狂気


12月に入り、冷え込む日が増えた。
雪も降る日が増え、古傷がというか 義手との接合部が痛むことが増えた。
この時期は毎年 嫌になるなと、痛み止めの薬を飲み込む。

先日、爆豪と轟は仮免を取得し、その日から早速それを行使してきたそうだ。
まぁ、だからどうしたという話なのだが。
それよりも気がかりだったのは、テレビのキャスターが伝えるニュースだった。

一昨日発見された切断された指。
場所は、八斎會の邸宅前。
昨日は保須市のターミナル前。
そして今日、オーバーホールの両腕を奪った中央高速で。
そして共に置かれた マフラーやサングラス。
思い浮かんだのは義欄だった。
ここまでくればわかる。
敵連合に 誰かが喧嘩を売ってる。
じゃあ、誰が?
何のために?
俺は、もう関係ないんじゃないのか?
なんて、頭の中を駆け巡る感情に行き着く先はない。

部屋に戻って 充電器に挿した携帯。
相変わらず 俺の送ったメッセージに既読はなく、代わりに荼毘から何件も連絡が入っていた。

電話帳から出した義欄の名前。
もし本当に誘拐されているのが彼なら、俺が電話してバレるのは良くないか?
逆探知、される可能性は?
俺が動くにはリスクが大きすぎるんじゃないか。
けど、放っておくのか?

少し考えて 代わりに電話をかけたのは武器屋だった。

『どうした、心喰。電話は珍しいな』
「義欄、わかるよね?ブローカーの。ここの所の動向わかる?」
『別の人にも聞かれて調べたけど、ここ数日 連絡が取れてないってよ。居場所を教えてほしいって依頼が何件かきてる』

やっぱり、誘拐されたのは彼?
敵連合を誘き寄せる為の、餌。
生きてはいるのか?
いや、人質なら 殺さないか。

「ありがとう」
『心喰、1人で動く気か。死柄木はどうした?』
「切れた。連絡がつかない。だからもう、1人でやるしかない」

アイツがお前を切ることはない、と武器屋は言う。

「だとしても、今 連絡がつかないことには変わりない」
『無茶だ。相手の規模もわからない。目的も。雄英の中にいんだろ?どう動く?その場所、一度捨てたらもう手に入んねぇぞ』
「わかってるよ」

相手の要求がわかるまで 動くなと彼は言った。
その通りなのかも、しれない。

「…新しい情報入ったら教えて、」
『わかった。いいか?くれぐれも気をつけてくれよ』
「わかってる」

だが、次の日も その次の日も切断された指が見つかった。
これ以上 待ては 出来ない。
動くしかない。





異能解放軍 リ・デストロ。
電話をかけてきた奴はそう、名乗った。
そして、人質になった義欄。

あのデカブツとの戦闘も終わってねぇのに、めんどくせぇ。
けどいい機会だ。

「ザ・地方だな。大きくもなく小さくもなく…」
「雰囲気は好きだ。ムカツクぜ」
「奴が起きるまであと1時間40分。マキアをぶつけるには俺たちが戦ってねェといけねェ。これよう…かなりきついんじゃね。ひょっとして」

愛知県泥花市。
街を見下ろしながら首を掻く。

「ったく何で俺までこんな面倒なことを…。つーか、死柄木、心喰はいいのか」

荼毘の言葉に視線を彼に向ける。

「連絡とってねぇだろ」
「…そんな暇ないのわかるだろ」
「お前に捨てられたってよ」

は?と間抜けな声が出た。
捨てた?誰が?誰を?
俺か?
俺が心喰を捨てたってことか?

「何、馬鹿なこと言ってんだ。俺が心喰を捨てるはずないだろ」
「そういう反応が正解だよな、普通。けど、信じなかった。俺がそう言っても、今戦闘中だって言っても。アイツ、色々 大丈夫か?」

連絡を取らなくなってどれくらいだ?
1ヶ月、いやそれ以上か。
確かに今までそんな長期間離れたことはなかった。
連絡も週一は最低でもしていた。

「無個性排斥主義団体。凄ェ過激派の、わかるか?」
「あぁ」
「1000人近く、殺したぞ。アイツ」

何、やってんだ心喰。
そう思ったけど、恐らくそうさせたのは俺だ。
わかってはいたはずだ。
心喰の狂気を。
それを抑えていたのは間違いなく俺だった。
枷が外れたか?箍が外れたか?

いつだったか、先生は言ってた。
俺が心喰を拾ってきてよかったと。
そうでなければ、俺たちの 先生の 脅威になっただろうと。
アイツは、個性を恨んでいるのだ。
個性を持った奴は皆憎むべき相手。
そう、俺や先生でさえも。

「ドクター、聞こえるか」
『なんじゃ?』
「至急 心喰に連絡を取ってくれ。出来ることなら、ここに連れてきてくれ」

人遣いが荒い、とドクターは言う。
だが、最優先事項だ。
こんなことなら連絡が出来なくなることくらいは 伝えておくべきだった。

「心喰くん、やばいんですか?」
「あのデカブツよりもヤバいかもな」
「え、」

アイツはキレたら何をやらかすかわからない。
無個性の生身でヒーローを殺していたような男だ。
ハートイーター。
それはヒーローという眩い光が生んだ、個性という覆せぬ格差が生んだ 狂気だ。





数日前久々に充電をした方の携帯が鳴った。
知らない番号だった。

通話のボタンを押せば 心喰か?と久しく聞いていなかった声。

「ドクター?ご無沙汰してます」
『声は元気そうじゃな』
「えぇ、おかげさまで。丁度良かった、一つドクターに聞きたいことがあって」

そう言った俺の言葉は 死柄木が狙われている、というドクターの言葉に遮られた。

『気づいとるじゃろ?賢いお主なら』
「義欄が人質ですよね。敵連合を呼び出してるのは薄々と」
『今し方、戦闘が始まった。お主も 行くか?』

今更?と言えば ドクターは笑う。

『行かぬというならそれでいい。だが、死柄木は死ぬかもしれんな』
「弔くんが死ぬ…そうか、それは困るなぁ…勝手に死なれちゃ、困る」

時計を見る。
戻れなくなるリスクは ある。

『…どうする、心喰』
「飛ばして貰えますか?」
『戦闘が終わるまでは、戻れんぞ』

わかってる。
タイムリミットは、明日の夜。
今日が土曜日で良かった。
週末は基本的に部屋に籠る。
ご飯を食べない日もないわけではない。
1日くらい怪しまれることはない。

部屋の鍵を閉めて、しまいこんでいたローブを羽織る。
そして、顔にマスクをつけた。

『良いか?』
「はい、お手数おかけします」
『行った先で、躊躇う必要なんかない。個性を持った者しかおらんよ。好きに、暴れてくるといい』

口から溢れる黒い液体。
この感覚も久々だ。
液体に飲み込まれ、着いた先は 知らない街を見下ろす丘だった。
所々戦闘が始まっているのか 白煙が舞う。

弔くんはどこだろう。
いや、どこだっていいか…。
俺は別に、助けに来たわけじゃないんだ…

ネックレスを握りしめる。
真紅を隠す銀が溶け、胸に触れた。

「俺の手で…壊してしまおう。俺を捨てる、弔くんなんて」

両手を合わせ、地面に触れた。
丘から伝っていく爆破。
立ち並ぶ家々が崩され、壊され 土煙をあげる。
人の悲鳴が、聞こえた。

「あれ、」

壊した所から湧き出てきたのは 大量のトゥワイス。
あんなに増えれたんだ、と他人事みたいに考えて その発信源に飛び込んだ。

「何してんの」
「心喰!?さっきの爆破お前か!?こいつにそんなことできるわけねぇだろ!?」
「それ、ヒミコちゃんだよね?」

冷たいんだ、とトゥワイスが言った。
血が必要だ、治さなくちゃ そんな言葉を聞きながら 彼女を見下ろす。

助けるのか?
このまま、放っておけば死ぬ。
目撃者はトゥワイスしかいない。
一緒に殺してしまうか?

「助けてくれ!心喰!!助からないさ、もう」

マスクを取ったトゥワイスの目に涙が浮かぶ。

「俺の、居場所なんだ」

彼は縋るように俺のローブを掴んだ。

「頼む、頼むよ心喰。お前しかいないんだ」
「…離して、トゥワイス」

自然と溜息が出た。
知っているさ、俺にとってもそうなのだから。
ここが居場所だった、唯一の。
初めて自分を受け入れてくれた場所。
失いたくない。守りたい。
その感情は俺にだってあった。
そう、愛していたんだ。

「心喰…また、失うのは嫌なんだよ」
「離せって言ってんのが聞こえない?」

ビク、とトゥワイスの肩が震えた。
そんな彼から目を逸らせば縋り付いていた手が力無く離れていく。
絶望したその表情には見覚えがあった。
窓硝子に映る幼い頃の自分はいつもそんな顔をしていた。
世界に絶望して、生きる希望もなくて。
圧倒的 弱者。底辺。それが俺だった。
その絶望が当たり前だと思ってた。
あの絶望に並ぶ絶望は死を目前にしなくちゃ理解されないと思ってたけど 違うんだな。
大切なものを失うこともまた、絶望を運ぶのか。
だから俺は 俺を捨てたかもしれない弔くんを許せないんだ。
絶望、したくないから。

「ヒミコちゃんを寝かせて」
「え?」
「俺が治すって言ってんの。早く」

トゥワイスの目に光が戻り、ありがとう ありがとうと声が聞こえた。
賢者の石使いながらの医療錬金術は初めてだ。
どこまで扱えるのか。
潰れた右目…治せるのか?

「…傷は治せる。右目は、わからないけど」
「本当か!?そんなはずない!!」

彼の頬に手を添える。
そして、微笑んだ。

「殺させないよ、大丈夫。俺を信じられるよね?トゥワイス」


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