まだその時じゃない

「スケプティック」
「!?!ハートイーター…?」
「急に悪いね。今少しいいか?」

驚き立ち上がった彼は少しの沈黙の後、腰掛けた。

「どうしたんだ、急に…」
「頼みがあるんだけど」
「分かった。長くなるなら飲み物くらい「あぁいいよ気にしないで。直ぐに戻る予定だから」…それなら…」

促され腰掛けたソファ。
気まずい沈黙の後、「それで…」と彼は髪の隙間から俺を見つめた。

「爆弾、作れたりしない?」
「は?」
「今まで頼んでた人、外部の人だからあんまり巻き込みたくなくて。機械類に長けてるって聞いてたんだけど。なんていうか、小型のカメラに爆弾をくっつけてほしいんだけど」

きょとんとしてる彼にわかりやすく自分の求める物を伝えれば、何故それが必要なんだと問いかけた。
そう聞かれることは覚悟はしていたけど。

「俺のターゲットになり得るか…怪しい奴がいて」
「怪しい奴?」
「そ。それの裏付けが欲しいくて」

立ち上がり彼の座る椅子の横へ。
画面に映る無数の映像を指差して、マスクの口を開く。

「こいつのね」

彼は視線をゆっくり俺に向けた。

「いつから、」
「うーん、いつ…と言えば 最初から?」
「…恐ろしいな、ハートイーター…」

警戒心が強いんだよ、と笑ってみせれば 彼は画面に視線を戻した。

「気になる事がいくつかあるんだ」
「へぇ…」
「アンタはいつもどこにいる?」

会話と彼の手元の操作が食い違う。
この映像を見て欲しい、とコマンドが浮かび 再生されたホークスとトゥワイスの話す姿。
音声はなくとも字幕で追いかけられる会話を見ながら「企業秘密かな」と呟いた。
トゥワイスがホークスに信頼を寄せているのが見て取れる。
そして、それを利用して情報を聞き出しているように 見える
猜疑心による偏った見方だと言われたら否定は出来ないけど。

「リ・デストロは貴方とも友好な関係を築きたい、と」
「大丈夫だよ。弔くんと彼が友好的なら 俺もそれに倣うから」

映像が止まり、スケプティックと目が合う。
彼もまた疑っていたんだろう。
自分の視点が猜疑心による偏りを含むと知りながら。

「会議にも滅多に来ないだろう」
「じゃあ、爆弾のお礼に参加するってのは?それならお互いにメリットがある」
「……それで飲もう」

ありがとう、と笑えば 彼はパソコンの画面を切り替えた。

「いつまでに?」
「早ければ早いだけ」
「……1日時間をくれ」

優秀だね、と伝えて 作業を始めた彼に背を向けて部屋を出る。
そろそろ戻るとしよう、と思っていれば目の前に笑顔を貼り付けた男がいた。

「こんばんは、ハートイーターさん」
「やぁ、ホークス」
「こちらにいらっしゃるの、珍しいですね」

欲しいものがあってね、と笑う。
インターン生の俺の前に現れた彼とはどこか違う雰囲気を纏う彼は明らかに俺を警戒していた。

「思想の普及、頑張ってるんだって?」
「あ、はい。誰からそれを?」
「トゥワイスとか」

軽い揺さぶりに彼は表情を崩すことはない。

「そう言えば、」
「はい?」
「街に学生が増えたよね」

きょと、とした彼にインターンだっけ?と首を傾げれば「あぁ!」と少し驚いた反応を見せた。

「若い心臓って美味しいから、見てるとお腹すいちゃってさぁ。なんで今の時期にインターンなんてやってんの?知ってる?」
「いえ、特には…。心臓…美味しいんですね?」
「急にやり始めたもんだから 何か焦って準備してるのかと思ったりしたんだけど」

ひくり、と彼の口元が震えたのを俺の目は見逃さなかった。

「違うならいいや。あ、心臓は美味しいよ。だって、人の命そのものだ。個性を持つ人間の命を蹂躙してるって考えれば美味しくないわけなくない?」

くすくすと笑う俺に彼は表情を変えはしなかった。
必死に押し殺した感情がその瞳にありありと映る。

ダメだなぁ、ヒーロー。
お前らのそれは、独特なんだって きっと自覚ないんだろうな。

「じゃあ、そろそろ時間だから」
「あ、はい。また…」
「うん、またね」

少し歩みを進め、無効化の個性を発動させる。
音もなく落ちたそれを見て わざとらしく「あれ?」なんて言って足を止めた。

「どうしましたか?」
「迷子かな?」

振り返りながら、赤い翼を彼の方に見せる。

「っ!?!」
「俺に着いてきちゃってた」
「は、ははっすいません…ハートイーターさんと行きたいなぁって気持ちが出ちゃったみたいで…」

そうなんだ、と笑いながら彼の手に翼を握らせる。

「俺を探ろうとしてるのかと思った」
「そ、んなはずないじゃ…ないですか」
「だよね。君に限って、そんなことないよね」

翼を手放した手で彼の心臓を指差す。

「けど、ずっといい匂いがしてるんだよね」

態とらしく舌なめずりし彼を見据える。

「ハートイーターさん…」
「堕ちるなら、ちゃんと堕ちておいで。悪に染まってくれなきゃ、間違えて食べちゃいそう」

じゃあね、とひらりと手を振った。
翼はもう追いかけては来なかった。





「何をしている」

暗い部屋の中。
闇を纏ったそいつは緩やかな動きで顔を上げた。
口元にチャックのある仮面と黒いローブ。

「ハートイーター…か、」
「こんばんは、いい夜だね。エンデヴァー」

否定も肯定もせず彼?は何かをしていた手を止めた。
彼の手元にあるのがなんなのか、暗くてこちらからは判断できない。
わざわざヒーロー事務所に乗り込んでまで求めているものはなんだ。

「焦らぬのだな」
「焦る必要ある?」
「俺に見つかったのに、逃げられると思っているのか」

にんまりとそいつは笑ってみせた。
仮面から覗く瞳はどろりと溶け出してしまいそうだ。

「何故……人を殺す。何故、心臓を喰らう。お前は、何を伝えたい」
「なに、一丁前に理解しようとでもしてくれてるの?実の息子のことさえわからないアンタが?」
「っ!?」

何故知っている。
コイツもあの荼毘という男も。

「恨む相手の元で学ぼうなんて、変わってるよな」

俺みたいに喰い殺せばいいのに、と独り言のように呟き、見ていた机の上の物を乱雑に薙ぎ払い地面に落とす。
目的を悟らせないようにする為だろうが、逃がさなければいい話だ。
ぼぉ、と炎が強まったのを彼は笑うだけだった。

「貴様の話は…刑務所で聞いてやろう」
「笑えねぇ冗談だな」

どんな個性を使うのか。
個性が効かない、という話は聞いたことがあるが。
個性そのものが表に出たことはない。
ここで捕まえる。
もし逃げられても最低でも、個性だけは…と 思ったが 彼はカチリと何かのボタンを押した。

「何をした!?」
「仕込みなしに、敵地に赴く馬鹿はいねぇよ」

今はまだその時じゃない、と彼は言って 小さな爆発が目の前で起こった。
そこにいたはずのハートイーターはどろりと溶け、スプリンクラーの水が部屋を濡らす。

「どうしたんですか!?」

なだれ込んで来たサイドキックとインターン生4人に 「ハートイーターに侵入された」と短く答えた。

「ハートイーター…!?」
「トゥワイスの作った複製だったが…」

半径1m程の爆発。
元から、自分諸共証拠を消すつもりだったのだろう。
消化器で火を消し止め、燃えた残骸を見下ろす。

「ハートイーターは何が目的で…」
「さぁな。…デク…貴様は、ハートイーターと何度か接触した事があったな…?」
「あ、はい…恐らく、1番…」

どんな奴だ、と問えば顔を顰めた。

「…個性を、恨んでます。元々無個性だったらしくて…」
「無個性…」

そして、親殺し。
駆け付けた警察の中に塚内を見つけ、外へ連れ出す。

「どうしたんです?」
「ハートイーターの被害者の中に子供がいた者はいるか?」
「え?えぇ、何人か…」

その中で子供が無個性なのは?と聞けば 何かありましたか?と彼は言った。

「彼奴は親を殺している。会敵した際に…そう話していた」
「1人、候補が…××× という少年です。空気を操る個性と水を操る個性を持った夫婦の子供の…」
「あの夫婦か…」

何かのパーティーで個性婚だと、自慢話のように話していたのを覚えている。
しかも愛人を連れて参加していたのだ。
胸糞悪い、と思い話してもいなかったが…。

「初めは、今インターンに来てる爆豪くんと緑谷くんからの話だったんです。霧矢心がその少年なんじゃないかって」
「何故?」
「似てるんですよ、昔の写真と」

それで、と話の続きを促す。

「オールマイト経由で話が来て、調べ始めたんですがね。×××と霧矢心は戸籍や個性届から別人だと分かりました。ただ、オールマイトはこの少年がハートイーターである可能性があるんじゃないかと…。それで、調べてはいるんですがね…」
「唾液が残ってただろ?DNAでわかるんじゃないのか」
「×××くんのDNAがないんです。登録がなくて」

怪しいな、と呟けばそうでしょう?と塚内は首を傾げた。

「…あれには愛人がいた」
「え?」
「男の方だ。確か、子供もいた。父方だけでも、DNAの繋がりがわかれば…進展するんじゃないか?」

ありがとう!と彼は携帯片手に消えていく。

もし×××がハートイーターなら、それを生み出したのは間違いなくヒーローであり、個性だ。
個性婚から生まれた子供が親を殺し、個性を殺し回っているとは…
罪悪感と名付けていいのかか分からない感情に苛まれた。

「あの、エンデヴァーさん。警察の方が呼んでます」

呼びに来たアルケミストは俺の顔をじっと見つめた。
確かに、あの男に似ているような気もする。
他人の空似なのだろうが、思い出しても あの男の下世話な笑い方が耳障りだと思った。

「すぐに行く」

通り過ぎた俺の背を見て、その男が笑っていたことなど 俺は知る由もなかった。


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