開幕


まだ冬の寒さも残る3月。
スケプティックから集会を行うと連絡が入った。
それと同時にヒーローサイドからの連絡も。

「イレイザー、これお願いします」
「霧矢?…あぁ、そうか」
「すみません。今回もお願いします」

提出した外出届を見てからイレイザーはこちらを見た。

「いや、備えるには越したことはない。気を付けて行けよ」
「はい、ありがとうございます」

インターン遠征という名の集合命令。
それは、俺たちとの全面戦争ということで他ならないだろう。

歩きなれた道を抜け、路地に入る。
ドアを開ければ中に客の姿があった。

「よう、久しぶりだな」
「久しぶり、武器屋」
「メンテナンスか?」

お願い、と客の横を通り過ぎ椅子に座る。
外した腕を彼に差し出せば、彼は読んでいた本を傍らに置いた。

「また、大変なことでもあんのか?」
「そうかもしれないね」

無茶するなよ、と彼は腕を受け取った。

「で?俺も利用しようってか?」
「あれ、バレちゃってた?」
「何年お前の相手をしてると思ってる」

確かに、と笑えば彼の視線が後ろの客に向いた。

「手短に話せ。お前も時間はないんだろ?」
「ありがとう」
「後ろのそいつも、座れ。お前の仕込みだろ」

武器屋は騙せないね、と言えば彼は俯きながら笑った。

「こちとら、お前よりも長くこっちの世界で生きてきたんだよ」
「そうだった。助かるよ、先輩」

振り向けば彼はこちらに歩み寄り、隣の椅子に座った。

「こいつは、」
「会うのは初めてだっけ?」
「あぁ。話はよく聞いていたけどな。よろしく」

武器屋が差し伸べた手を彼はとった。

「お前の腕、そんな風に外せるんだな」
「便利だろ?」
「…どうだかな」





「おはよ、弔くん」

彼とこんなに会えないなんて初めてだっただろうか。
前回会えなかった時とはまた違う。
寂しさはあるが、それ以上に楽しみが募る。

「早く、俺に会いに来てね。弔くん」

待ちくたびれちゃうよ、と笑って手袋を外した手で硝子に触れる。
見上げると眠る彼が少しだけ笑った気がした。

「今日は随分と騒がしくなると思うよ」

硝子の冷たさが温度を奪っていく。
その心地よさをそっと手放した。

「ばいばい、弔くん」

彼に背を向けて、携帯でもうかけ慣れた番号を押した。
数回のコール音の後、彼の言葉を聞く前に名前を呼んだ。

「スケプティック、」
「ハートイーターか?何時頃こっちへ着く?会議へは間に合いそうか?」
「始まるぞ」

え、と電話の向こうの彼は驚いた声を零す。

「ヒーローが来る」
「もうか…思ったより早かったな」
「長くなると思ってるんだろ、向こうも。今日わかった詳細な情報は今送った」

お前今どこにいる、という少し焦った声に弔くんのところだと答えて後ろを振り返る。

「俺はそっちへは行けない。悪いがそちらは、手筈通りに頼む」
「お前はどうする気だ?」
「こっちで遊んでいくよ。ここ最近、お腹が空いて仕方ないんだ」

顔にマスクを着けて、フードを被る。

「さぁ、殺そう。俺の邪魔は、誰にもさせない」

静かな廊下に足音だけ響く。
そして、その足音に音が重なっていく。

「ヒーローが来るよ」

足音が一斉に止まった。
数歩前に進み、俺も足を止める。
そして振り返った。

「例外はない。ヒーローはみんな、殺してしまえ」

はい、と揃った返事が聞こえた。
スケプティックは彼らをまるで兵隊のようだと言っていた。
確かにその通りだと思う。
彼らがCOLORLESSとしてハートイーターとして動き始めてから数ヶ月。
誰一人欠けることなく、彼らはこの日までハートイーターを全うしてきた。

「俺たちはハートイーター。心臓を喰らう者。…………喰い散らかすぞ」

俺は彼らに背を向けて歩き出す。
足音は聞こえなかった。





病院は、気付けば物々しい雰囲気に包まれていた。
エンデヴァーにイレイザー、プレゼント・マイク…。
見知った顔が、ずらりと並んでいた。

「貴様か。脳無の製造者…AFOの片腕。観念しろ、悪魔の手先よ!」
「何でっ…何でェ!?」
「先生!?」

駆け出したドクターの足に絡まった捕縛布。
転けたドクターの呼吸が急に荒くなる。

「やはり戸籍登録の通りではないようだ。抹消で見た途端老け込んだな。個性を持っている」
「その個性がオール・フォー・ワンの長生きの秘訣か?」
「黒い脳無にのみ搭載されていた超再生。類似した個性は存在するが…決してありふれたものじゃない。レア個性などと呼ばれる類のもの…。個性の複製。或いは人造個性か。お前はその技術をオール・フォー・ワンに提供していた…」

這いずるように逃げようとする彼の肩を掴んだプレゼント・マイクが「スゲーじゃん」と言った。

「そういうのよー再生医療とかよォ、そっちの方面でハイパーチートなんじゃねぇの。なァ」
「ひっ!」
「何でこんな使い方だよ!?」

ドクターの胸倉を掴んだプレゼント・マイクが怒気を強めもう1度言った。

「何でこんな使い方だよジジィ!!!!!」

プレゼント・マイクも怒ることあるんだ、なんて。
どうしてだか緩む口を抑えることもせず、左腕を摩りながら彼らの元へ歩み寄る。

「今この病院の人間全員を退避させてる。脳無との戦闘に備えてな。だが、無血制圧できるならそれに越したことはないだろ?特定の人間の指示でしか動かないよう脳をプログラミングしている事。指示が無ければ脳無は只の遺体である事。これまでに捕えた個体を調べてわかったそうだ」
「弄んでは捨ててきた数多の人が言ってんだ。次はこっちが奪う番」

あぁ、イレイザーも随分と怒ってるらしい。
あんなギラついた目を見るのは何時ぶりだろうか。

「いやじゃ…!!堪忍しておくれ!!堪忍ーー…!!」
「おはよう、可愛い脳無たち」
「っ!?」

ヒーローたちの視線が刺さるのを感じながら、ドクターから預かっていた端末に「全て壊す、時間だよ」と呟き、笑った。

「ハート、イーター…!?!」
「何故ここに!?!」

下から飛び出してきた脳無たちが、ヒーローを散らした。
そして捕らえられていたドクターの体がどろりと溶け出す。
あの人ずっと、弔くんに付きっきりだもんなぁ。
ここに居るのは本物なはずが無い。

「さすがは心じゃ!それに、二倍による生成物は抹消でも消えん。…良い事知ったわ。ホホ!!複製技術の存在がわかっていたなら警戒すべきじゃったな!いや、無理な話か!ホッ!」
「トゥワイスの個性…!?」

崩壊の砂煙が消え去り、脳無が飛び出していく。

「すぐに向かうと言いたいところだが…少し待ってろ!」
「雑魚が湧いて出て来る。おいマンダレイ!院内の避難は!?」

ロックロックの通信の相手はマンダレイなのか。
病院の外の様子は見えないがある程度避難は完了していると見ていいだろう。
自分の耳に着けた端末に手を当てて「COLORLESS」と呼び掛ける。

「ハートイーターを捕らえろ!!!」
「こっちは始まった。そっちも、始めていいよ」

マンダレイたちとの通信を聞いていたであろうヒーロー陣営の足が一瞬止まった。

「おいっ!?どうした!?!」
「どうして、院内に俺たちの仲間がいないと思った?」
「貴様っ!!?」

自分を包み込もうとした炎が消え、彼らは目を見開く。

「抹消か!?」
「いや、違います!あれは、」
「何故、内通者がそっち側にしかいないと思った?ねぇ、エンデヴァー。ねぇ、ヒーロー?」

炎が大きく揺らめいた。
その炎が消えないことで抹消とは違う個性だとイレイザーは気付いているだろう。

「いやぁ、いい案だったよ。解放思想を広めるフリをしながら、本に暗号を残すなんて。敵は解放軍。連合が乗っ取り。数十万以上…。4ヶ月後決起。とかだっけ?」
「貴様、俺の事務所に侵入したのはその為か…」
「目的もなく、確証もなく、無茶はしないよ。ホークスは必ず俺達を裏切る。いや、まずもって…仲間にはならない」

ヒーローは絶対に俺達とは分かり合えない、と言えば、「親を、ヒーローを恨んでいるからか!?」と炎が俺を包み込んだ。
もちろん、俺の肌に届くことは無いが。

「×××!!!!貴様のことももう!割れているんだぞ!?!!」
「その名がどうした?俺が誰から生まれて、どんな名を持っていたか知って何になる?」

動揺を誘えるとでも思っていたのだろう。
自分の背後を狙うヒーローの個性が消え、振り返りながら胸に腰から引き抜いた刀を突き刺す。
飛び散った血を浴びながら、彼らを振り返り笑った。

「世間に公表するか?あぁ、いいさ。すればいい。ヒーローの醜態をこの世界に発信すればいいさ」

刀を振り下ろし、地面に落ちた名も忘れたヒーローの胸に刀を突き刺した。
やめろ、と再び向かってくる炎に屍を放り投げ、後退する。

「俺は×××。とあるヒーロー夫婦の元に、個性婚の末、作られた失敗作。………だから、なんだ?」
「っ、」
「顔も知らず、個性も知らず、俺の捨てた過去を見つけて 何になる?」

両手を広げ、ゆっくりと首を傾ける。

「なぁ、エンデヴァー?自分に重なるか?個性婚の末、子を生したお前とさァ。轟焦凍は上手に作れてよかったなァ!?緑谷出久のお陰で、焦凍がお前に向き合ってくれてよかったなァ!?!インターン先に自分を選んでくれてよかったなァ!?!!家族になれて、よかったじゃねぇか!!!息子を殺した罪から目を背けてさァ!!!!!」
「な、ぜ…それを…!?!」
「もしかしたら、轟焦凍が轟夏雄が、轟燈矢が…………ハートイーターだったかもなぁ」

耳を傾けてはいけません、とイレイザーの声が飛んだ。

「カッコイイねぇ、イレイザーヘッド」
「お前は俺が止める!」
「無理だよ、イレイザー。アンタに俺は、殺せない」


戻る

TOP