黒トリガーと話をする
大規模侵攻の前に 迅は最上さんを手放したらしい。
その事を迅は俺には伝えなかった。

付き合いは長いが、迅は俺を得意としていない。
心を読まれるのが嫌だからなんだろう。
未来を視る彼は 色んなことを知っていて、色んなことを考えているから。
ラボに籠る俺と玉狛の彼が会うことなど、早々ないのだ。
最上さんを手放した事を俺が知らなくても、仕方のないことだった。
だが、知ってしまったなら話は別。

「城戸さん」
「…なんだ」
「最上さんに会わせてくんね?城戸さん管理っしょ?」

風刃は管理している、と彼はわざわざ言い直した。
嫌いなんだよな、城戸さんも 俺のこと。
いつからだっけ、と考えれば あの時からかと 一人納得する。

「はいはい、風刃ね。どっちでもいいから、貸してくんね」
「…何故だ」
「別にいいだろ。それ使って戦いたいとか言ってんじゃねぇし。ただ、会わせろっつってんだけど」

沈黙。
あー、このおっさんも腹立つわ。
つーか、最近の上層部とは馬が合わねぇんだよ、根本的に。

「なぁ、おっさん。こちとら、ボランティアじゃねぇんだよ。エンジニアとしてなら幾らでも仕事するけどな、戦闘は違ぇだろ。エネドラ討伐に駆り出しておいて、ご褒美もねぇのかよ」
「いらんと、言ったのは貴様だろ」
「討伐数なんかいらねぇよ。削ったのはアイツらだしな。けど、俺を出動させたってとこは そっちの独断だろうが」

我儘な小僧だ、と彼は最上さんを放り投げた。
それをキャッチして、1時間以内に返すと部屋を出た。

「久しぶり、最上さん」

手の中から発される彼の感情に視線を向ける。
死後、心は名前を失う。
体が燃やされ、名前が墓石に刻まれるからだ。
だが何故なのか、黒トリガーになった場合は例外らしい。
恐らく肉体が昇天していない為に、名前も宙ぶらりんになるんだと思う。
心に名前を教えてやれば 体を失っただけの心に戻る。
思考力も記憶力も脳がない為か格段と下がるが、僅かばかり残ったそれらで会話を出来る。
だから、俺は風刃を最上さんと呼び続けるのだ。
その度に上層部にも迅にも嫌な顔されるが。

「知ってたか?迅、アンタを手放したらしい」

自分のラボに入り、彼をテーブルの上に乗せる。

「親離れに時間をかけすぎじゃねぇか?」

ケラケラと笑えば、前に進むことは難しいことだと彼は言った。

「まぁ、アイツのいく末なんぞ知ったこっちゃねぇが。なんでも、アンタの友人の息子の為に手放したらしいぜ?名前は、なんて言ってたっけか。…えっと、」

ちょっと前に資料が渡されたような、と机の上を漁れば見つけた名前。

「そう、空閑。空閑遊真。へぇ、思い当たる節があんのか」

父親はどうした、と言う彼に首を傾げた。

「父親?空閑有吾?…いや、情報来てねぇけど。あ、けど黒トリガー持ってんぞ、空閑」

それが意味することを彼もわかったのだろう。
そうか、と感情が止まった。

「いいんか?その、空閑遊真の為に最上さんを手放すのは」

彼がそうすべきだと思ったのなら、何も言わないさと彼は言った。
ただ、寂しくないと言えば嘘になると 見逃しそうな小さな文字が視界の隅に流れた。

「はっ、素直じゃねぇな。まぁ、いつかまた戻る日が来んだろ。なんだかんだ言って、アンタは迅の隣がお似合いだ」


きっかり1時間。
最上さんと話をして、城戸さんに風刃を返した。
扱い難い奴だという彼からの感情を無視して、司令室を出る。

「…あ、」

ラボに戻って仕事をしようと思っていた俺の前に現れた迅と白髪の少年。

「そんなあからさまに嫌な顔するこたぁねぇだろ、迅」
「いやー、だって。ごめんなさい…」

どうしようってのが一番らしい。
ぐるぐる回る彼の思考から目を逸らす為に、両目を閉じてやる。

「これで満足か」
「あ、ごめんなさい…」
「別に今に始まったことじゃねぇだろ。まぁ、ちょうど良かった。お前に伝言だ」

何?と彼の声が微かに 身構えた。

「自分で決めた道なら、迷わず進め…だと。」
「……俺、彪吾さんのそういうとこ嫌いなんだよ」
「知ってるよ。あと、怒っちゃいない。また会いに来いってよ。」

いいお師匠さんじゃねぇか、と言えば 彼は黙ってしまった。

「師匠って最上さんだよね?どういうこと?」

聞こえてきた新しい声。
恐らく白髪の少年のものだろう。

「俺ね、人の心が視えんのよ」

閉じた目を指差して言えば、ほう と短い返事。

「で、未練が強い心とか肉体が昇天してねぇ心は 今でも視える。だから、最上さんとも俺はやりとりができる」
「…なら、俺の親父も視えるのか?」
「親父…?」

目を開けた。
顔を逸らす迅と、真っ直ぐ俺を見つめる少年。
嘘はついてない、と彼の心の中の声。
そして、もう一つの声。

「…名前は?黒トリガーか?」
「そう。空閑有吾」
「空閑有吾さん。ねぇ、アンタだよ。覚えてるか?自分のこと」

白髪の少年は恐らく空閑遊真なんだろう。
そして、彼から発されるもう一つの感情。
あぁ、確かに俺は空閑有吾だと 答えた。
一つの体から 2つの心が発されるのは 初めて見た。

「ここ?ここは地球だよ。あー、ミデンっつった方がわかるか?そう、 ボーダーだ。アンタの息子は、今ボーダーにいるよ」

地球という言葉で分からず、ミデンでわかるとこ見ると近界民か。

「空閑遊真。お前、ここで何してんの?」
「俺?俺は、三雲隊の隊員だよ。遠征を目指してる」
「へぇ、そーかい。…隊を組んでるってよ。遠征を目指してんだと。え、ランク戦のシステム考えたのはアンタなのか?へぇ、すげぇもんだと思ってたよ。俺はエンジニアの人間なんだよ、そういうのは尊敬に値する」

最上と城戸は、と彼は尋ね、同輩なのだと彼は言った。

「城戸さんはうちのトップ。最上さんは亡くなったよ、アンタと同じで黒トリガーとして 力を遺していった」

アイツらしいな、と彼は言った。
そういえば 君の名前を聞いていなかった、と話がそこで止まった。

「…玄野彪吾だ」

彪吾。
遊真を宜しく頼むよ。
遊真の肉体は 俺で繋ぎとめられている。
肉体は今も死に刻一刻と近づいていっているんだ。
初対面の君に、こんなことを頼むのは忍びないんだが 遊真を助けてやってほしい。

彼はそう 言って 感情が切れた。
亡くなった人の心にはよくあることだ。
会話は出来ても いつもできるわけじゃない。
オンオフがあり、オフの期間に充電しているような そんな感じなんだと思う。

「…親父はなんて?」
「お前さんがここにいることを喜んでたよ。仲間を作ったことも」
「…嘘は、ついてないね」

信用できねぇ?と首を傾げれば 少しねと彼は答えた。

「君と親父さんしか知らねぇことを話せばいいか?」
「嘘を言ってないのはわかるよ?俺」
「サイドエフェクトか。じゃあ…お前の肉体は有吾さんに繋ぎとめられてる。時間がないって 言ってた」

…やっぱり嘘じゃないんだ。
死んだ人と会話。
黒トリガーの戻し方、親父は知ってるのかな。

流れてくるのはそんな感情。
黒トリガーを生き返らせたい、か 最上さんが亡くなった時 迅も同じようなこと言ってたっけ、

「黒トリガーを元に戻す術はねぇと思うよ。親父さんも、今はもう眠ってるから聞けねぇけど」
「…それは、残念だ」
「まぁ、次目を覚ますまでは 遠征目指して頑張ってろよ。親父さんは、それを喜んでくれんだろ」

それなら、頑張るとしようと彼は笑った。

「改めて、玄野彪吾だ。チーフエンジニアをしている。君の力になれることはないと思うけど、何かあれば 遠慮なく頼ってくれ」
「ありがとう。空閑遊真です」

差し出された手を握り返して、宜しくと笑う。
そして、ずっと目を逸らしていた迅を見る。

「迅」
「…はい、」
「別にお前が何しようが、興味はねぇよ。未来視て暗躍続けてんだろ、どうせ」

彼は俺の前では 怯えた目をする。
心の中を見られるから。
自分の見た最善も最悪も俺にはわかってしまう。

「過去まで、背負うんじゃねぇぞ」
「え、」
「終わったもんはもう どうにもなんねぇ。お前が責任持つことでもねぇ。神様じゃねぇんだ、お前1人の力で 全てが変えられるわけじゃねぇ。いくら、それよりいい未来が見えていたとしても、起こっちまったもんが全てだ。受け入れろ」

簡単に言わないでよ、と彼は言う。
だが簡単に言ってやるさ、いくらでも。

「責任は上が取る。それが上に立つ人間の責任だ。お前を使う人間の責任だ。お前を責める奴がいるなら、俺が代わりに罰を受ける」
「…なんかそれ、違うじゃん」
「そーか?人を使う人間は、そういんもんだろ。それに、過去は俺に押し付けときゃいいんだよ。俺は、こっち側で生きる人間なんだから。お前は迷わず未来だけ見とけ」

視界を埋め尽くす不安と安堵とこれから訪れる様々な未来のこと。
ここで誰かが死んでしまう、けどこっちだと この人が。
そんな未来を彼は見つめている。

「あ、待って…やめて、今は見ないで。彪吾さん」
「…相変わらずだな。別に隠すことねぇよ。どんな未来でも、俺は死ぬ」
「…やだって、言ったのに」

怯えた目をするようになったきっかけは それだったな。
昔は結構懐いてくれてた気もするが。
仕方ない。
その死は、俺が招くものだろう。
予想はついているんだ。

「いいよ、気にすんな。覚悟はしてる」
「やめて、そんなこと聞きたくない」
「…嘘じゃないんだね」

空閑が俺を見上げてそう、言った。

「嘘じゃねぇよ。死ぬ覚悟は出来てるさ」
「どうして、回避しようとしないの?」
「言ったろ?俺は過去の人間だ。過去の清算が終りゃ、そこでTHE ENDだ」

初めてその未来を視た日。
迅は一晩中泣いた。
それほど悲惨な死に際なのだろうか。

「生きたいと、思わないの?」
「今んとこな。そう、思わせてくれる奴に出会えりゃ 変わるかもな」
「…その感じは、なんかわかるかも。出会えるといいね」

そうだな、と彼の頭を撫でて、今にも泣きそうな迅の背中を叩いた。

「俺の死は俺の責任だ。俺がやりたくてやることだ。気にするこたぁねぇし、邪魔もすんな」
「彪吾さんの、そういうとこ。本当に嫌」
「悪いな。じゃ、俺はそろそろ行くから」





「彪吾さんの死に際って、どんなやつなの?」

遊真がこてん、と首を傾げる。

「…教えないよ。けど、凄く悲しいんだよね。…いつなのかは、まだわからない。けど、どの未来の先でも 彼は同じように死ぬ」
「…ふぅん」
「戦ってくれないんだ。生きる為に」

だから、嫌と 呟いで歩いていく彼の背を見つめる。

「見つかるといいね。俺にとっての オサムとチカが」
「…そうだな」

彪吾さんの死の未来を見始めるようになったのは、玄野隊が解散してから。
遊真にとっての2人と同じ大切な存在だったんだろうな あの頃の隊員が。
解散以来、彼は変わってしまった。
解散の理由も知らないけど、ここに残ったのは彪吾さんと雷蔵だけ。

「…生きてね、彪吾さん」

どの未来を選んでも、貴方は孤独に死に逝く。
そんな姿、俺は見たくないんだよ。

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