「それは残念だ」
例のヒーローとの愛人の間に生まれた子供は思ったよりあっさり見つかった。
家を尋ねればドアを開けてくれたその少年はどこか、霧矢くんに似ている気がした。
他人の空似もここまでくれば、勘違いしてしまう気持ちもわかる。
隣に立つ三茶を見れば彼も同じだったのか、こくりと頷いた。
ひとまず自己紹介をするが、彼はあんたらの名前なんかどうでもいいと一蹴する。
「で?何か用?」
どこか棘のある喋り方とこちらに向けられる嫌悪の混じった瞳。
「君がどう…というわけではないんだ。捜査に協力をしてほしくて」
「俺じゃないなら、またあいつ?あのおっさん、死んでからも傍迷惑だわ。で?どの話?あちこちの女 身ごもらせた話?それとも、裏でこすいことしてた話?」
「え、いやいやいや!そんな話じゃなくて、」
じゃあ、あいつが人を殺したこと?と彼は薄ら笑いを浮かべる。
「人を、殺した…?」
「何?違うの?じゃあなんだよ?」
×××という名前に聞き覚えは、と尋ねれば彼は首を傾げた。
「君のお父さんと……その、本妻…の間に生まれた子のことだ」
「本妻…?どれか本妻か知らねぇけど。言ったじゃん。あちこちに異母兄弟いんの。いちいち誰が誰かなんて覚えてないって」
馬鹿にするように彼は笑い「もう帰ってよ」と言った。
たじろぐ三茶の前に1歩踏み出し、彼を見つめる。
「……真面目に、聞いてくれ」
私の言葉に少年は眉を寄せ、あからさまに面倒くさそうに溜息をついた。
「あーぁ、めんどくさ。ほんと、死んでも迷惑な男だよ」
「…君は、お父さんが嫌いだった?」
「嫌い?いや、そんなレベルの話じゃないっしょ。殺したかったよ」
ハートイーターが殺してくれてよかった、と彼はやっと子供らしく笑った。
その笑顔と言葉があまりにも不釣り合いだったけれど。
「本妻ってのは、一緒に殺された女でしょ?人殺したって言ったじゃん。その女との間にいた子供、殺してんの」
「そ、れは…本当かい?」
「さぁ?酔うと武勇伝みたいに話してただけだから。ま、やっててもおかしくないんじゃない?あいつならやりかねないって思ってた」
それが×××くんだよ、と言えば彼は目を瞬かせた。
「十数年前行方不明になったんだ。…幼稚園生だった。生きていれば今は、高校1年生だ」
「………あぁ、そう。じゃあその子かもね」
「その、酔った時に話していたその内容を…聞いてもいいかい?」
俺は子供を殺した。
無個性の使えないガキだ。
茹だるような暑さの夏のある日。
倉庫に子供を捨て置いた。
完全犯罪だった。
俺たちは子供を奪われた悲劇の夫婦に。
お前も使えなくなったら同じように捨ててやる。
あのガキと同じ場所に捨ててやる。
彼は淡々とその話をして、満足?と首を傾げた。
「×××くんってのはきっと殺されてるよ。可哀想に。あんな男のもとに生まれたのが運の尽きだわ」
「それは、君にも当てはまるよね」
「まぁね。けど、その子と違って俺は世間的にはあいつの子供とは公表されることはねぇし。なにより、殺される前にハートイーターが救ってくれた」
ハートイーターが、救ってくれた。
その言葉に、彼がハートイーターをヒーローのように扱っていることがわかる。
そういう世論があるのは知ってが、目の当たりにすると…。
「……その子も、ハートイーターになら救えたかもね」
「救うのは、ヒーローの役目だ」
「違うよ。救った人がヒーローなんだ」
こちらを見た彼の目が見定めるように上から下まで私を見て、鼻で笑った。
「刑事さんさ、普通に生きてきた口でしょ」
「は?」
「職業を信じるのなんて、普通に生きてきたやつしかいない。絶望を知ってる人は、職業になんか縋らない」
絶望から救ってくれた奴なんかいないから、と彼は微笑む。
「俺を救ってくれたのは、ハートイーターだ。他の誰でもない。あんな男に心酔して狂った母親でも、見て見ぬふりし続ける大人でも、この絶望に気付きもしない職業でもない。ハートイーター、ただ1人なんだよ」
「た、しかに…ハートイーターは君にとって救いだったかもしれない。けど、彼は犯罪者だ。人を何人手にかけたと思ってるんだい?」
「さぁ?知ったことじゃないね。何人死んでようが、ハートイーターに救われた人数に比べりゃ些細なもんだろ」
職業とやってることは変わらない、と彼は言った。
「ヒーローをヒーローと呼び、敵をヴィランと呼んで分類したのは普通に生きてきたそちらさんだろ?言葉による分類を勝手にしておいて、押し付けてくんなよ」
「な、」
「俺は俺を救ってくれた人を信じる。そういう奴はごまんといるだろ」
アンタはあのおっさんをヒーローって呼ぶのか?首を傾げ 両手を広げた。
「我が子を殺し、沢山の女を孕ませ、見えぬ悪に手を染めたあの男が 職業だから ヒーローだって 本当に思うのか?」
「そ、れは…」
「普通に生きて、職業に夢見れる子供なら違ったかもれないけど」
▽
かっちゃん、とデクが携帯片手に俺を呼んだ。
うるせぇと吐き捨て無視しようとすれば「×××くんが、」と呟き視線を霧矢に向けた。
「…オールマイトからか」
「うん…×××くんが、ハートイーターだって…」
「は?」
声を潜めて何を言うかと思えば、デクの口から聞かされたそれは衝撃的なものだった。
「…生きてたんか、」
「そう、みたい……」
電話貸せ、と言いながら携帯を奪い 向こうにいるであろうオールマイトを呼ぶ。
「…どういうこった、」
『爆豪少年か。…×××くんの父親には、愛人がいてね。そのお子さんと異母兄弟だって判明したって。塚内くんからさっきね。…2人は、知っておいた方がいいかと思って』
「誘拐されたんだろ?敵連合に誘拐されたてたんか」
違う、と言ったオールマイトの声はどこが深刻そうだった。
「………違うって、」
『両親に、捨てられたそうだ。誘拐と、偽装されて』
「捨てられた…?」
親に捨てられた?
誘拐と偽装されて?
何を言ってる。
そんなこと、と思っても 脳裏を過ぎるのは何故か、地獄を見たと笑う霧矢の表情だった。
×××も、地獄を生きてきたのかもしれない。
そう思ったら、言葉が見つからなかった。
『ここからは憶測になるが、捨てられた×××くんを助け出し育てたのが…AFOであり敵連合…だったと考えるのが自然だね。恐らく、その流れで個性を譲渡され……復讐を始めた』
「ヒーローであった両親に捨てられたからヒーロー狙ってんのか」
『というよりは、個性がない故に彼は捨てられてる。…だから、個性を持つ人を狙ってるんだと思う。ハートイーターの根底にあるのは、個性そのものへの憎悪と考えるのが…妥当だろうね』
自然と手に力が入っていた。
ミシミシと悲鳴をあげる携帯を心配するデクに舌打ちして携帯を彼に投げつけた。
「錬金野郎」
「うん?」
轟と話していた彼はこちらを振り返る。
「もし、もしもだ。地獄を生きてきた奴が…今も抜け出せずにいたら」
「え?」
「行き着く先はどこだ」
かっちゃん?と不思議そうにするデクを目で黙らせて、もう一度彼を見た。
「目的によるんじゃない?今も抜け出したいと思ってるなら、未来は読めない。けど、住めば都…とも言うじゃん?」
「住めば都…」
「地獄も、受け入れてしまえば生きやすい…かもね」
彼はどこか妖しく微笑む。
×××は受け入れた。
いや、もしかしたら今を地獄とも思っていないのかもしれない。
俺は、地獄を見たと生きてきたと話す彼が恐ろしいと思うことがある。
目に宿るものが、体を突き動かす何かが 常軌を逸してるのだ。
そしてきっと、彼よりも常軌を逸したのが×××なのだ。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「…お前よりも地獄を生きてきた奴を…見つけた」
「ふぅん?その子はまだ地獄にいるの?」
俺から見れば、と答えれば彼は「正しい答えだ」と笑った。
「爆豪にとっての地獄が本当に地獄かわからないもんね」
「……お前と同じ面したやつだ。×××、俺がお前だと思ったアイツ」
「見つかったの?×××くん。よかったじゃん」
誰だ?も轟が首を傾げる。
それを霧矢は2人のお友達、と答えて視線をこちらに向ける。
「良かねぇよ。ハートイーターとして、見つかったんだからな」
霧矢はほんの一瞬だけ、その目を細め そして表情を消した。
「それは残念だ」
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