家族

「怪我は」
「ねェよ!放せ」
「熱い…」

白線野郎は、とエンデヴァーの腕から抜け出した爆豪に「確保完了」と轟が答えた。

「死ぬかと思ったぁ…!!」
「怪我はありませんか?」
「あぁ助かった!ありがとう…!」

意外と使えるもんだな、と地面を元に戻して立ち上がる。

「完全勝利だ」
「うるせー!」
「何で!?」

怪我人も見た所によればいなさそうだ。

「何だっけなァNo.1!!この冬!?一回でも!?俺より速く!?敵を退治してみせろ!?」
「ああ……!!見事だった…!!俺のミスを最速でカバーしてくれた…!!」

エンデヴァーの声が震えていた。
夏雄さんがエンデヴァーを押し退けた時、彼の震えた声が夏雄さんを呼んだ。

「悪かった…!!一瞬、考えてしまった。俺が助けたらこの先お前は俺に何も言えなくなってしまうのではないかと…」
「え?」
「夏雄、信じなくてもいい…!俺はお前たちを疎んでいたわけじゃない。だが、責任をなすりつけ逃げた。燈矢も…俺が殺したも同然だ…!」

夏雄さんの表情に困惑と消えきらない憎悪が浮かぶ。

「疎んでいたわけじゃない…?だったらなに…?俺はずっと燈矢兄さんから聞かされてきた。俺が許す時なんて…来ないよ。俺は焦凍みたいに優しくないから」
「それでも。それでも、顔を出してくれるのは冬美と冷の為だろう?」

彼の目に涙が浮かんでいた。
可哀想に。

「あの子は家族に強い憧れを持ってる…俺が、壊したからだ。戻れる…やり直せると浮き足立つ姉さんの気持ちを酌もうと頑張っているんだろう…!?お前も、優しいんだ。だから…俺を許さなくていい。許してほしいんじゃない。償いたいんだ」

爆豪が俺を見た。
その目はいつもよりも鋭い。

「なぁに?」
「ここでも同情してんのか?自分と同じだって重ねてナーバスにでもなってんのか?」
「似てるとは言ったけど、同じだとは言ってないだろ?」

境遇は似ている。
肉親を恨むその目が、感情が、何も出来ず藻掻く姿が。
あの頃の俺に、似ている。
家族という枠組みに苦しめられている、その姿が。

「だって俺、家族がいるって思ったことないもん」
「……は?」
「夏雄さんはねぇ、似てるとは思うんだ。エンデヴァーを恨むあの目とか。家族という枠組みに苦しめられているところとか」

何が違う、と彼は言った。

「わからない?エンデヴァーを父親だと思ってるから、夏雄さんは今 苦しんでるんだよ。彼を受け入れられなくて。同情するよ、本当に可哀想に」
「…じゃあ、お前は…」
「俺は俺を産んだ人間を家族だとも両親だとも思ったことないよ。今までもこれからも。だから、苦しんできたんだ。世間が家族って枠組みに俺達を押し込めようとするから」

彼の目が見開かれた。
なるほど、そういう風に勘違いしていたのか。
いや 夏雄さんもそう思っているかもしれないな。

「体の良いこと言うなよ…!姉ちゃんすごく嬉しそうでさぁ…!でもっ……!あんたの顔を見ると…思い出しちまう。何でこっちが能動的に変わらなきゃいけねんだよ!償うってあんたに何ができるんだよ!」
「考えてることがある」
「あああああ!やめろォォオオ!!エンデヴァアアア」

敵の声が遠くから聞こえるサイレンの音を飲み込んでいく。

「きっと、×××くんもそうだったんじゃない?」
「は?」
「ヒーローという社会的優位な両親の下に生まれて。家族という枠組みに世間から押し込められて。彼の言葉は、感情は誰にも拾われることは無く。そして、ゴミのように彼諸共捨てられた」

微笑む俺に、爆豪は顔を歪めた。

「世間はきっと理想を押し付けた家族という枠組みを見ていたんじゃない?そう信じきっていたんじゃない?誰も気づかなかったんだよ、それに気を取られて。大人の言葉をヒーローの言葉を信じて。×××くんの救いを求める声は、世間がかき消したんだじゃない?」
「世間が、」
「ねぇ、同じ幼稚園だったんでしょ?×××くんって、本当に…普通の子だった?普通に生きて、普通に育てられた、普通に愛された子だった?」

それは、と口篭る彼に知らないんでしょと俺は笑った。

「だって、ヒーローの子供が幸せでないはずないって。そう思い込んで見てたから」
「違ぇ!!」
「本当に?じゃなんで、子供が消えた両親が普通に……生活出来ていたんだろうね?」

誰も怪しまなかった。
誰も不思議がらなかった。
誰も心配しなかった。
いたはずの子供が消えたことを。
誘拐事件を隠匿出来ても、子供が消えたことは普通隠し通せない。
自治体は?学校は?近所の人は?
それこそ、マスコミやメディアは?

「だーれも、気付かずに人1人。子供1人消えるなんて、あると思う?皆が見て見ぬふりしたんだよ。気付いて気付かぬフリをしたんだよ。おかしいなって思っても、両親はヒーローだからって 流したんだよ」
「そ、うかもしれねぇ!けど!!!それが、それがお前となんの関係があんだよ!!!」
「俺もだから」

固まった目の前の男に「俺もそうだったからね」と言い直してやった。

「俺の腕が無くなって見つかってから皆言い始めたよ。おかしいと思ってたってね。じゃなんで通報しなかった?相談しなかった?そんなん、簡単なことだよ。まさか、あの両親がそんなことするはずないって。社会的に優位に経つ俺を産んだあの二人を正義にしてたからだよ」

なんでこんな話してたんだっけ、と首を傾げてから 到着したパトカーを見て「あぁ、」と手を叩いた。

「だからさ。同情してナーバスになるとしたら×××くんだよって話。夏雄さんはね、きっと大丈夫だよ。エンデヴァーがいなければ、ちゃんと家族になれるから」

あぁ、やっぱり嫌いじゃないな。
彼のこの苦痛に、 罪悪感に歪む顔は。

「それと、さっきは夏雄さん助けてくれてありがとう。多分俺のスピードじゃ間に合わなかった」
「………柔化させたな、地面を」
「と言うよりは液状化?緑谷の個性、信じてなかったから。あんな雑に落としてたら、怪我する人いんじゃない?」

骨抜の見てちょっと使ってみたかったんだぁ、と手を揺らせば彼は舌打ちをして駆けつけた警察の方に歩いていった。

「……爆豪には話しすぎちゃうの良くないなぁ」

こう見えて、彼のことが気に入っているのかもしれない。

「夏雄さん」
「…霧矢、」
「無事で良かったです」

歪む彼の表情を見下ろしながら俺は微笑んだ。

「ありがとう、助けてくれて」
「俺は何もできませんでしたよ」
「本当に、」

ありがとう、と震えた彼の手が手袋に包まれた俺の義手に触れた。

「……救えたなら、良かった」

その手を握り返せば彼は歪む表情を少しだけ綻ばせた。





「…驚かないんだな」

荼毘はスケプティックと俺を見比べてから、訝しげに俺に視線を向けた。
彼から聞いた話は俺の予想した通りだった。
いや、予想以上だったのだけど。

「後で見てみる?」
「何を?」

自分のピアスを指さしてやれば彼は目を瞬かせた。

「これから先を…迷わないんなら、見たらいいよ」
「……俺は迷わない」
「じゃあ後で。とりあえず、荼毘の目的はわかった。俺は全面的に協力したいけど。スケプティックは?どう?」

俺も手伝う、と答えたスケプティックに荼毘は表情を崩さずこくりと頷いた。

「まぁ俺はどこまで手を貸せるかわかんねぇけど」
「お前が忙しいのはわかってるから、」
「連絡入れてくれればこっちに来るし」

すまん、と呟いた荼毘に 何を謝ることがあるの?と首を傾げた。
お互い足りないところを補い合うことの何が悪い。
俺も彼に迷惑をかけてきたし、これからもかけることになる。

「…荼毘はさ、」
「なんだ?」
「思ったよりも俺に似ててびっくりした」

それどういう、とスケプティックに「俺も親に殺されたから」とマスクの下で笑った。

「は、?」
「話したことなかったけどね」
「お前の親って…」

ヒーローだよ、と答えれば荼毘は目を丸くさせて固まった。

「びっくりした?」
「そりゃ…」
「それが、ハートイーターの根源なのか?」

スケプティックの言葉にそうなるかもねと答えて、椅子から立ち上がる。

俺はアイツらを家族とは、親とは思ったことは無い。
だが、世間は俺たちを家族にしたがった。
どれだけ外聞が良かろうと、本当に違和感は何一つなかったか?
俺の姿は、荼毘の姿は。
本当に、普通の子供だっただろうか?

「さてと。そろそろ俺は帰るよ」
「あ、あぁ…」
「またこっち来るから。それより前に、何かやんなら連絡して。こっちでもできる限り動いておくから」


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