最期かもしれないですね
ヒーロー科全生徒の実地研修実施。
所謂、インターンを全員がやれという指示を受けたのが冬休みを目前にした日だった。
なんでいきなり、と思いながら配られて資料のページをめくる。
候補として挙げられるヒーロー事務所の中にホークスの名前を見つけ、手にしてたペンをトントンと机にぶつけた。
荼毘の言う通り、霧矢心ならホークスに近づくことはそう難しいことではないだろう。
常闇あたりに接近して、会うこともできなくはないだろうし。
だが、それで本当に良いのか?
俺たちが知りたいことはそんな、表層にあるものだとは到底思えないのだ。
しかもこのタイミングでの強制インターンなんて。
まるで、兵を集めているみたいじゃないか?俺たちのように。
「急だが、提出期限を守って出してくれ」
それじゃ、と相澤先生が出て行くのを見送り盛り上がるクラスメイトたちを他所にその資料を鞄にしまった。
自分が自由に動く為には超常解放戦線の所属のヒーローの所に行くのが楽か。
けど、霧矢心がハートイーターであると明かす必要がある。
弔くんにも誰も信頼するなと言われてるし、やめた方がいいのか?
けど下手にインターンに時間を取られたら俺は自由に動けないだろうし。
まぁ、抜け出す個性はあるにしてもな…。
自分の部屋に戻り、配られた資料を机の上に広げた。
誰かと一緒に行くのもありか?
自分1人に目を向けられるよりは良いだろうし。
監視したい奴がいるとすれば、緑谷と爆豪くらいか。
けど、あの2人が一緒に行くことはないか。
となれば…緑谷だよな。
「けどなぁ…」
オールマイトがOFAを知る人にインターンを託す可能性はあるよな?
そうなれば俺はそこに行くのは難しいだろう。
ホークスの所もありといえば、ありだが。
荼毘に聞くところ、随分と自由に飛び回っているらしい。
俺にはそれに追いつくだけのスピードはないし、振り切られるのがオチだろう。
ホークスの事務所のサイドキックは好き勝手やったホークスの後処理がメインだと聞いたし。
「…困ったな」
とりあえずインターンに行くことを弔くんに連絡すれば、既読がついてすぐに電話が鳴った。
『今平気か』
「うん、大丈夫。どう思う?」
『…超常解放戦線に所属するヒーローの所へは行くな』
やっぱり?と言えば下手にお前に近付かせたくないと彼は言った。
『錬金術は目立つ。そこにいることもバレたら面倒だろ』
「だよね。そしたら、それ以外のところかな」
組織の人以外、となればホークスも候補から外れる。
最近のチームアップについても調べてはみたが、やはり彼の言う通りエンデヴァーが多かった。
あの2人が親しくなるのはなんだが意外だけど。
荼毘のハイエンドの実験の時も、ホークスはエンデヴァーといた。
『…行き先が決まったら連絡は入れてくれ』
「了解。…ちょっと、考えてみるよ」
もう少しすれば弔くんとは連絡が取れなくなる。
ドクターの元で、新たな力を求めるから。
『そういえば、』
「うん?」
『心喰が送ってくれた賢者の石ってやつについて見させてもらった。それって別の個性の増強には使えたりするのか?』
弔くんの言葉に「それは考えてなかったな」と答えて首にぶら下げた石を掌に転がす。
『正直、どういう原理はわかってないけどな』
「それは俺も」
『…ただ、先生が残したものだ。それだけで終わるとは…思えないな』
それは俺もそうだ。
使い方はまだ、ある気がするのだ。
だがなにぶん、資料がない。
下手すれば自分を犠牲にすることになるかもしれないし。
「その辺についてもまた、追加情報があれば連絡する」
『あぁ、そうしてくれ』
「それじゃ、また」
▽
その日は朝からとても寒かった。
冷える部屋の中、義手の接続部分がひりつくのを摩りながらカーテンを開ければ雪が舞い落ちていた。
「…寒いわけだ…」
弔くんに初めて出会った時も、こんな風に雪が降っていた。
両親に捨てられたのは夏。
それから残飯を漁り、ネズミや虫、雑草を食しなんとか秋を越えた。
怪我をした腕は気づけば動かなくなり、食料がなくなり始めた秋の終わりには食べれるものは腐った腕くらいのもの。
痛みは感じなかった。
味もあったかどうか、もう覚えてはいない。
ただ、そこまでして生きようとしていたのは何故だったのだろうか。
気づけば体は動かなくなり、目の前も霞み、ゴミのベッドに蹲っていた。
目を閉じればもう、起きれない気がして必死になって落ちてくる雪を数えていた。
コンコン、とノックの音に過去から急に現実に引き戻される。
朝から誰が、とカーテンを閉めて部屋のドアを開ければ瀬呂と上鳴が笑顔で立っていた。
「おはよう」
「…おはよ。何?朝から」
「何って今日なんの日か忘れたのかよ?クリスマスだぜ?クリスマス!」
パーティするって言ってろ、という言葉にそういえばそんな事話していたか…。
プレゼントを用意しろと言われて、ネット通販で物を買ったのを思い出す。
「とりあえず!これに着替えて!」
「…なにこれ」
「サンタさんに決まってんだろ」
サンタさん。
聞き覚えのない単語だった。
そういえば、冬になるとこれとよく似た赤い服を着た人をよく目にした。
チカチカと眩しいライトとその赤い人はなんとなく覚えている。
そうか、あれがサンタさんというのか。
弔くんに拾われてからも、出会うことのなかった存在だ。
「…え、知らん?嘘だろ?ほら、クリスマスにプレゼント持ってきてくれんじゃん??いい子にしてると来てくれるって子供の頃やったろ?」
「あ、待って。すごい今更だけど宗教的な問題であれだった?」
強制参加だからな!と言っていた彼らが気まずそうに顔を見合わせる。
「…そういうんじゃないから…いいよ、気にしなくて」
「あ、まじ?よかったー」
「…着替えればいいんだっけ?ちょっと待ってて」
友達ごっこ、と荼毘は笑うだろうな。
俺もそう思うよと内心思いながら、部屋のドアを閉める。
部屋着を脱いで、曝け出された義手の繋ぎ目をもう一度摩った。
「……いい子にしてたら来てくれる…ね」
それなら俺のサンタさんは弔くんだったのだろうか。
こんな事言ったら何言ってんだって嫌な顔されそうだな。
羨ましいかった。
恨めしかった。
キラキラと光るイルミネーションも、両親に手を繋がれ笑う自分とそう変わらぬ子供たちも、いつもよりいい匂いが立ち込める街中の響き渡る楽しそうな声も。
冷たい体を抱いて、俺はそれをただただ光の差し込まない細い裏路地から見ていたんだ。
「……嗚呼、心臓が喰いたい…」
誰でもいい。
幸せそうに笑っている奴の幸せを喰い散らかしてしまいたい。
赤い服に袖を通して、これなら血の色も見えないだろうなって笑った。
折角だからこの服で今日は外へ出よう。
それで、絶望をプレゼントして回ろう。
うん、悪くない。
「悪い、待たせた」
部屋を出れば2人は嬉しそうに笑う。
素直に着てくれるとは思わなかったと瀬呂が言えば上鳴もうんうんも首を縦に振った。
「服なんてなんでもいいよ」
人によってデザインが違うのか、俺のにはフードが付いていてそれを被りエレベーターに乗った。
▽
エリちゃんをクリスマスパーティーに連れて行けば、緑谷たちに囲まれる彼女は笑顔を見せる。
少しは放っておいて平気だろう、と離れたところに腰掛けてぐるりと見渡せば少し離れた所に霧矢の姿があった。
意外なことに皆と同じようにサンタの服に身を包んだ彼はパーティーには目を向けず、窓の外を見つめていた。
「…お前は、行かないのか」
彼に歩み寄りそう声をかければ、フードの下から彼の目が俺を見上げた。
「こういうの興味ないんで」
「サンタの服は着てるのにか?」
「…逃げる方が構われるでしょ?爆豪みたいに」
唐揚げを頬張った彼はちら、と爆豪を見てからすぐに視線を逸らした。
「一理あるな」
「…素直に受け入れて、傍観してるのが1番楽なんですよ」
彼の隣に座ればそれを拒むこともせず、彼はもぐもぐと咀嚼を続けた。
「…先日のメディア演習は散々だったな」
「まぁ、必殺技もないですし。高尚な思いも持ち合わせちゃいないんで」
この男は相変わらず、扱いにくい。
いつまで経っても、何がしたいのかわからないのだ。
ヒーローとしての素質は十二分にある。
ある、はずなのにどこか人とずれている。
現実的すぎる思考。
目的の為ならクラスメイトでさえ、犠牲にできてしまう。
しかも、最近は妙に緑谷には当たりがきつい。
選ぶ言葉はまるで刃だ。
「お前は…緑谷と、仲悪いのか」
「はい?」
「他人に興味がない割に、緑谷にだけは当たりがきついから」
俺の言葉に彼はそうですね、と笑った。
「理想論は嫌いなんです」
「…ヒーローには理想も必要だぞ」
「それ、合理的ですか?」
言い返す言葉がなかった。
俺が言い淀んだのに気付いたのか彼はすいませんと笑った。
今度は鶏肉を頬張って、彼は口の端についたソースを指で拭った。
プレゼント交換するぞー、と声がかかり 彼は気怠そうに立ち上がる。
「夢と理想で飯が食えたら苦労しないですよ」
こちらを振り返り、彼はそう言った。
「クリスマスのチキンやケーキを与えられていれば、サンタさんって奴が俺の元にも来てくれてれば…少しは夢を見れたかもしれないですね」
「霧矢…お前、「霧矢!早く早く!!」」
俺の言葉を芦戸の声が遮った。
霧矢もそちらに返事をして、歩き出す。
腕を失った幼少期。
彼にクリスマスなど、あったのか。
サンタなんて、親がいるから作り出された幻想。
「霧矢!」
いつもより声が上擦った気がする。
名を呼ばれた彼は少し驚いたように目を開く。
「イレイザー?」
「…いや、すまん。今を楽しめよ」
彼は目を瞬かせ、笑った。
「どうしたんです?」
「…来年も同じように全員で…迎えられるとは限らないだろ」
誰が死ぬとか、そういうことを言いたいわけじゃない。
ただ、頭を過った彼らがこれからも敵連合との争いの渦中にいることを。
インターンの裏側に隠された公安の本音を。
来年のクリスマスが平和に訪れる保証など、ないんだ。
学生であれ彼らは、そして俺たちは命を落とす可能性と隣り合わせだ。
失った友の命を思い出し、少しだけ胸が痛んだ。
なのに、彼は平然とした表情で淡々とした声で「あぁ、たしかに」と答えた。
「最期かもしれないですね」
彼は俺に背を向けて、クラスメイトの輪の中に溶け込んでいく。
「アイツ…」
見間違いか?
いや、そんなはずない。
アイツ…最後笑ってた。
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