お前は誰を殺せる?

11月も下旬に差し掛かる頃。
学校にプッシーキャッツが訪れていた。
ラグドールの個性は戻らなかったそうだが、活動を再開させるという報告らしい。

「タルタロスから報告は頂くんだけどね」

悪いとは思っているんだ、本当さ。
良い個性を見るとつい欲しくなる 僕の悪い癖さ。
返したいのは山々だが…個性を使わなきゃならない。
それでも良ければすぐにでも。

タルタロスの中にいる先生はそう言ったのだと、彼女は言った。

「どんな どれだけの個性を内に秘めているか未だ追及してる状況。現状、何もさせない事が奴を抑える唯一の方法らしくてね」

タルタロスの中の先生は元気に過ごしているらしい。
きっとあの人の事だ、今起きている様々を知っているのだろう。
いつか、助けに行ければいいのだけど。
それをやるのは俺である必要はないか。
首からぶら下げた真っ赤な石。
連絡を取り合う為の懐中時計はもう外してしまった。

数日後発表されたビルボードでは、エンデヴァーが悲願の1位を獲得した。

「やっぱりこうなるよなー」

一緒にテレビを見ていた瀬呂や上鳴が画面を見ながらうんうんと頷く。
そんな時鳴った携帯。
映し出された番号は知らないものだった。

「もしもし、どちら様『俺だ、荼毘』…あぁ」

今更なんだと思いながら 電話を耳に当て、ソファから立ち上がる。
彼らとの連絡手段だったものを持たなくなったから 緊急時の為に教えてあったこっちにかけてきたのか。

『今平気か』
「部屋に移動するから、待って」
『相変わらず友達ごっこしてんのか』

彼はそういう言い方をよくする。
何が言いたいのか、最初から俺を咎めるような言葉選びが多い。

「人のこと言えるのか?」
『は?』

エレベーターが開き、ちょうど降りてきたのは爆豪だった。
一瞬、目を見開いたが そっぽを向いて降りていく。
あの夜以来、絡んでくることがなくなったし 俺への興味は薄れたんだろう。
自室の部屋に入り鍵を閉め、で?と電話口の向こうの彼に話を促す。

『なんだ、機嫌悪いのか』
「別に」
『いつもの番号通じないけど、どうした』

使ってない、と言えば『死柄木たちと連絡とってねぇのか』と少し驚いたような声だった。

「だったら?」
『あァ、そうか。…アイツら、今「どうでもいい。用件は?」は?』

ちょっと待て、どうしたお前。と彼の焦った声。
どうした?なんて、今更だ。

「俺がいらなくなったんだろ?だから、連絡がつかなくなった」
『待て、それは違う』
「そっちが好きにやるなら、俺だって好きにやるよ」

それだけの話だ、と言って電話を切ろうとすれば 俺の話を聞けと彼は少し声を荒げた。

『アイツら今、寝ずに戦闘してんだよ!だから、連絡も…』
「だから?」
『だからって…別にお前を捨てたわけじゃない。死柄木がそんなことするはずないだろ』

どうだろうね、と笑ってやれば 信じないのかよアイツのこと と彼は言った。

「信じる?何を根拠に?」
『何って…』
「お前が知らないだけで、俺を捨てる算段がついてる可能性は?ないって言えるのか?」

電話の向こうの彼が黙り込む。
寝ずに戦闘?
それこそ、俺に声をかけてくれればよかったんじゃないの?
いらないって思ったんだろ、俺の力が。
外に出られないから相談さえしなかったんだろ。
それって結局 俺を捨てたってことだろ。

『なんでそんなに信じらんねぇの、お前』
「信じたもんに裏切られてきたからだろ」
『…俺は、お前を裏切る気はない。だから、一旦俺の話を聞いてくれ。死柄木たちのことは 今は置いといていいから』

じゃあどうぞ?と話を促せば No.2のホークスはわかるよな、と前置きをする。
知らないはずがない。
毎日 テレビを騒がせているんだから。

『アイツが、仲間に入れろと 接触してきた』
「は?」

沈黙。
そして、溜息をついた。

「信頼できんのか?」
『わからない。…テストはするつもりだけど』

ヒーローの接触。
しかも、No.2だと?
裏があると考えてもおかしくはないだろう。

「…決断は急がないことだね。情報はもらえるものはもらっていいと思うけど。こっちの穴になることは知らせるべきではない」
『わかってる、』
「……人を殺せないなら、俺なら受け入れないな」

そうか、と彼は言った。

『ハイエンドってわかるか?脳無の』
「あぁ、なんか そんなん作ってたな」
『それのテストを福岡でやる。そこでホークスのテストもする』

勝手にどうぞ、と言えば 彼は溜息をついた。

『絶対にお前の思い過ごしだ。信じられないなら直接会いに「脳無を出せば、テレビで放送されるだろ。とりあえずそれを見とく。それでいいだろ。」…わかったよ』

電話を切って 机の引き出しを開ける。
電源を切った弔くんたちと繋がるための携帯と懐中時計。

何か理由があるんじゃないかと。
俺のこと、弔くんが捨てるはずなんかないと。
そう 信じたいけど。

「一度裏切られた人間は、臆病になるんだよ」





それから数日後。
テレビ画面の中には、ハイエンドとエンデヴァーの戦闘風景が。
福岡ってことだったし場所の提供はホークスだと思っていたが、なぜわざわざエンデヴァーを連れてきた?
No.1相手じゃハイエンドもテストどころじゃないだろう。
映し出される群衆はパニック状態。
それを諌める声も人々には届かない。
まぁけど、エンデヴァー相手にあれだけ優位に立って戦闘出来ているなら、あれは成功作と言えるだろうな。

「この光景、嫌でも思い出されるのは3ヶ月前の悪夢…」

そんな報道を聞きながら緩みそうになる口を手で覆い隠した。

「これが象徴の不在…!!」

誰かのその言葉に噛み付いたのは一般人の青年だった。

「てきとうな事言うなや!!どこ見て喋りよっとやテレビ!やめとけやこんな時に。あれ見ろや!!」

青年は指差した。

「まだ炎が上がっとるやろが。見えとるやろが!!エンデヴァー生きて戦っとるやろが!!おらんもんやの尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!今俺らの為に体張っとる男は誰や!!見ろや!!」

凄いなぁ。
エンデヴァーってそんなに応援されるヒーローだっけ。
この場を作り出したのが、ホークスだと 同じヒーローだと知ったら どんな風に表情が歪むんだろう。
どんな絶望を見せてくれるかな。
そーだ、ホークスにエンデヴァーを殺させるのはどうだろうか。
それが出来たら 仲間に入れたっていい。なんて。
自分にはもう関係ないって思いながらも そんなこと考えてるんだよな。

戦闘の画面に切り替わる。
ホークスの翼がエンデヴァーの背中を押した。

「戦っています」
「親父…っ」
「身をよじり…足掻きながら!!」

見てるぞ、と轟が叫びが鼓膜を揺らした。

「立っています!!スタンディング!!エンデヴァー!!勝利の!!いえ!!始まりのスタンディングですっ!!」

安心したのかしゃがみこんだ轟に皆が駆け寄る。
視線が画面から外れたその時、見知った姿が映り込む。

「敵連合!!荼毘です!!連合メンバーが!炎の壁を展開しエンデヴァーらを囲い込んでいます!!」
「あいつか…!堂々と…どういうつもりだ」

彼らの視線がテレビに釘付けなうちに、背を向けた。





夜、接触してきたホークスは明らかに怒っていた。
ポケットに突っ込んだ手で、履歴から心喰にかけた電話。

「もっと仲良くできないかな荼毘」
「ザコ羽しか残ってなかったんじゃねぇのか?」
「嘘つきと丸腰で会うわけにはいかなかったからな」

電話に出たかの確認は出来ないが、聞いていてくれればありがたい。
人を見る目は多分、俺よりもアイツの方があるはずだ。

「予定じゃ明日、街中じゃなくて海沿いの工場だったはずだ。それにあの脳無。これまでと明らかに次元が違ってた。そういうのは予め言っといてほしいな」
「気が変わったんだ。脳無の性能テストって予め言わなかったっけか。」

ホークスの表情が微かに強張った。

「しかし違うというならそっちもそうだぜ?適当に強い奴って言ったろ。No.1じゃテストにならねぇ。程度をかんがえろよ」
「No.1に大ダメージ。喜ばれると思ったんだけどな。約束は破ってない。反故したのはそっちだけだ」
「いきなりNo.2ヒーローを信用しろって方が無茶だぜ。今回はおまえの信用テストでもあった。何で今日のアレが死者ゼロで済んでる?俺たちに共感して協力願い出た男の行動とは思えねぇぞ」

やはり、人を殺す 見殺しにする そこが彼の判断材料になるだろうな。
心喰の言う通りで。

「こっちも体裁があるんだって。ヒーローとしての信用を失うわけにはいかない。信用が高い程仕入れられる情報の質も上がる。あんたらの利益の為だ。もうちょい長い目で見れんかね。連合の為を思うからこそだよ 荼毘」
「まァ…とりあえずボスにはまだ会わせらんねぇな。また連絡するよ、ホークス」

彼の横を通り過ぎた時、ホークスとくぐもった声。
まさかと、携帯を引っ張り出せば『ねぇこれ、聞こえてんの』と電話口からの声。

「誰だ!?」
『あぁ、聞こえてんのね。初めまして、ホークス』

微かに声が違うのは まだ機嫌が悪いからだろう。
好きにするなんて、こいつらしくない。
だが、本当にそう思っているのだろう。
先日の集団行方不明も 多分こいつが関わってる。

『ハートイーターです、以後お見知り置きを』

ホークスが俺を睨みつける。
本物だよ、と笑ってやれば 電話の向こうの彼は話は聞かせて貰ったよと笑った。

『信用が欲しいんだろ?ホークス、お前は誰を殺せる?』
「っ!?」
『大丈夫、証拠は幾らでも俺が消してあげる。協力し合おうよ。…ビルボードに乗るようなヒーローになると接触も難しくてね 喰い殺したくてもそうはいかないんだ』

君が殺して、俺が罪を被るよと 心喰は笑う。

『殺し方は任せる。俺が心臓を食べれば どんな殺し方でも ハートイーターの罪になる。ヒーローとしての信用も失わず、俺たちからの信用も得られる。』
「そんなこと、」
『返事は今すぐじゃなくていいよ。行動で、示してくれればいい。一体、誰を殺してくれるのか 楽しみにしてるね』

プツリとと切れた電話。
それが運んできた沈黙。
相変わらず、心喰はぶっ飛んでる。

「アンタの名誉を傷つけないなら、ハートイーターのやり方がいいかもな」
「…何者なんだ、ハートイーターってのは」
「誰よりも、残酷な人だ」

まだ死柄木とは連絡とってねぇのかな。
なんでこんな時の仲間割れしてんだあの2人。
とりあえず死柄木に伝えた方がいいな。


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