことがあっただろうか。
もう一度振り返れば、彼はソファーに座り直して俯いていた。

「…お前が、×××だって 信じたかった」
「なんで?」
「お前が、得体の知れないもんだから」

爆豪と交わった視線。

「お前の狂気に、名前をつけたかった」
「誘拐されたことで 腕を失ったことで 気が狂った、と?」
「そうだ」

強ち間違っちゃいない。
本当にカンの鋭い男だ。

「怖い?俺が」
「はぁ!?!怖くなんかねぇ!!ただ…見えねぇ。お前、本当にヒーローになりたいんか?なんで、雄英にいる?何も、見えねぇんだよ お前」

つい、笑ってしまった。
こんなやつ、どうしてと思っていたけど 仲間にしていたらそれはそれで面白かったのかもしれない。
何笑ってんだ、と怪訝そうな彼に 息を吐き笑顔を殺す。

「俺はヒーローに救われなかった人間だ」

彼に見えるように持ち上げた右腕。
彼の眉がわかりやすくハの字になる。

「救われなかった人の気持ちがわかる。虐げられる人の気持ちがわかる。俺は、そういう人たちの 救いになりたい。ただ、それだけ」
「そんなに、強い個性があって。お前はデクと同じだと言った。なんでだ?お前の言葉を借りりゃあ、お前はヒエラルキーの上にいたはずだ」
「…錬金術は理解が大前提。理解し、分解し、再構築する」

わかるか?と首を傾げる。

「理解できなきゃ、何も生み出せない」
「…個性はあったけど、扱えなかった…て、ことか」

×××と俺のイメージを切り離したい。
多分 緑谷やオールマイトなんかよりも こいつが1番厄介だ。

「今がどうであれ、虐げられた過去は変わらない。俺を無能だと笑った奴らの顔は一生忘れない。だから、お前みたいなやつは 嫌い」

にっこりと笑ってやる。

「虐げた過去を 忘れ笑う人間が嫌い。虐げた過去を、正当化しヒーローを目指す人間が嫌い。虐げた過去を 押し殺しヒーローになった奴らが嫌い」

彼の方に歩み寄り、ソファに座ったままの彼を見下ろす。

「けどそれ以上に、全てを救えると信じて疑わねぇヒーローが嫌いだ」
「前者は俺だって、言いてぇんだろ。後者は?」
「緑谷出久」

そして、オールマイト。

「仲良いんじゃねぇんか。同じ苦しみを 味わったんだろ」
「そうだね。けど、アイツは 選ばれた」
「は?」

アイツはオールマイトに選ばれた。
けど、その前から違う。
アイツは家族に愛された。
無個性でも、愛してもらえた。
俺とは違う。
殺されかけた、捨てられた。
誰にも愛してもらえなかった。

そんな俺を 愛してくれた人は弔くんだった。
弔くん 先生 黒霧 トゥワイス ヒミコちゃん 荼毘 スピナー コンプレス 義爛 そして亡くなってしまったけど マグネ。
俺を受け入れてくれた 俺の大切な人たち。
大切だった 人たち。

また誰にも、愛してもらえなくなった。
捨てられたのだ、また。
今度は倉庫じゃない。
けど、あの時よりも酷い場所。

「お前、何…言って、」

そっと彼の首に手を伸ばす。
指先に彼の脈動が伝わり、彼がごくりと喉を鳴らした。

「羨ましかった?一緒に目指したはずの人から、アイツは選ばれて。お前は選ばれなかったこと」
「な、んの…話を」
「いいなぁって、思わなかった?奪ってしまいたくなかった?なんで俺じゃない、なんでテメェが。なんで、無個性だったテメェが選ばれて、俺が「やめろ!!」 図星?」

振り払われた手。
微かに熱を帯びたその手を握りしめ、笑う。

「それが、俺の味わってきた感情だよ。選ばなかった、神様ってもんにも、家族にも、友達にも、仲間にも。そして ヒーローって奴にも」

彼の顔が歪む。
噛んだ唇が張り裂けそうだった。
熟れた果実みたいだ、弾け出した赤色は どんな味だろうか。

「よかったね、その弱者の感情を知れて」

微笑んだ俺を見て裂けた唇。
滲む血に手を伸ばし、指を這わす。
痛んだのか少し揺れた肩を無視して、指先についた血を舐める。

「は、」
「あーぁ、勿体ない」

彼の唇から滲む血が どうにもこうにも美味しそうで。
彼の頬に手を添えて、もう一度彼の下唇を親指でなぞる。

「や、め ろ!!」
「え?あぁ、ごめん。つい」
「…デクが選ばれたとか、なんの話だ」

交わった視線。
笑って、指先に付いた血を舌先で舐めとる。

「何って。直々に、教えてるじゃん。あんなに個別に呼び出して 隠してるつもりなのかね?」
「え、は…?」

拍子抜けした顔を彼はした。
なるほどね、爆豪も知ってるのか。
OFAのこと。
カマかけるつもりはなかったけど、こんなにわかりやすく表情に出すとは。

「変なこと言った?」
「え、いや…確かに、そうだな」
「同じパワー系だし。後継者に、とか考えてんだろ?どうせ」

流石は幼馴染ってとこか。
仲良いとは思わないけど、カンは良いし。
何かに気付いたのかもしれない。
それか何かあり、話したのか。
まぁ、どちらにせよ 彼は何かしらを知っている。

「家族に愛されて、No.1ヒーローに選ばれて。アイツは俺にないものをたくさん持ってる。だから今は、心の底から気に入らない。全てが救えると信じて疑わないアイツの目が 言葉が 吐き気がするほど 嫌いだ」

まだじんわりと滲む血を指差して 垂れ流してるとまた舐めるけどと言えば彼は慌てて唇の血を拭った。

「…きめぇ。よく人の血なんか舐めれんな」
「喉乾いた時に、自分の血飲んでたんだよね」
「は?」

垂れ流すの勿体無いよ、と笑えば彼が固まって 俺を見上げてた。
半端に開いた彼のこと口にもう一度手を伸ばして、今度は痛くなるようにその切れたとこに爪を立てた。

「っい、」
「同じこと言わせんなよ」

間抜けだな。
痛みに微かに眉を寄せて、口をだらしなく開けた彼。
ふっ、と笑みがこぼれてしまえば彼は尚更不快そうに眉を寄せた。

「渇ききった喉には、血でさえも。美味しく感じるんだよ」

だから俺は、人の心臓を喰らうようになったんだ。

雨水、泥水を啜って渇きを潤してた。
雨が降らない日照りが続けば 自分の血を飲んだ。
腐った残飯を漁って空腹を満たしてた。
何も見つからない時、腐った自分の腕を齧ってた。
地面を這うネズミさえ、ご馳走に見えた。
あの頃の俺は、よく生きたものだ。

「さてと、外の空気吸うつもりが 話しすぎたな」

彼の唇から手を離し、溢れた欠伸を手で隠す。

「なんて顔してんのさ」
「冗談、だよな」
「何が?」

あんな立派な親がいるのに、と彼は言う。
あの偽物も本物も 外面だけ見りゃ立派だろう。

「そんなん、水道捻りゃ…」
「お金払わないと止まるの知らない?」
「え、」

まぁ水道なんてなかったけど。
設定を重視するならそういう感じだろう。

実際 捻って水が出てくるとこなんて、なかった。
個性で荒れた時代で ホームレスも多かった。
公園の水道なんて、使おうとすれば金を求められた。
おかしな話だ。
けど、それが弱者だ。

「これが、生まれつき 選ばれなかった人間だよ」
「っ、」
「爆豪がここまで、堕ちて来れるんなら…お前の事も少しは好きになれそうだ」

きっと、無理だろうけどね。
けど彼と話したお陰で あの頃の感情が蘇った。
ぬるま湯に使ってた、愛情に甘えてた今が 霞んでいく。
捨てられたなら、それでいい。
枷がなくなったんだ。
そう、思えばいいんだ。

「好きになる気、ねぇだろ」
「よくわかってんじゃん」
「…うぜぇ」

ポケットに手を突っ込んで彼は立ち上がる。
触れてしまいそうなくらい近くなった彼の顔。
微かに血の香りがした。

「いつまで、選ばれなかった人間でいる気だよ」
「ん?」
「お前にゃ選ぶ、強さがあんだろ」

彼は邪魔、と俺を押し退けてエレベーターに向かっていく。

選ぶ強さがある。
なるほど、確かにそうだな。

「ありがとう」
「は!?」

もう何も、躊躇う必要はない。
全て 喰い散らかせばいい。
そういうことだろ?

そっと唇を親指でなぞる。
血が 心臓が 欲しい。
もっと、もっと もっと。
心を満たしてくれるくらいに。

「けどまずは…」

ゆっくりと閉じていくエレベーターの扉。
閉まる間際、爆豪が俺を見ていた。

「賢者の石だ」




戻る

TOP