駆け引き

邪魔だからそれ、退けといて。
心喰はそう言ってリ・デストロを指差した。

「巻き添え食って、死んでいいなら放っておいていいけど」

脅しのようなその言葉にトランペットは慌てて 助けに行けと命令をした。
更地の真ん中、死柄木と心喰が向かい合う。

「どうなってんだよ、これ」

駆け付けたトゥワイスや荼毘、コンプレスが彼らを見て言った。

「そんなん、俺が知りてぇよ…」
「彼は…一体…?」

運ばれてきたリ・デストロに「ハートイーター」と荼毘が答えた。

「なっ!?」
「ハートイーターって…」
「本物?」

初めて見た、と彼らは口々に言った。
俺だって初めて会ったときはそうだった。
あのハートイーターが目の前にいるって。
けど、アイツは結構普通の奴だった。
トガや荼毘と違ってちゃんと話は通じるし。
結構普通の奴で、ヒーローに対してはネジ1本や2本ぶっ飛んでる考え方だったけど。
それでも、死柄木を大切に思ってる ごくごく普通の少年だと思っていた。
2人の信頼関係は揺るがないもんなんだ、と初めて会った時から思っていたのに。

なんでこの2人が戦ってる。
そう思うのに、言葉は出てこない。
止めに行くぞ、と皆で近づきはしたが 入る隙など一瞬もない。
殺し合いのように見えるのに、戯れているようにさえ見える。
なんで2人ともそんな楽しそうなんだよ。

元々 ギガントマキアとの戦闘で疲弊していたのに、続け様にリ・デストロとの戦闘。
限界など超えていたのだろう、死柄木の脚が縺れたのを心喰が見逃すはずもなく、心喰は死柄木を押し倒した。
見たことない赤い石が彼の眼前で揺れた。
にんまりと笑い、死柄木の胸にナイフを突き立てた時、死柄木の両手が心喰の頬に伸びる。

「心喰、戻って来い」

右手の4本の指と、2本になった左手の指が大切そうに頬を撫でていく。

「今更?」
「寂しい思いをさせたのは悪かった。お前なら平気だと思ってた」
「そうだろうね」

もう置いて行ったりしないよ、と死柄木は言う。

「最期まで愛してやるから」

右手の最後の指が心喰の頬に触れた。

「最期は 愛されて 死んでやるから」

仮面が崩れ ぽろ、と彼の頬が崩れ始める。

「頷け、心喰」

心喰は何も言わない。
苦悶の顔を浮かべるでもなく その手を振り払うでもなく。
ただ真っ直ぐと死柄木を見つめる。

「…頷いてくれ」

焦っているのは多分 死柄木の方。
崩れ始める頬から 指を離したいんだろう。
ただ、駆け引きなのだ。
いやチキンレースというべきか。

「心喰、」
「馬鹿だなぁ」

心喰が笑った。
崩壊が止まったのを見ると 無効化されたのだろう。
突き立てたナイフをぐっと押し込んで 心喰が愛おしそうに目を細めた。
死柄木は痛みに顔を顰める。
それさえも、愛おしそうに心喰は笑っていた。

「弔くんは特別に、sexしながら その心臓を抉り出してあげるね」
「は?」
「その後に 血の一滴も残さず喰べてあげる。そしたら、俺の血肉となって死ぬまで一緒にいられるよね?」

ナイフを抜いて 刃先に付いた血を心喰の赤い舌が舐めとった。

「…腹壊すぞ」
「大丈夫。火は通すから」

なんの話だよ、って思わずにはいられないが どうにか平和的に収まったらしい。
手袋を変えて両手を合わせ、頬に触れれば崩壊が進んだ場所が治っていく。

「心喰!!」

駆け寄った俺たちを見て彼は久しぶりと穏やかな声色で言った。

「怒ってたんじゃないのか?案外すんなり許したな?」

1番に話しかけたのは珍しくも荼毘だった。

「弔くんにとって、俺が敵になったら邪魔なはずなんだよね。もし俺を本当に裏切ってたなら 最後俺の頬から指は離さなかった」
「え?」

てっきり無効化を使ったんだと思ってたけど…違うのか?
死柄木の方を見れば 顔を背けていた。

「本音を見極めるためのチキンレースで、負けたんだよ 弔くんは。俺は無効化は使ってない」
「…自分がチリになるとは思わなかったのか?」
「まぁ、ギリのとこで無効化すれば俺は死なないから 両手があれば修復できるし。てかまず、本気で俺を裏切るつもりだったなら 真っ先に腕を潰したはずだから。それをしなかった時点で わかってはいた。けど、一度裏切られてるから 試した」

頭おかしいだろ、お前と荼毘が言った。
それに対して今更だよね?と心喰は首を傾げる。

「心喰。とりあえず、傷治せ」
「あぁ、うん」

立ち上がり心喰に歩み寄ろうとした死柄木の体がふらりと倒れる。
それを抱き止めて 心喰は呆れたように溜息をついた。

「何をしてたのかはもう予想はついているけど、埃と土と血汗の匂いが酷い」
「…うるせぇ」
「手当も何も、まずもって汚すぎ」

死柄木を抱えたまま、両手を地面につけばまた爆発音。
今度は水が溢れ出してきて、それが死柄木を濡らした。
白い湯気が出てる所を見ると水ではなくお湯にしてあるんだろう。
死柄木は大雑把かよと 呆れたように笑った。
濡れた服から水が抜かれ、死柄木の体に両手を添える。

「…本気だったろ」
「うん?」
「殺すつもりだっただろって、言ってんだよ」

心喰はそんなことないよ、と笑いながら言った。

喰べてあいしてあげるつもりだっただけ」
「…同じ、意味だ…それ。あーくそ…眠ぃ…」
「いいよ、寝てて。…おやすみ」

心喰は死柄木の体を大切そうに抱き締めて、彼の髪の撫でた。

「…俺が起きるまでは…せめて、いろよ」

あぁ、そうだ。
結局この2人はこうなのだ。





目が覚めたら心喰はいなかった。

「心喰は…?」
「学校戻ったぜ?ギリギリまで待ってたけどな」

スピナーはそう言って連絡してやれよと携帯を差し出した。

「…心配してたぞ」
「トドメを刺したのはアイツだろ」
「…まぁ、確かに」

もう怒ってなかったか、と呟けば 大丈夫だろとスピナーは笑った。

「来週決起集会をする。それには来るってよ」
「…そうか」

ひび割れた腕。
だが、痛みはない。
可能な限り 心喰が治してくれたんだろう。

「…そうだ、錬金術…」
「ん?」
「アイツ、隠しもせずに使っただろ」

それがどうしたって言葉に 箝口令をひけと言った。

「なんで?」
「錬金術はアイツが雄英で使ってる個性だ」
「っ!?」

そうだ。
そう言われれば確かに、見たことある。
地面を伸ばして戦っていた 地面を爆発させて戦っていた生徒。

「…霧矢、心」
「そういうことだ。別に潜入してることはお前らには隠しちゃいなかったが、解放軍の方には伏せておく。あれだけの人数がいるんだ。外と通ずる奴がいてもおかしくない」
「…わかった」

スピナーが部屋から出ていくのを見送って、久々に触れた携帯から心喰に電話をかけた。
数回のコール音そして彼の声。

『おはよう、お寝坊さんだね。弔くん』
「…うるせぇよ。約束守れよ、起きるまでいろって言っただろ」
『守るつもりだったけど、流石に学校放り出すわけにはいかないでしょ』

無事か、と問えば当然と彼は笑った。
それなら良い。

「錬金術、使うなって言ったろ」
『あぁ、ごめんなさい。ちょっと、試したいことがあって』
「試したいことって?」

そう言えば力試しとか言ってたっけ?

『先生から貰った…と、ごめん。誰か来たからまたゆっくり話せる時に』
「あ、おい?!」

切れた電話。
最後に聞こえたノックの音。
部屋に誰かが来たんだろうな。

「…そろそろ、学校潜入も終わらせるか…」

その辺りのことも…ドクター含めて話す必要があるだろう。





「はーい」
「よ!飯行こうぜ」

ドアを開ければ瀬呂と上鳴がいた。
やはり夕飯前に帰ってきておいてよかったな。

「あぁ、行く」
「お、珍しい!週末はよく断られるから」
「ただ お腹すいてただけ」

エレベーターで1階に降りれば先に来ていたのか切島と爆豪がいた。
こちらを見た切島はここ座れよ!と片手を上げて 爆豪は何を言うわけでもなく箸を動かしていた。

「つーか、見た?あのニュース」
「泥花市のやつ?」
「そう!」

昨晩帰ってきて、深夜の速報でそのニュースが流れた。
そこからはその話で持ちきり。
俺が目にしていた光景とは幾分か違うから 誰かしら裏で手を引いているんだろう。

「ここのところ活発じゃね、敵」
「ハートイーターもこの間動いてたしなぁ」

焦るよな、と切島が言った。
彼らの成長は著しい。
焦りがあるのは、こちらとて変わらない。
力が必要なのだ。
テレビから自分の食事に視線を戻せば 何故か真っ直ぐ爆豪が俺のことを見ていた。

「なに?」
「…別に、」
「そう」

何か言いたげだった。
けど、何も言わなかった。
怪しまれる行動はしてないつもりだけど、無駄に鋭いからなぁ。

「…吹っ切れた面してる」

爆豪は小さな声でそう言った。
何が、と瀬呂たちは俺たちを見る。

「選んだのは 俺だからかな」

顔を顰めた爆豪に笑いかける。

「お前が気付かせてくれた強さだ」


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