無茶して倒れる
「太刀川と随分と遊んだそうじゃねぇか」
喫煙所で笑った林藤さんにどこでそんな噂が回ってんだか、と首を傾げた。
燻る煙草の煙が電気を曇らせる。
「お前がああやって、戦うのは…逃げか?」
「…どうかね」
「ま、別にいいんだけどよ。ほどほどにしとけよ」
彼はニッといつもの笑顔を見せた。
「太刀川はあれでも1位の人間だ。それをボロッカスにする奴がエンジニアにいるなんて、メンツが丸潰れだろ」
「それは確かにそうかもな」
気をつける、と灰皿に煙草を擦り付ける。
ポケットから出した箱を開ければ 中身は空っぽ。
ここへ来た時は半分くらい残ってたと思ったのに いつの間にか吸いきってしまったらしい。
「…少しは休んだらいいんじゃねぇか?お前がそんな無理せんでも、下は育ってきてんだろ」
「俺は俺のやるべきことを全うしてるだけだ。下は下の、やるべきことをやればいい」
空箱を握りしめて、そろそろ戻るわと喫煙所のドアを押し開ける。
「そういや、最近迅には会ったか?」
「いや?」
「最上さんを手離した。もう随分前の話だけどな」
は、と固まった俺を見て彼はやっぱり知らなかったかと苦笑を零す。
「なんで、」
「空閑っつー 最上さんの友達の子供をボーダーに入れる交換条件でな」
「…普通の奴じゃないってことか」
近界民の少年なんだよ、と目の前に流れた言葉。
口にしなかったのは知られてはいけないことだからだろう。
「…アイツが決めたことなら、仕方ねぇよ。最上さんは今どこにいんの?」
「城戸さん管理」
「ありがとう。今度、会いに行く」
迅にもな、と彼は言った。
「アイツが俺に会えるんならな、」
「…そうだな」
ラボの近くの煙草の自販機で 新しいものを買っていれば 彪吾と俺を呼ぶ声。
振り返れば 冬島さんが 片手を上げた。
「昨日は悪かったな」
「いや、こちらこそ」
「雷蔵もあんなに怒るんだな」
よくあることだけどな、と笑えば、アイツも苦労してるんだなと彼も笑った。
「で、どうした?こっちに来るってことは何かしらあんだろ?」
「本部内部の防衛レベルを上げたいっつー通達があってな。作るのは技術屋のそっちだから ちょっと話し聞きたくて」
「なるほどな。こっちは今落ち着いてるから、話し聞くわ」
悪ぃな、と彼は顔の前で手を合わせた。
ついでに、と ご飯を食べてないからラウンジで頼むという言葉にも 断る必要はなく頷いた。
▽
「よし、そんじゃこんな感じでいいか」
俺の飯に付き合いながらの話し合いはスムーズに終わった。
他のエンジニアと違い彪吾は話がトントン拍子で進むから楽だ。
「一旦上に通すから。ゴーサインでたら作るのは任せていいか?」
「時期にもよるけどな。図面は俺が引くから、製作そのものは別の奴の手を借りるかも」
「そりゃ構わねぇよ。俺も手貸せそうなら手伝いに行くから」
助かる、と彼は笑って 残り僅かだったコーヒーを喉に流し込んだ。
「じゃあ、俺戻るから。また決まり次第連絡くれ」
「おう」
立ち上がった彼が一瞬、顔を顰めた。
「おい、大丈夫か?」
俺の問い掛けに答える前に、彼はその場に崩れ落ち 換装が解けていく。
「ちょ、おい!彪吾!?」
駆け寄って 顔を覗き込み息を飲んだ。
真っ黒なクマと、生気のない窶れた顔。
体を支えてやれば、その体が妙に熱っぽいことに気づく。
「どうしたんすか!?」
「米屋?」
「うぇ、てか彪吾さん!?」
今、倒れたんだと 意識を失った彼を抱き抱える。
「医務室に運んどくから。雷蔵に声かけといてくれるか?」
「了解っす」
いつもトリオン体で過ごしてることは知っていた。
食事も含めて。
今回はきっと、本体の体調不良が原因でトリオン体を保てなかったんだろう。
まぁ、それだけだとは思わないが。
医務室に運んだ彼を見た先生は、またかと溜息を吐いた。
「よくあることなんですか?」
「最近は特にな。研究熱心なのは構わないが、命削ってまでやることかね」
「そう、ですね」
命を削って。
確かにそんな風に見えるな。
何かに追われるように、彼は研究に打ち込んでいる。
何を目指しているのか、俺にわかるはずもない。
「冬島さん、彪吾さんは?」
医務室に顔を出した米屋が心配そうに ベッドに眠る彼の顔を覗き込む。
「過労、発熱。だとよ」
「…過労」
なんでそんなに頑張んのかな、と米屋が恐る恐る彼の顔に触れた。
「周りが言っても聞きゃしねぇかんな、こいつは」
「そうなんだよね」
一人で何を背負いこんでいるのか。
誰かに頼ればいいのに。
彼からの助けに、答えぬものなど ボーダー内にはいないだろう。
「雷蔵は?」
「仕事落ち着いたら来るって。今納期がヤバいとかで」
「…アイツも倒れなきゃいいけどな。悪い、俺も仕事あんだけど。付き添ってられるか?」
少しなら、と彼は答えた。
「夜が防衛任務で」
「わかった。それまでについてられそうなやつ、探しとく」
「はい」
放っておけば、目を覚ましてすぐ仕事に戻ろうとするだろうし。
せめて今日だけは 見張りをつけて休ませよう。
▽
瞬きをして、見上げた天井。
寝ていたのか、と身体を起こして 違和感に気づいた。
「…生身、」
生身で眠ることなど、もうなかったのになぜ。
傍らに座りこくりこくりと船をこぐ木崎を見て 何故彼がいるのだろうと首を傾げた。
俯いて 自分の掌を見つめる。
細くなった手首と色のない肌。
そこにポタリと落ちた 赤色。
「…またか、」
両手で目を覆って、溜息をつく。
自分にはもう、時間がない。
どれくらい寝ていたんだろうか。
ここは、どこだろうか。
何故、木崎がいるのだろうか。
冬島さんとミーティングしていたのは覚えているし、倒れたのだろうか。
目を閉じたままポケットの中のトリガーに触れ、トリオン体に変わる。
瞬きをして痛みがないことを確認してベッドから降りようとすれば 彪吾さん と眠っていたはずの彼が俺を呼んだ。
「おはよう、木崎」
「おはようございます。もう、大丈夫なんですか」
「見ての通り」
トリオン体じゃないですか、と彼は答える。
「大丈夫だって。少し寝れたから、」
「どうして、そんなに無茶を続けているんですか。貴方が倒れたと聞いて、ここに何人の人が来たと思いますか」
「…さぁね」
枕元のテーブルに置いてあった煙草を手にとって、ポケットに押し込む。
「何人いたとしても、関係ねぇな。俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
「彪吾さんは、変わりましたね」
「そーかい。じゃあ、お前は変わってくれるなよ」
俺を見上げていた彼の頭をぽんぽんと撫でて 横を通り過ぎる。
「あぁ、そうだ」
「なんですか」
「迅は、大丈夫か?」
俺の目には、と答えた彼に それならよかったと 返す。
「なぁ、木崎。次は付き添ってなんていなくていいぞ。周りに知らせる必要もない」
「…彪吾さんの命令でも、それは聞けないです」
「よくあることなんだよ」
無茶をしていることもわかってはいる。
だが、時間がないんだ。
「だから、気にすんな」
彼から向けられる言葉を無視して、部屋を出た。
「医務室だったのか、」
時計を確認すれば 眠っていたのは6時間くらい。
随分と時間をロスしてしまったな、と足早にラボに戻った。
▽
「あれ、彪吾さんは?」
「雷蔵、」
彪吾さんと入れ替わりで医務室に顔を出した雷蔵が空になったベッドを見て首を傾げた。
「もう戻った」
「おいおい、マジかよ」
「…よくあることだと 言われた」
俺の言葉に彼は眉を寄せ、俯いた。
「なぁ、彪吾さんは 何を隠しているんだ。何のために自分の命を削ってまで…」
「そうなった原因は、わかる。けど、何をしたいのかは俺にもわからない」
「じゃあ、その原因を教えろ」
俺の言葉に彼はゆるゆると首を横に振った。
「それは出来ない。俺たちの、問題だから」
「だとしても!!それで彪吾さんがあんなになってるんだぞ!?放っておけって言うのか!?」
「…そうだよ。放っておくしか、ないんだ」
悔しそうに顔を顰めた雷蔵が 俺でも無理なんだと 声を震わせた。
「助けられない。どんなに俺が呼び止めたって、あの人は…立ち止まってなんか くれないんだ」
あぁ、そうか。
俺よりもきっと、彼の方がずっと、悩んでいたのか。
知らないはずがないんだ、彪吾さんがどれだけ苦しんでいるか。
知っていても助けられない、止められないもどかしさを 彼はずっと抱えている。
「…悪い、」
「……ごめん、俺も」
嫌な沈黙が流れて、雷蔵がごめんともう一度呟いた。
「謝るな、俺も悪かった」
「…ありがとう、」
彪吾さんは、知らない。
いや、知ってて見ないふりしてるのかもしれない。
こんな風に貴方を想って、苦しんでる奴がいることを。
「俺、ラボに戻るわ」
「雷蔵、無理するなよ。お前も」
「おう、ありがとう」
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