遺影の中にいる少年


「お?珍しいじゃねぇか」

アジトの中、靴を鳴らしローブを翻し歩いていたその男は足を止めて振り返った。

「荼毘」
「よぉ。随分、暴れてるみたいだな」
「なんのこと?」

連日のニュースが伝えるハートイーターの被害者の数。
模倣犯ではと疑われてはいるが、現場に残る数々の証拠がそれを認めさせない。

「死柄木がいない間に好き勝手やってんだな」
「…いた時も好き勝手やってたよ」
「お前らって、なんなんだ?」

俺の言葉に彼はゆるりと首を傾げた。

「この間のあれを見て、尚更わかんなくなった」
「俺と弔くんは俺と弔くんでしかないよ。それ以上も以下もない」
「死柄木はお前を殺せない。けど、お前は殺せる」

顔は見えない。
けれどたしかに心喰は笑った。
急に空気が重くなって、唾を飲む混む音が妙に大きく聞こえた。

「どうしてそう思ったのかは興味無いけど。うん、そうだね」
「… 心喰、」
「俺は多分、弔くんを殺せるよ。弔くんだけじゃないね、荼毘もトゥワイスもヒミコちゃんも。俺は殺せる」

けど殺さないよ、と彼は言った。

「好きだから、皆のこと。俺はね」
「…含ませた言い方するな」
「荼毘は俺の事嫌いでしょ?」

んな事言ったことねぇだろと呟けば彼はクツクツと笑った。
嫌いな訳じゃない。
ただ、底が見えないから恐ろしいのだ。
美しい程に狂っているから。

「そうだ、ちょうどいいや。時間ある?付き合ってよ」
「は?何に?」
「例の件」

踵を返して歩き出した彼の後を追う。
彼がノックをして扉を開けた先にいたのはスケプティックだった。

「ハートイーター!…それに荼毘?」
「やぁ、お疲れ。この間の映像、見せて貰える?」
「荼毘にか?」

この2人、いつの間にこんな関係に…?
椅子に座るスケプティックの隣に立ち、彼は肩を寄せる。

「なぜ荼毘に?」
「元々、例の件は荼毘から頼まれてたんだ」
「なるほど…」

手招きをした心喰は俺の動揺になんて気づいていないんだろう。

「荼毘?」
「あ、いや……」

画面の中にあるのは何かの本のようだった。
ページを捲る手は見覚えのある手袋だ。

「これは?」
「ホークスがエンデヴァーに託した本」
「エンデヴァーに…?」

そういえばそんなシーンがホークスのカメラに映っていたはずだ。

「これを受け取ったあと、エンデヴァーは行動を変えた。だから探りを入れたらこれだよ」

マーカーの引かれたところの2文字目を指差す。

「マーカーの2文字目だけ見てて」

映像が流れ、言われた通り文字を追う。
そして、心喰の伝えたい事がわかった。
隣に立つ心喰を見ればマスクの奥に光る彼の目が細められた。

「荼毘の言う通り、ってね」
「やっぱりか…」
「まぁある程度予想は出来ていたけどね」

これからどうするんだ、と聞けば好きにさせるよと心喰は笑った。

「ホークスの流す情報が有益なことには違いない」
「それは、確かに…」
「優位に立ってるって、思わせておく方がひっくり返しやすいね」

映像は爆発で途切れた。

「これ、お前が?」
「そうだよ」

仕事早いでしょ?と彼は笑った。
エンデヴァーの所に潜入しているからこそ、気付けた事なんだろう。

「…お前に、頼んでよかった」
「ありがとう」

部屋の端に追いやられていた椅子に腰掛けた心喰がどうしたい?と首を傾げた。

「とりあえず俺は殺せるだけヒーローを殺すけど」
「それ、いつもだろ」
「そうとも言う」

頭に過ぎったことを口にしようとして、真っ直ぐ自分に向く視線に口を噤んだ。

「…荼毘?」
「………なぁ、もう少し……時間あるか?」





時は遡る。

「何でだ!」
「姉さんが飯食べにこいって」

俺が課題を抜けた次の日。
何故か日本家屋の前にいた。

「何でだ!!」
「友達を紹介してほしいって」
「今からでも言ってこい。やっぱ友達じゃなかったってよ!!」

揉める3人を他所にどこか神妙な面持ちのエンデヴァーが戸を開く。
パタパタと足音がして、笑顔を浮かべて出てきたのは轟には似ても似つかない女性だった。

「忙しい中お越し下さってありがとうございます。初めまして、焦凍がお世話になっております。姉の冬美です!突然ごめんねぇ。今日は私のわがまま聞いてもらっちゃって」
「嬉しいです!友達の家に呼ばれるなんてレアですから!」
「夏兄も来てるんだ。クツあった」

家族で話を聞きたくて、と轟の姉は笑った。


味は美味しいけれど、どうも兄とエンデヴァーの仲は良くないらしい。
気まずい空気の中、席を立った轟の兄を視線で追いかける。

「………すいません、御手洗借りても?」
「あ、いいよいいよ!そこ出て真っ直ぐ行けばあるから…!」
「ありがとうございます」

歪な家族だと思う。
俺が言えた話ではないけれど。
この居心地の悪さは懐かしささえ感じる。

「ん…?」

部屋に戻る途中に少しだけ隙間の開いた戸。
中を覗けば大きな仏壇があった。
音を立てないように戸を滑らせて中に足を踏み入れ、遺影を覗き込む。

「……男の子?」

遺影の中にいる少年は轟とその兄を混ぜたような男の子だった。
だがどこか、見覚えがある。

「誰かに似てる…?」
「なにしてんの」
「あ、」

振り返れば出ていったはずの兄が立っていた。

「すいません、トイレから戻る時に見えてしまって…あの、この人って?」
「俺の兄貴」
「亡くなったんですか?」

彼の表情は見覚えがあった。
何か言葉を飲み込む彼を見て自然と口が動いた。

「殺しちゃえばいいのに」
「え?」
「許せないって、顔に書いてありますよ。エンデヴァーのせいで亡くなったんですか?この子」

返事はなかった。
けれどその表情が答えだろう。

「許せないなら、許さなきゃいいのに」
「え、」
「不思議なんですよね。みんなして。何で許そうとするんですか?罪を犯した人が裁かれるのは当然ですよね?」

あぁ、やっぱり見覚えがある。
面影があると言えばいいんだろうか。
頭の中で俺に皮肉って笑う彼が思い浮かぶ。

「けど、あいつは………ヒーローだ」
「ヒーローだから、犯した罪が帳消しになるんですか?許されるんですか?…違いますよね」

罪は罪でしかない、と言えば彼は見ていて痛い程、唇を噛んだ。

「ヒーローという職業であっても、貴方にとってはヒーローじゃない」
「君は、」
「可哀想な人」

そう言って微笑んだ俺に彼は「お前に何がわかるんだよ」と声を大きくした。
怒鳴らないあたり、自分の感情を抑え込むのに慣れているんだろう。

「俺、親にネグレクトされてたんですよね」
「え…?」
「あ、ヒーローではないですよ。研究者でした。その道じゃ有名で、それこそその道のヒーローみたいなね」

幼少期を話せば、彼はみるみる表情を変えていく。
目に浮かぶのは同情だろう。

「こっちは、ネグレクトの末 腕を失って。人生を狂わされて。それでも、親が謝れば子供は許さなくちゃいけなくなる。被害者は俺たち子供なのに。世論が、そうさせる」
「っ、そう…だな…」
「けど、心までそうする必要はない…と思ってますよ」

霧矢、と外から爆豪の声が聞こえた。

「すいません、呼ばれてみてるみたいです」
「あぁ、悪い…」
「最後に、あの…この子の名前聞いても?」

燈矢、と答えた彼は「燈矢兄さんだよ」と色んな感情を押し込んで微笑んだ。

「……ありがとうございます」

廊下に出れば爆豪が目を丸くする。

「何してんだ、てめぇ」
「お兄さんと話してた」
「は?」

爆豪は俺がいた部屋に視線を向ける。

「俺に似てない?お兄さんってさ」
「似て……お前は家族に戻ってんだろ」
「心まで?」

俺がハートイーターだと知ったら彼は殺してほしいと言うだろうか。
振り返れば部屋から出てきたお兄さんと目が合い、爆豪を追いかけていた足を止めた。

「話してくれて、ありがとうございました」

微笑んだ俺に彼は目を彷徨わせてから頷いた。

「こっちこそ。……聞いてくれてありがとう、」
「いえ。勝手な意見を押し付けてすみません」

爆豪は俺を振り返り「なんでだ」と言った。

「家族って枠組みにこだわれば、全員一緒に住めばいいんだろうけど。家族って枠組みじゃなくて感情じゃない?」
「感情…」
「家族に戻りたいお姉さんと曖昧な轟。受け入れられないお兄さん。……同じ箱の中に押し込めて本当に家族に戻れると思う?」

返事がないから「無理だよ」と俺が答えてやる。

「×××くんも、両親に謝られただけで…家族に戻れると思う?」
「っ、それは…」
「覆水盆に返らず…てね。1度壊れたものは元に戻らないんだよ。全員が元に戻りたいと思って 新しく作り直せば話は別だけどねぇ」

けどそれも全くの別物だよ、と。
居間に戻れば遅かったな、と轟が俺を見た。

「迷っちゃって」
「わかりにくいよな、場所」
「日本家屋って初めてだったから。尚更ね」

いい事を知った。
エンデヴァーの殺した 轟燈矢という長兄。
調べてみる価値はあるだろう。


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