救い

実家から送ってもらった幼稚園のアルバム。
×××は俺たちと同じように写真に写っていた。
今更こんなものを見ても意味は無いってわかっている。
それでも頭の中から消えないのだ、霧矢の言葉が。

「普通か…」

×××は普通の子供だったのだろうか。
写真の隅っこに時々写り込む彼は、笑ってもいなければ泣いてもいない。
こうやって見てみれば、感情が抜け落ちてしまっているようだった。
同じクラスになったことはないはずだ。
だが、家に連れて来たことはあるとババアは言っていた。
それに不細工な笑みを浮かべるデクと一緒に写真に収まる姿があった。
デクと交流があったなら、俺と交流があってもおかしくは無い。
なのに俺は覚えていないのだ、この少年を。

「かっちゃん?」
「あ゛!?!」
「な、何見てるの?」

特訓でもしていたのか、ジャージ姿のデクは俺の手元を覗き込み「わぁ、懐かしい!」と声を上げる。

「なんで幼稚園のアルバムなんか見てるの?」
「……×××のこと考えてた」
「え、」

アイツはどんな奴だった、と尋ねれば デクは「大人びた子」と答えた。

「大人しくて、個性がないことを…受け入れてる子だったよ」
「……普通の子だったか」
「普通の…?」

家庭のこと。
彼自身のこと。
本当に誰も、違和感を抱かなかったのか?

「……どう、かな…」

デクは斜め向かいのソファに座って俯いた。

「霧矢に言われた。×××はヒーローという社会的優位な両親の下に生まれて、家族という枠組みに世間から押し込められていたって。……アイツの言葉は、感情は誰にも拾われることは無く。そして、ゴミのようにアイツ諸共捨てられた…って」
「霧矢くんが…」
「その通りだと思った。アイツは捨てられた。この世界に、ヒーロー社会に…捨てられた。ヒーローだった親に捨てられて、助けてくれたのは敵だった。例え俺達から見て敵だとしても、×××からすれば手を差し伸べたそいつらはきっとヒーローだったんじゃねぇかって」

だからって人を殺して良いはずがない、とデクは言う。
確かにその通りだ。
その通りだけど。

「俺は知ってる。無個性だったお前を、お前の母親はいつも優しく受け入れてくれてたって」
「え、」
「画面の中のヒーローがいつも、お前の…希望だった。アイツは?アイツの希望は、どこにあった?子供を殺そうとする親だぞ?家で、アイツはどんな事をされてた?アイツの希望って、あったのか…?」

わからなくなった。
考えれば考えるほどに、答えのない やり場のない感情が生まれるのだ。

「俺は、覚えてねぇんだよ×××のこと。遊んだことがあるって言われたけど
全く思い出せねぇ……。俺も、アイツを見殺しにした1人なんだなって」
「そんなこと!!…………そんなこと、ないよ。かっちゃん…」

オールマイトを終わらせちまったこと。
それと、似ている気がした。
自分の無力さが憎い。
幼稚園生だった俺にはきっと何も出来なかった。
けど、それでも一言 アイツは今何してるのかと親に聞けていれば また何か違っていたのかもしれないと そう思うのだ。

「……どんな気持ちで、アイツは自分の親を殺したんだろうな」

親に捨てられてから10年近く。
×××はどんな気持ちで画面に映る親を見ていたんだろうか。

「あ、」
「…霧矢」
「珍しい組み合わせ」

エレベーターから降りてきた霧矢は俺達の姿を見て、すぐに目を逸らす。
水でも飲みに来たのか、そのままキッチンへ入っていった。

「……霧矢」
「なに?」
「お前なら、お前がヒーローだったら×××を救えるか?」

夜中だっていうのにアイスコーヒーをコップに注いだ霧矢はきょとん、としてから首を傾げた。

「どうして救うの?」
「は?」
「×××くんは、ヒーローなんかに救われることを望んでないと思うよ」

もう手遅れだと彼は笑った。

「もっと早く……それこそ、世間的に殺される前なら違かったかもね。その時代、俺がヒーローで、その子に出会えていたなら救ってあげれたと思うよ」
「どうやって?」
「同じ目をしてるんだよ、地獄にいる子って」

同じ目をしてる人はわかるんだ、と霧矢は言った。
そう言われれば、そうなのかもしれない。
彼の母親が見せてくれた写真に写る子供は、このアルバムに写る彼とよく似ていた。
希望を知らぬ、未来を知らぬ子供の目。

「ど、どうしてヒーローに助けを求めないの?」
「助けてくれないって分かってるから。子供がさ、大人に助けを求めても取り合っちゃくれねぇんだよ。親に聞くんだ、こう言われましたけど本当ですか?ってね。親が答えると思うか?結局、辛い思いをするのは子供だ。だから、ヒーローを頼らない。大人を頼らない」

緑谷にはわからないだろうけど、と霧矢は嘲笑した。
この2人は本当に相性が悪いらしい。
俺よりももっと。
個性が発現せず地獄を生きた霧矢と個性が発現せずとも愛されたデク。
相容れないのだろう、この2人は。

「だから、彼らはハートイーターに助けを求める。彼なら、助けを助けとして受け入れてきっと殺してくれるから」
「ハートイーターは犯罪者だ。ヒーローじゃない」
「確かに犯罪者だよ、ヒーローでもない。けど、助けられた人間からすれば彼は間違いなく救いヒーローだ。俺だってきっと、ハートイーターが両親を殺してくれていたら 彼をヒーローと呼ぶだろうね」

何かの言い返そうとするデクをグラスを置いた彼はどこか妖艶に微笑みを浮かべ見つめ返す。
そしてゆっくりと首を傾げ、「わからないだろう?」と。

「無個性でも、ヒーローに憧れられたお前には。無個性でも親に愛してもらえたお前には。親から向けられる殺意を、助けを求めた大人に手を払われる絶望を、わからないだろう?わかろうとも、しないだろう?」

だからお前が嫌いなんだと彼はグラスに半分ほど残っていたコーヒーをシンクに流す。

「自分が、何でも救えると思っている。自分の救い方が間違っていないと信じている。本当に?そうか?お前みたいに無遠慮に、人の家庭に土足で踏み込むことが子供を追い詰めることになると 露ほども思わないんだろうな」
「僕は、」
「大人に、ヒーローに、悟られた。その事を親はどう思うだろうね。親の悪意はどこに向くだろうね?」

地獄には地獄のやり方がある。
彼はそう言って微笑みを消した。
デクは何も言い返さない。
思い当たる節があるのかもしれない。

霧矢は、本当にネグレクトされただけなのだろうかと思った。
本当はもっと酷い目に遭って、助けを求めた手を振り払われた事があるのではないかと。
彼の話すことはいつだって生々しすぎるのだ。

キッチンを出た彼は開いたままだったアルバムを見下ろした。
デクと×××が一緒に写るその写真を、ゾッとするほど冷めた目で。

「霧矢、」
「緑谷は1度、母親に殺意を向けられてみるといい。そしたら少しは、こちらを垣間見る事が出来るかもしれない」

轟を救えたから皆を救えると思うなよと。
彼はアルバムを閉じながら言った。

「×××は殺された。親に、ヒーローに、そして世間に。過去を見返した所で、きっとなんの意味はないよ。……お前たちに、救えやしない」
「どう言われたって、僕は…僕は救いたい。過去に縛られてる霧矢くんの事も」
「じゃあ、俺の親を殺してくれるか?」

助けてくれよヒーロー、なんて。
彼は薄ら笑いを浮かべる。
弧を描く瞳が、唇が あまりにも浮世離れしてる気がして、背筋が震えた。

「そしたら俺の心は少しは、救われるかもしれない」

言葉を失うデクを見下ろして、彼は踵を返す。
デクを煽る為の言葉だったのかもしれない。
だがそれに彼の本音が隠されている気がした。
霧矢は、自分をあんな姿にした親を殺せば少しは救われると言った。
じゃあ×××は?
彼の親は既に死んでいる。
それなら、彼の救いはどこにある。
彼は親を殺し救われたのだろうか。





「初めて見たなぁ」

幼い頃の俺が映ったアルバム。
本当に同じ幼稚園だったらしい。
記憶にはないけれど。
覚えていないのだ、あの頃のことを。
幼稚園では自分を癒すのに必死で、周りのことなんて何にも見えていなかったから。

テーブルの上、敵用の携帯にメッセージを知らせるランプがついていた。
スケプティックに頼みハッキングをしてもらったハートイーターのファンサイトにメールが届いたらしい。

「……へぇ、」

メールの内容を読みながら、頬杖をつく。
傍らに置いた携帯から探した電話番号にかければ、数コールで声が聞こえた。

「あぁ、スケプティック?ちょっと頼みがあるんだけど」
「どうしたんだ?」
「サイトに届いたメールの、送信者を探して欲しい」

メール?と怪訝そうな声とパソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。

「これは…?本当なのか?」
「どうかな?可能性はなくはない」
「…嘘だろ?」

ほんと、と短く答えてメールを閉じる。

「悪いけど至急頼むわ。家が分かれば、会いに行く」
「…罠だったらどうするんだ」
「その時は、殺せばいいよ」

仕事頼んでばかりですまないな、と彼に伝えれば気にしなくていいと彼は言ってくれた。

「けどもし、本物だったらどうする…」
「どうしようかな。考えておくよ」
「……わかった、」

今日は過去に縁ある日らしい。

「あぁ…気分が悪い」

吐き捨てた言葉が、どろりと沈んだ気がした。


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