「俺がお前たちを育ててやる。だがその前に貴様ら三人のことを教えろ。知らん」

俺たちの面倒を見ると言ったエンデヴァーは腕を組み、そう言った。

「今貴様らが抱えている課題。出来るようになりたいことを言え」

緑谷が長々と自分の黒い紐のようなものの説明を始めるのを右から左に聞き流す。

「次、貴様は?」
「逆に何が出来ねーのか俺は知りに来た」

爆豪の言葉にバーニンが笑う。
だが、爆豪の目は真っ直ぐだった。

「本心だクソが。爆破はやりてぇと思ったことは何でもできる!1つしか持ってなくても1番強くなれる。それにもうただ強ェだけじゃ強ェ奴になれねーってことも知った。……No.1を超える為に足りねーもん見つけに来た」
「いいだろう。…最後、貴様は?」

エンデヴァーの目が俺を射抜く。
そして、隣に並ぶ彼らの目も俺に向けられる。
嘘を並べようと思った。
けど、きっと 意味は無いとなんとなくわかった。

「……俺は、地獄を生きてきた」

視界の端で爆豪が顔を顰めたのが見えた。
お前はこの一言の意味がきっとわかるだろう。
なんだかんだ、俺に1番踏み込んできてるのはお前だから。

「エンデヴァー、アンタは地獄を見たことはあるか?」

怪訝そうな顔を彼はした。

冬は嫌いだ。
義手の付け根がじゅくじゅくと痛むから。
指先から、凍りつき壊死していくから。
夏は嫌いだ。
気温が高いし、飯が腐るから。
傷が腐るのが早いから。
春も秋も嫌いだ。
四季は、俺を救いはしないから。
大人も子供も嫌いだ。
弱い者は見て見ぬふりするから。
ヒーローもヴィランも嫌いだ。
個性を振り翳すから。

「きっと、ないだろうな。本当の地獄は 選ばれなかった選ばれたの人の目にしか映らないから」

義手で自分の胸元にあるネックレスを握りしめた。
力が欲しい。オールマイトを、緑谷出久を殺す為に。
力が欲しい。ヒーローを殺す為に。
力が欲しい。個性をこの世界から無くす為に。

「地獄を、救う為に力が欲しい。その為に…ヒーロー地獄を知らない人間を利用しに来た」

そう言って笑った俺に彼は眉を顰め、わかったと答えた。
無言で俺を小突いた爆豪に視線も向けず「邪魔するな」と言えば、思った以上に地を這うような声になっていた。

「では早速…「俺も、いいか」ショートは赫灼の習得だろう」
「ガキの頃お前に叩き込まれた個性の使い方を右側で実践してきた。振り返ってみればしょうもねぇ…お前への嫌がらせで頭がいっぱいだった」

轟は自分の手を見つめた。

「こいつらと…皆と過ごして競う中で…目が覚めた。エンデヴァー、結局俺はお前の思い通りに動いてる。けど覚えとけ。俺が憧れたのは…お母さんと2人で観たテレビの中のあの人だ」

握りしめた両手。
そして、真っ直ぐ向けられた目。

それを見た瞬間、全身に鳥肌が立つ。
興味がなかったけど、俺は多分彼もダメだ。
その姿がどことなく、緑谷と重なったからだ。

「俺はヒーローのヒヨっ子としてヒーローに足る人間になる為に俺の意志でここに来た。俺がお前を利用しに来たんだ。都合良くて悪ぃなNo.1。友達の前でああいう親子面はやめてくれ」

エンデヴァーは黙り込み、そして「ああ」と短く答えた。
そして背を向け歩き出す。

「救助、避難そして撃退。ヒーローに求めれる基本三項。通常、救助か撃退。どちらかに基本方針を定め事務所を構える。俺はどちらでもなく三項全てをこなす方針だ」

新たなNo.1の背中を眺めながら、義手を摩る。

「管轄の街を知り尽くし僅かな異音も逃さず、誰よりも早く現場に駆け付け、被害が拡大せぬよう市民がいれば熱で遠ざける。基礎中の基礎だ。並列思考、迅速に動く。それを常態化させる。何を積み重ねるかだ。雄英で努力をそしてここでは経験を。山の如く積み上げろ。貴様らの課題は経験で克服できる」

この冬の間に1回でも俺より速く敵を退治してみせろ。

大きな背中はそう言った。
燃ゆる炎の熱が俺の頬を生暖かく撫でた。
その温度に、吐き気がした。





歪な男だと思った。
アルケミスト。
錬金術という特異な個性を持つ彼は どうしてもヒーローを目指しているようには見えなかった。

「貴様は、」
「はい?」

地獄を生きたという男の腕は今時珍しい義手だった。
体育祭では確か、バクゴーとの戦闘中に腕を落としていたはずだ。
その目に何が映っているのか。
俺に向けられても 自分が映っているとは到底思えなかった。

「あの…?」

俺を恨む敵の目とも違う。
ショートが俺に向ける目とも違う。
闘志が宿るバクゴーとも、オールマイトを彷彿とさせるデクとも。
じゃあ何だ、と言えば 嘘を言っていたホークスのようなチグハグさのようで凶悪な敵のような禍々しさで そして、何も知らぬ純新無垢な子供のようで。

「貴様は、俺を利用して…どんな力が欲しい?」
「どんな、」
「俺を利用するのは構わん。そこから何を得たい」

彼は首を傾げた。
他の者よりも感情の見えない表情でごくりと昼食のパンを飲み込んだ。

「力に種類がありますか?」
「…守る力、勝つ力…支える力、あげ出せばいくらでも出てくるだろ」
「そうですね。そしたら、世界をひっくり返す力が欲しいです」

地獄を救い出すには、掬い上げるにはそれが必要なんだと彼は笑った。
その後ろ、バクゴーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
ホークスに絡まれていた時も、バクゴーは彼を止めていた。
全く言葉を交わさぬデクやショートよりは親しいのかもしれない。

「貴様が求めるものは…遠いぞ」
「知ってます」
「…その個性上、機動力は他3人には劣る」

はい、と彼は頷いた。

「だが、気付きは…誰よりも早い。硝子操作の敵を俺が見つけた時。貴様も気づいていたな?」

後ろの3人の目がアルケミストに刺さった。
それを知ってか知らずか彼は穏やかに微笑みそれが何か、と首を傾げた。

「割れた硝子の修繕をしようと思ったのは何故だ」
「適材適所ですかね。貴方の言う通り機動力が劣る俺が追いかけたところで無駄足だろうし。個性を暴走させるような奴もいますから」

誰とは言わなかったが、今度はデクが苦虫を噛み潰したような顔をした。
あの使い慣れていない方の個性の事だろう、と容易に想像がつく。

「せめて、硝子1枚でも…貴方の炎の熱さからから 轟の氷の冷たさから 爆豪の爆破の強風から…そして、降り注ぐ硝子の雨から…守る盾があれば…と。思っただけです」
「……そうか、」
「まぁ、その盾を叩き割るような奴もいるでしょうけど」

チラ、と視線をデクに向けたアルケミストは一層穏やかに微笑むのだ。
その瞳に滲むものは決して、良いものには見えなかった。
けれど、見覚えもあるのだ。
俺が、オールマイトに向けていた それに…似ているのだ。





「スケプティック…だっけ?どこにいる?」

決起集会以来に踏み入れたアジト。
部屋の場所など覚えているはずもなく適当にドアを開け 中にいた人に声をかける。
名前も知らぬ戦士達は慌てて立ち上がり背筋を正す。
そして、その中の1人が震える声で部屋の場所を教えてくれた。

「ありがとう」
「あ、あの!ハートイーター様!」

様?
何故その敬称が付いたのか不思議に思いながら振り返れば、中学生くらいの少女がぎゅっとその手を胸の辺りで握りしめていた。

「い、以前!助けて頂いたことが…あるんです!!あの時、お礼をお伝えできなくて…!」
「……女の子助けた記憶ないけど」
「間接的に救われただけだから、知らなくて当然です。私を、虐めていた人を…ハートイーター様が殺してくださったんです。あの日から…ずっと、お礼を伝えたかった…ありがとうございます」

ぼろぼろと涙を流しながら貴方は私のヒーローなんです、と言った。

「ヒーローはやめて、虫唾が走る」

どうしたものか、と考えてからはぁ、と溜息をつく。
震える少女に歩み寄り、溢れて止まらない涙を拭う。
見開かれた瞳に仮面の俺が映っていた。

「救われたと言うなら、俺の為に戦って」
「っ、、はい!!」
「俺の為にヒーローを殺して。その心臓を持ってきてくれる?」

少女は何度も頷いた。

「ハートイーター様の、仰せのままに」
「待ってるね、」

こんな姿、弔くんや荼毘が見たら笑うだろうな。
けど使えるものは使って損は無い。
流れる涙をもったいないなぁ、と思いながら 背を向けた。


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