あの日の真相を遺す
4年前。

A級2位 玄野隊
隊長 玄野 彪吾(18歳) 攻撃手兼狙撃手
寺島 雷蔵(17歳) 攻撃手
緒方 大志郎(16歳) 攻撃手
持田 凛音(18歳) オペレーター


「隊長!試作品のアイビスで至近距離射撃すんの やめませんか?」
「は?なんで?」
「忍田さん 怒ってましたよ〜、教育に悪いって」

彪吾さんを怒るのは俺。
ケラケラ笑いながら茶化すのが 大志郎。
それを見守るのが凛音さん。
それが、あの頃の日常だった。

彪吾さんは戦闘においては勿論だが、早く帰れるからという理由で選んだ普通校ではあるが成績は常に学年1位。
模試でもトップ3から漏れたことはない。
大学も 推薦で 地元の大学へ特待生で入学することが決まっていた。
A級1位部隊を率いる東さんと共に狙撃銃の開発に携わっていた事もあり、ボーダー内の憧れの存在であったことは間違いない。
年の差をあまり重要視していない性格なのか、彼自身年上に対してもフランクで 生意気とも言うのかもしれないが 年下からもそういう接し方をされることを咎めることはなかった。
隊員の大志郎はその優しさに甘えっきりだった。

「凛音、今日おばさんのお見舞いだろ?帰らねぇでいいんか」
「え!?やば!ごめん、私先帰るね!」
「凛音ちゃん、俺も行こうか?」

そして、大志郎は彪吾さんの幼馴染である凛音さんと恋人同士で 彼女からも目一杯甘やかされていた。
まぁ、末っ子感が抜けない 憎めない奴だったから 俺も甘やかしてしまっていたけど。

「いいわよ、すぐそこだから。彪吾とご飯行くんでしょ、これから。次は私も参加するからね」
「悪ぃな、予定合わせらんなくて」
「いつも一緒じゃない。たまには男3人でむさ苦しく食べなさい」

じゃあまた明日、と笑って隊室を出た彼女を見送って 俺たちもご飯を食べに行く為の準備を始めた。
俺が換装を解いて、大志郎が続けて換装を解く。
その時、感じたことのない殺気が 自分の肌を刺した。
そして 振り返った瞬間 目の前で 大志郎が 彪吾さんに 撃たれた。
響き渡る銃声と人形のように倒れる大志郎。
倒れる瞬間がスローモーションに見えて、大志郎の額にアイビスを突きつけた彪吾さんは泣き出しそうな 顔をしていた。

「何してんすか!?」
「……スパイだ」
「はい?」

気を失った大志郎を見下ろして、彼は大きく息を吐いて 両目を覆った。

「視えちまった」
「……大志郎が、スパイって言いたいんですか」
「そうだよ」

そんなはずない、と思ったけど こちらを見た彪吾さんの表情がそれを嘘と願うことすら許してくれなかった。
それに、彪吾さんは誰よりも隊員を大切にしてくれていた。
意味もなくそんなこと、する筈がない。

「………どう、するんですか。凛音さんは?あの人もスパイってことですか?」
「わかんねぇけど、緒方は…知り過ぎてる。このまま 持って帰られたら ボーダーは終わんぞ」

彪吾さんはエンジニアとの関わりが深かった。
ボーダー本部内の防衛システムの開発にも、遠征艇の開発にも関わっていた。
そして、俺たちはそれを間近で見てきたし、時に実験台にもなった。
持っている情報は 彼にとっては極上だろう。

「気ぃ失ってる間に、記憶封印措置をする」
「流石に気付きません?1年近く記憶がなくなれば」
「代わりの情報を埋める。記憶封印の装置作るときに実験的にやってた技術かある。まぁ、非人道的だとかどうだとかで 認可されてねぇけど」

俺が創ったから出来る と彼は言った。
バレないように 装置のある部屋に彼を運んで、記憶を封印。
そして、彪吾さんは 偽物の記憶を植え付けた。

「……凛音さんには、」
「もう凛音には会わせられねぇ」
「そうですけど、どうやって…」

俺がどうにかする、と彼は言った。
結局どうやったかは 知らないけれど 凛音さんや俺の前に大志郎が現れる事は二度となかった。





「ねぇ、彪吾。大志郎は…?」

寺島のいない隊室で 凛音は俺に問いかけた。
恐る恐る尋ねる彼女は まさかバレたのか 何も言わずに帰ったのか と感情を発した。
あぁ、知っていたのかと 頭を抱えたくなった。
知らずに利用されていたなら、よかったのに。
知っていても尚、大志郎を好きだったのか。

「彪吾、答えて」
「殺した」

俺のその一言に彼女の中に 衝撃が走り、ドス黒い感情が生まれ始める。

「知ってて騙してたんだな、凛音」

凛音は何も答えなかった。

「アイツは…スパイだった。敵国の」
「殺す必要なかった。殺すほどのことじゃなかった!!!」

俺に掴みかかった彼女に 俺は笑った。

「何を、今更。俺たちは 殺して来たはずだ。敵国の近界民を」
「っ!!」
「大志郎が死ねば、三門市の…日本の 何千、何万もの命を救える。なら、躊躇う必要はねぇ」

違うか?と聞けば、彼女は思いっきり俺の頬を叩いた。

「自分の、隊員じゃない…なんで、なんでそんな…無慈悲に、」
「先に裏切ったのはお前らだろ」

見開かれた瞳。
彼女の大きな瞳からぽろぽろと涙が溢れ落ちる。

「どう、しろって言うのよ。好きだったの、私を信じて打ち明けてくれたの。守りたいじゃない、守ったっていいじゃない。好きな人を一人守るくらい いいでしょう」

顔を覆い、彼女は泣き崩れた。
彼女の母が植物状態になった時以来の、涙だった。

「自分の母親と恋人、どっちが大事なんだ。…敵国が攻めてきたら、守れねぇぞ。電気が止まれば おばさんは死ぬ。建物が崩壊すれば 逃げられずに死ぬ。背負って逃げるのは 無理だ。わかってただろ。だから、守る力が欲しかったんだろ。だから、ボーダーに入ったんだろ」

嗚咽だけが、耳に届く。
彼女を責めるのは違うってわかってる。
けど、俺が幼い時から隣にいた唯一の存在だった。
彼女だけは、裏切りはしないと…思っていた。
信じていたかった。

「ボーダーを辞めろ。ここにいる資格は、お前にゃねぇよ。記憶は…お前の好きにしろ」

彼女を置いて、隊室を出た。
入口の隣に俯く寺島がいた。
その目には 涙が浮かぶ。

「悪ぃな、寺島」
「っ、はい」

その日、凛音はボーダーを辞めた。
そして 2日後 俺は 城戸指令に呼び出された。

「緒方大志郎はどこだ。持田凛音は何故 ボーダーを辞めた。」
「城戸さん、アンタにゃ関係ねぇことだ。うちの隊で揉めただけの話」
「持田凛音は お前が緒方大志郎を殺したと 最後に伝えたが」

だったらなんだ、と俺は答えた。
静まり返る指令室だが、視界は騒がしい。

「緒方が行方不明になった日、記憶封印措置が使用された形跡がある。あれを扱えるエンジニアは皆、アリバイがあった。残るは、お前だけだ」
「生身の大志郎を撃った。そんで、記憶を封印して 外に捨てた」

室内が今度は音として、騒ついた。

「何故、」
「アンタにゃ関係ねぇ。聞かれようが答える気はねぇし、拷問されても吐く気はねぇ」

べ、と舌を出して舌先にあるカプセルを指令に見せた。

「プラスチックカプセルの中身は劇薬だ。噛めば割れて中身が漏れ出す。舌は爛れて 喋ることは愚か、最悪死ぬ。これ以上追及を続けると言うのなら、これを噛み砕く」

また、指令室がしんとした。

本物か?
そんなはずない。
だが、彪吾なら。

そんな感情が視界を踊る。
答えを急かすように 首を傾げれば 指令は俺を冷たい目で見下ろした。

「辞めさせたきゃ、辞めさせろ。記憶を封印したきゃすればいい。俺はその判断には従おう」
「…玄野彪吾。全ポイント剥奪及び玄野隊無期限活動停止を命ずる」

指令は俺にそう言った。
東さんに止められる中、 隊室では寺島が待っていた。

「隊は解散だ。…悪ぃな、寺島」
「隊長は…」
「とりあえずエンジニアに転向する。まぁ20歳になりゃトリオン機能は衰える。少し早まったが、訪れるべき未来が訪れただけだ。寺島、お前は戦闘員を続けろよ。お前にはセンスがある。隊を組むのも、いいだろ」

絶対に組みません、と彼は言った。
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな感情を俺に向けた。

「俺は玄野隊の寺島雷蔵です。後にも先にも、俺は玄野隊以外はあり得ません」
「…馬鹿だなぁ、そりゃ」
「隊長よりはマシですよ」

そーかい、と俺は笑うしかなかった。

「なぁ、寺島」
「はい」
「…この件、墓場まで持っていくぞ。最後の隊長命令だ」

はい、と彼は迷うことなく答えた。
その日 A級2位部隊 玄野隊は解散した。

口から吐いたカプセルを踏み潰せばどろり、と床を溶かす。
自分の命を天秤にかけ、上を脅して黙らせるなんて、最低だな と床と同じように心が汚くどろりと溶け出した気がした。
劇薬で舌を焼き、喉を潰し、胃を溶かしてしまえばよかったと その日から毎日 毎日考えていた。

その数日後。
凛音は自殺し、凛音の母親は後を追うように息を引き取った。
そして 凛音の父親と弟は 人知れず この街を去った。



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