心臓みたいな真紅の石

個性が発現してから、世界には様々な思想が生まれた。
個性を持つ者を排斥するもの、個性を持たぬ者を排斥するもの、異形系の個性を排斥するもの、異形系を讃えるもの。
種類は上げ出したらきりはないのだが。
世の中に蔓延った思想は人に影響し、大きく そして過激になっていく。
その過激派の1つが無個性排斥主義を掲げる彼ら。

全国に数万人いると言われる彼らの大規模集会。
それが来週末 行われることになっていた。
場所は学校からそう遠くはない大きなホールだった。

先生から譲り受けた本に手を伸ばす。
あの日解読したこの本の中身。
賢者の石の作り方。

「材料は生きた…人間」

これだけ多くの人間が集まるなんて、またとない機会だ。
しかも皆、個性を持っている。

「……行くしか、ないな」

トゥワイスに連絡がつけば黒霧をコピーしてもらうところだが、未だに連絡はつかない。
なら、多少のリスクはあるが自分で抜け出す他ない。

「こんな日の為にある程度調べておいてよかったな」

監視ロボのコース。
監視カメラの位置。
そして、センサーの場所。
1番最初の雄英侵入の時に使った端末もまだ手元にあるのが救いだった。
あの一件から 防犯システムは複雑化した。
セキュリティ管理室は複数に分断されたようだし、前回のように校内にハートイーターの痕跡を残すわけにはいかない。

「ルートの最終確認が必要だな。それから、錬成陣を作るのに時間もかかるはず…」

この集会が行われるホールの下見もしておきたいし…。
一度外出届を出して、武器屋の元へ行った方がいいな。





腕のメンテナンスの為、と外出届を提出し俺は1人 武器屋の元に来ていた。
付き添いの先生をつけるとか面倒なことを言われたがどうにかこうにか言いくるめてきたが。
前以上にそういうところも厳しくなってきているらしい。
外へ出られるチャンスは間違いなく、今後も減っていく。

「あのホールの見取り図?」
「そう」

そんなもん何に使うんだ、という質問には 巻き込まれたくないでしょと笑った。

「…危ねぇことはやめろよ」

俺は情報屋じゃねぇぞ、と言いながらも武器屋がくれた地図を受け取り、ペンを借りる。
あの本の通りの錬成陣をフロアいっぱいに描く。
当日にこれを書くのは無理だな。
事前に書ければとは思うけど、掃除とかで消されるか?
壁とか作る?
いや、どんな個性あるかわからないのに そんな時間あるか?

「ここの掃除の業者ってどんな」
「人の手は週1。基本的にはロボット」
「使ってる種類とかわかる?」

お前本当に何する気だ、と言いながらもパソコンに彼は向き合う。

「これだな、」
「これ監視カメラ?」
「そう」

監視カメラの映像の中動くお掃除ロボット。
雄英でも使っている遠隔操作タイプのようだ。
ゴミを探知して自動で動くタイプのようだから視覚的にわかるものやセンサーに反応するインクは駄目だろうな。
壊すことは出来てもすぐにバレるだろうし、ホールに行かないよう設定してもいつバレるかわからない。
と、なれば錬成陣を仕込んだ上で 掃除できる状態にしておかなきゃならない。

「床面、拡大できる?」
「できっけど…」

拡大され、鮮明化された映像。

「ジョイント式のマット…」

これなら床に直接仕込んで、はめ直せばいけるな。
終わったら床を再構築して、マットを戻す…。
うん、そうしよう。

「ありがとう、武器屋」
「なぁ、心喰…お前、何があった?」
「何が?」

変わった、と彼が言う。
変わったことなんか何もない。
ただ、そう。
昔に戻っただけの話だ。

「心配しないで、大丈夫だから。この見取り図もらうね」
「…気をつけろよ」

監視カメラをハッキングして潜入して、ホール内のカメラに古い映像を流す。
お掃除ロボも止めておかないといけないな。

「時間もないから、急ぐか」

準備できるのは今日だけ。
失敗も許されない。


全ての準備が終わる頃には日が暮れていた。
学校に戻れば 険しい顔したイレイザーヘッドがいた。

「随分と遅かったな」
「すいません。修理に手間取りました」
「…無茶な使い方ばかりしているからじゃないのか」

彼の言葉にそんなつもりはないんですが、と答えて笑った。

「限度は考えろよ。生身と違って、我慢してどうこうなるものでもないだろう」
「間違いありません。以後気を付けます」
「…腕が取れた時の戦い方ってのも…考えておいた方がいいんじゃないか」

確かにその通りだな、と頷いて 今後の課題にしますと答えれば 早く寮に戻るよう言われた。
ここまでは、上手くいっている。
後は当日、抜け出すのみ。





真っ赤な石だった。
新鮮な心臓みたいな真紅の石。
それをライトにかざせばだらしなく口元を緩める俺が映っていた。
耳に残る聞いたこともない阿鼻叫喚。
このフロアにいた数千人の個性を持った人間がこの石になったのだ。
一体、どんな力を持っているのか。
考えただけでもぞくぞくした。

「さ、てと。バレる前に撤収するか」
「お、まえ…何、したんだ」

唯一錬成陣の外に出てしまった青年に歩み寄る。
逃げると思ったのに、腰抜かしてんのか。

「何って?」
「仲間を返せ!!」
「返せなんて、無理に決まってるじゃん。みーんな、これになったんだよ。見てただろ?」

子供だろうな、声がまだ若い。

「安心していいよ。君もすぐにみんなの元にいけるから」
「それに お前、その 個性!雄英のっ「おっと。ダメだよ、そこから先は」っ!?!」

彼の口を塞ぎ、やれやれと首を振る。
やっぱこの個性はバレやすいな。
錬成陣使ってるのも 珍しいもんな。
青年を無効化して、部屋の端に転がす。
目撃者は殺すが部屋を作り直すのが先だな。
床を作り直し、マットを敷き直し ぐるりと部屋を見渡す。

おかしなところは特になし。
防犯カメラも壊れているし。
あとは青年を始末して、ここを出るだけ。

意識がありながらも動けなくなった青年を部屋の真ん中に転がして、青年の前でマスクを外した。
どんな表情を見せるのか、見たかったな。
クラスメイト達もきっと同じような表情をしてくれることだろう。

「さて、改めまして。初めまして、ハートイーターです。よく、俺が誰か気付いたね。中学生かな?雄英に入りたくて調べてた?この個性目立つもんね」

ニッコリと笑って 彼の胸にナイフを突き立てる。

「まぁ、死人に口なし。残念だったね。あと少しで 君はスーパーヒーローに なれたのにね」

ズル、と体から引き摺り出した心臓。
噎せ返る血の香りと久々に触れた心臓。
口の中に広がる血の香りは甘くさえも感じた。

「あァやっぱり、これに限るね」

放り投げた心臓がべちゃり、と音を立てた。
俺はこうやって生きていく。
それしか、生きる道はない。

「ご馳走様でした」

両手を合わせて、緩む口を隠すようにマスクをつけた。


その日の晩。
食堂のテレビは全てニュース速報に差し替えられていた。

数千人の消えた無個性排斥主義団体のメンバー。
間違いなく入ったはずの人々が痕跡も残さず消えた。
そして、その場に残された1体の死体。
鳴りを潜めていた ハートイーターに食い散らかされた欠けた心臓。

「消えたってやばくね?」
「ハートイーターが消したのか?」
「なら死体1個残すようなことしねぇだろ」

クラスメイトたちのそんな会話を聞きながら、ポケットの中にある赤い石を指先で転がす。

「あのワープ野郎みたいな個性とか?」
「何の為に?わざわざ集会する為に集まったんだろ?」
「じゃあ死柄木弔が消したとか」

でも痕跡は残るだろ、なんて 彼らが話す。

「霧矢はどう思う?」
「喰われたんじゃない?」
「ハートイーターに?無理だろ、数千人だぜ?」

そういう個性の人いたかもしれないよ?と首を傾げれば可能性はあるかもしれないなとまた真剣に話し出す。
俺が今日いなかったこともばれていないらしい。
それに、今のところ証拠が出ていないのならそれでいい。

神隠し的な個性なのではないか。
当日の参加者の照会も進めていく。
キャスターはそう言って、やっとニュースが切り替わった。

「中学の同級生にもいたわ。この団体のメンバー」
「老若男女問わず結構、参加してるよな、」

ご馳走様でした、と手を合わせ 席を立つ。
かけられる声に適当に答えながら食堂を出た。
ポケットから出した紅い石。
暗闇の中でも嫌に光を放つ。

「これ、食べたらどうなんのかなァ」

あの本には体に触れさせて使えと書いてあった。
と、なれば体内に取り込むこともできるのだろうか?

「消化されるのかな。てか、どんだけの強度があって、どんだけの耐久性があんだろ」

壊れやすいものならまた折を見て作るねばならない。
その辺りも含めて、どこかで試運転する必要があるだろう。

「どっかのタイミングで練習場借りなきゃな…」



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