サイドエフェクトと向き合う
「なにしてんすか!?隊長!!」

こんなに慌ててる雷蔵は珍しいな、とそちらに視線をやれば 思ったよりも怖い顔した彼が彪吾の目にアイマスクをつけた。

「これ、俺の仕事ですよね!?何勝手に引き受けてんすか」
「あー、いや。寺島、仮眠入ったばっかりだったし、俺も開発手詰まりで 息抜きに」
「俺よりあんたが休んでください。開発手詰まりで 防衛装置の補修なんて…息抜きもクソもないですよ。しかも、ここは来ちゃダメだって何度も言ってますよね!?トリガーのメンテナンスで生身だし、尚更ダメでしょう!!?」

怒んな怒んな、とアイマスクをつけたまま 雷蔵の肩を彪吾が叩く。
何がなんだか、わからんが とりあえず雷蔵が彪吾にキレているらしい。
彪吾が無茶するのはいつものことだが、ここまで怒られているのは初めて見た。

「ちょーっと、俺にもわかるように説明プリーズ?」
「あ、すいません。冬島さん…」
「彪吾連れ出さん方がよかったか?雷蔵を休ませたいっていうんで、頼んじまったんだが。お前が最近詰めてんの知ってたし」

いいんですけど、ダメなんですよと 雷蔵は困った顔。

「いーよ、俺が話すから。冬島さん、俺のサイドエフェクトは知ってるよな?」
「心の視覚化だろ。それがどうした?」
「心ってのは、まぁ…なんつーか、死んだ後も存在してることがあんだよ。残留思念っつーんかな。強い未練がある奴とか、死んでもなお心だけは 現世に留まることがある。」

つまるところそれが形を成せば幽霊と呼ばれる部類のものだと、アイマスクをつけたまま彼は笑った。

「ここは四年前 人が死にすぎた。急に訪れた理不尽な、無慈悲な死に多くの未練が遺ってる。多くの、心が遺ってる」
「…彪吾さんはそれが見えてるんです。見すぎると、調子崩すので あまり来させたくないんです。この近辺には、」
「ある心は 自分の子供を探してる。ある心は、自分の身に起きたことに気づけないでいる。ある心は、自分を殺した 何かを恨んでいる。ここにある心達は、悲しみ、恨み、絶望し、それでもなお生きたいと願ってる」

成仏とかさせられねぇのか、と言えば彼は首を横に振った。

「探してる子供を見つけてやるとか、死んでることを教えてやるとか。あるだろ、漫画でよく」
「心は名前を覚えてねぇんだ。墓石に刻むだろ?名前って。だから、忘れちまってんだ。名前は体と共に逝く。だから、残ってんのは自分が誰なのかも忘れちまった 心という名の未練の塊だ」

救い出す方法はねぇんだと、彼はアイマスクの下で泣いているような気がした。

「…とりあえず、中戻ってください。彪吾さん」
「はいはい。寺島、焦ると隊長って呼ぶのそろそろ直せよ」
「…だったら、焦らせないでくださいよ。走ったのなんて、久々ですよ」

現役時代はあんなにカッコよかったのにな、と彪吾は笑いながら立ち上がる。

「つーわけだ、冬島さん。あとは寺島と頼むわ」
「いや、ゆっくり休めや。無理させたいわけじゃねぇんだ」
「本部まで送ります」

雷蔵の申し出を少しの間なら耐えられるから大丈夫だと、断った彪吾はアイマスクを外して 本部へ歩いて行った。





助けてなんで僕を置いていくの 僕はここだよお兄ちゃん、どこにいるの? 助けて助けて俺の下半身は どこだ暗くて何も見えないみんなどこにいるの嫌だ 怖い怖いよ助けて 痛い痛い血が止まらないの痛い痛い痛いやだ!死にたくない! 誰か助けて神様仏様誰でもいいから助けてくださいお願い、この子だけでも生きて家族は無事なのかなんで死ななきゃいけないんだ死にたくない1人にしないで最期に 会いたいもっと一緒にいたかった助けて嫌だ 助けて 死にたくない お願い、助けて 誰か、助けて助けて痛い助けて死にたくない助けて一人は嫌助けてこの子だけでも助けて助けて家族だけでも助けて助けて助けてどうして


目の前を埋め尽くす感情。
救えない、人々の叫び。

「助けて、あげられなくて。ごめんな」

くらり、と襲ってきた眩暈に目を瞑りしゃがみこむ。
ズキズキと痛む両目。
やべぇな、見すぎたか。
補修もそんなに時間のかかるものではなかったし、平気かと思っていたが。
未練が強くなっていっている。
黒く澱んだ、心が より深く深く黒に 闇に染まっていく。
いつかは、あそこは真っ黒な 闇に包まれるのだろうか。
目は、開けそうもない。
だが、本部の通路までは まだかかるし 寺島達がいるところまでも遠い。
とりあえず誰かに連絡しないと、と回線を開く。
寺島にかけたら確実に説教は免れないな。
口が固くて、事情がわかってるやつは…1人しかいないか。

「悪ぃ、ちょっと 助けてくんね」

繋いで相手は、今どこだと聞き返してきて 居場所を伝えれば ものの数分で 足音が近づいてきた。

「彪吾」
「悪ぃ、東さん」
「なんで、ダメだってわかってる場所に行くんだ」

短時間だから平気かと思ったんだ、と言えば 彼が俺の腕を掴み立たせてくれた。

「俺が本部にいたからいいものを…」
「あそこ、濃くなってきた。闇が」
「…そうか」

幽霊が悪霊と化すように、心も悪に染まる。

「どうにかしないといけないな」
「どうやって」
「…お祓いでもするか?」

塩なんか撒いてみろ。
視界を悲鳴が埋め尽くすだろうよ。

「本部に入るぞ。足元、注意しろよ」

本部に入り、やっと開けた目。
目の前には心配そうな顔をする東さんがいた。
目から伝った涙。
それを見て彼が目を見開く。

「悪ぃ、なんで泣いてんだろ。本部の中なのに、ヤベェな」
「それ涙じゃないぞ!?とりあえず医務室行くぞ」
「は?ちょ、おいっ!?」

涙だと思ってたものを拭えば赤く染まった手。
涙ではなくて、血だったらしい。
まぁ、よくあるサイドエフェクトの暴走。
受け止めきれない感情を見過ぎた。
保冷剤で両目を冷やしながら、口を開く。

「助けて、あげたかった」
「…そうだな、」
「せめて、心だけでも。救ってやりたかったのに」

ただ見えるだけなのだ。
心は見えるだけじゃ、救えない。
人の心も未練の塊も ただ見えるだけ。

「考えすぎるなよ、お前のせいじゃない」
「そーかい」

俺を撫でる彼の手に、甘えてしまいそうだった。






「雷蔵!」

修復作業を終えて本部に戻れば慌てた様子で俺を呼びに来た風間。
連れられた先、模擬戦の様子を映すモニターには彪吾さんと太刀川の姿があった。
手足を失った太刀川の額に押し付けたアイビス。
引き金を引く彼の横顔は、酷く酷く 寂しそうだった。

「次で20戦目だ」
「そうか」
「太刀川は1本も取れてない」

そうだろうな、と笑って また転送されてきた彼の姿を見つめた。
だから、嫌なんだよ。
あの場所に彪吾さんが行くのが。
救えない心を見ると、アンタはあの時のことを思い出すから。

「…隊長のせいじゃないですよ」
「雷蔵?」

隊長が悪いんじゃない。
隊を解散させる必要なんてなかったし、あんたがエンジニアになる必要だってなかった。
全てを知っていても、救えない人はいる。
救えない心がある。
忘れくれりゃいいのに。
諦めてくれりゃいいのに。
苦しむ隊長の姿を、俺はこれからも見続けないといけないのか。
アイツのことを、隊長は自分のせいだって思ってるんだろ どうせ。
アンタは止めたじゃないか。
出来る限りのことを、したじゃないか。
それでもダメだったんだから、諦めるしかないだろ。

「…神様じゃないんだぞ、」

太刀川がまた、額を撃ち抜かれた。
そして、満足したのかブースから出てきた彼は俺を見つけて片手をあげる。

「悪ぃ、遊んでた。仕事戻んぞ」
「…はい」

風間が心配そうに俺を見た。

「気にしなくていいよ。俺たちの問題だから」
「…また、それか」
「悪い」

隊長、と彼を呼んで隣に並ぶ。

「あの場所には行っちゃダメです」
「悪かったよ」
「目を逸らす事を、覚えてください」

アンタのせいじゃない、俺はそう伝えて 彼を見た。

「知ってるよ」
「…だったら、」
「けど、誰かのせいにしねぇと。誰も責任とらねぇだろ?」

責任逃れするような大人にゃなりたくねぇよ、と彼は笑った。
そういうところがかっこいいと思っていたけど、やはり悲しいものだ。
隊員であった頃から頼ってはもらえない。
同じチーフエンジニアとなった今でも、彼を助ける術を俺は持っていない。

「流石に、怒りますよ。彪吾さん」
「今日はずっと怒ってんじゃねぇか」
「わかってんなら、やめてください」

隊長想いのいい隊員だな、と彼は笑って、俺の頭を少し雑な手つきで撫でた。
そういうとこがずるいんだよ、馬鹿野郎。
きっと彼に見えているであろう感情。
けど、彼は見えていないかのように振舞って笑う。

ねぇ、彪吾さん。
アンタにはこの世界がどう見えてんのか 俺は知りたいって思うよ。

「やめとけ、寺島」
「…いいじゃないですか、願うくらい」
「知らねぇってことは幸せな事だ。世界は綺麗だって、夢見とけ」





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