玉狛支部

「彪吾さん、彪吾さん」
「あ?迅?」
「こんにちは」

俺が帰ってきて以来、迅はまたちょくちょく俺の元に顔を出すようになった。
死ぬ未来が見えなくなったからか、まぁ理由なんて興味もないのだが。

「明日休みだよね?」
「まぁ」
「うちでご飯、食べない?あ、うちっていうか玉狛なんだけど」

約束あるとか、嫌ならいいけど と俯いた彼。
昔の彼を思い出して、つい笑ってしまった。

「な、なに?!」
「別に。変わらねぇな、お前も」
「え、何が」

昔から、甘えるのも苦手、我儘言うのも苦手。
おねだりなんて以ての外。

「一旦家帰るから。その後なら」
「っ!本当に!?」
「あぁ」

やった、と僅かに頬を緩めた彼を見て、普段からそうしてりゃいいものをと思ったが 言ったところで無駄のはわかっていた。
元はと言えば、俺が死ぬことを決めたのが悪いのだ。
俺には比較的甘えていた彼を無理矢理独り立ちさせたようなものだし。

「迅」

来い、と手招きすれば ラボなのに入っていいの?と心の中で考えながら こちらに歩み寄る。
座ったまま彼を見上げて、手を伸ばせば 何故かぎゅっと目を瞑る。
そういうところも、変わっちゃいない。

「いい子で待ってろよ。早めに仕事終わらせてやっから」
「っな!?」

頭の上に乗っけた手で、髪をぐしゃぐしゃにしてやれば 顔はみるみるうちに真っ赤に染まる。

「視えてなかったな、迅」
「っそういうとこ!!ずるいんだよ!」
「今に始まったことじゃねぇだろ。ガキが一丁前に気ィ使ってんな。会いてぇなら会いに来い。誘いてぇなら誘え。ダメな時はダメって言うし その代わり埋め合わせはちゃんとしてやっから」

ガキじゃない、と彼はそっぽを向くが 心の中は満更でもないらしい。
相変わらず素直じゃない。
手を伸ばせば叩かれるのか、と目を瞑る。
誘いたくても、必ず逃げ道を残す。
何をどうやりゃ、こんな子供に育つのか。
そんなこと考えながら、頭を撫でていた手を離した。

「返事は?」
「…うん。」
「よく出来ました」

子供扱いしないでよ、と彼は言うが 俺から見りゃ子供なのだ。
誰も彼も 子供でしかない。
俺の守るべき、対象でしか ないのだ。

「絶対、来てね」
「あぁ。指切りでもしてやろうか?」
「馬鹿にしてるでしょ」

冗談だよ、と笑ってやれば 彼は頬を染めたまま もう帰る!とラボを出て行く。

「あ!今日はみんないるからね!」





あぁ、本当に ズルい人だ。
なんでこんなにカッコいいんだろ。

「悪ぃ、遅くなった」
「平気だよ」

ゆるくあげた前髪。
色付きのサングラス。
シンプルなのに、目を惹く服。
久々に見た私服だったが、こんなにカッコよかったっけと 見つめれば彼はゆるりと首を傾げる。

「心の中ダダ漏れなん、忘れんなよ」
「っ!」
「お前に限らずだけど。私服好きだよなぁ…」

本部では基本的に作業着としてのツナギが多い。
髪の毛も ひとまとめか、ボサボサな事が多いし。
そのギャップというのか、破壊力がヤバイのだ。

「レイジさんが ご飯作ってくれてる」
「久々だな、木崎の飯」
「ちゃんと生身?」

俺の問いかけに彼は笑った。
内緒、と彼は言って リビングへ歩いていく。

「まだ小南は帰って来てないんだよね。学校の補講らしくて」
「あぁ、お嬢様校だもんな」
「彪吾ではないか!!」

雷神丸に乗って歩いて来た陽太郎が片手を上げる。

「お、元気か。坊ちゃん」
「坊ちゃんではない、陽太郎だ」
「お前はまだ、坊ちゃんで十分だ。だがまぁ、デカくなったな」

陽太郎を片手で抱き上げた彪吾さんは雷神丸を空いた手で撫でる。

「家出をしていたんだろう?」
「お、よく知ってんな。上が仕事押し付けすぎなんだよ。もう、嫌になっちゃって」
「良くないぞ!仕事を投げ出すのは」

わかってるよ、と彪吾さんが笑う。
意外と子供の扱いが上手いんだよなぁ…。

「邪魔すんぞ、木崎」
「彪吾さん。ゆっくりしていってください」

わざわざキッチンに顔を出した彪吾さんに レイジさんも少し表情を緩めた。

「会った事ないメンバーが多いと思うんですが、」
「空閑んとこの隊の奴ら?ログはちらっと見たから 大丈夫」
「珍しいですね」

うちのガキんちょが奮闘してるからな、と笑った彼は 兄のようで 父のようだった。
家出先から連れてきた褐色の肌の近界民の少年。
彪吾さんの全てを受け継いで戦う彼は 戦闘姿が 彪吾さんによく重なる。

「どこかの隊に入れる予定ですか?」
「ぜーんぜん。アイツの好きにさせるよ。人とのつながりを形成するのはアイツだ。アイツが選んだ相手と 組めばいい。それが、いい人であることを願うだけだ」
「…彪吾さんらしいですね」

褒めてんの?と彪吾さんは笑って、リビングで待ってると 片手を上げた。

「そいつは近界民か?」
「そうだよ」
「だからヒュースと仲が良いのだな」

ヒュース。
彼から度々名前を聞く。

「空閑んとこの近界民か」
「そうだ」
「そうなのかもな」

リビングに行けば 小南を除くみんなが待っていて、彪吾さんを見た途端みんな立ち上がる。

「お久しぶりです」
「彪吾さん!」
「烏丸と宇佐美は 変わりないか?」

はい、と答えた彼らを 彪吾さんは何を言うでもなく 優しい目で見ていた。
空閑が修と千佳ちゃん、ヒュースを紹介して 身構えてる彼らに いつもより優しい声色で彪吾さんも自己紹介をする。

「よっ。まるでパパだな」

抱き抱えていた陽太郎を見て言った林藤さんに、もっとまともな感想があんだろと 眉を顰める。
陽太郎を下ろして 話す2人の姿は ボーダーが出来たあの頃となんら変わりない。

「彪吾!!!」
「うぉ!?相変わらずだな、お嬢ちゃん」
「やめなさい、その呼び方」

制服姿のまま抱き着いた小南を受け止めた彪吾さんはケラケラと笑って頭を撫でる。

「ん?元気そうじゃねぇか」
「子供扱いしないでってば」
「俺から見りゃ皆、子供だよ」

こんなに大人になったのに!と制服のスカートを翻しながら 一周した小南によく似合ってるよ と彼は笑う。

「馬鹿にしてるでしょ!?」
「してないしてない。ま、酒が飲めるようになったらもうちょい大人の女性として扱ってやっから」

長い髪を一房持ち上げた彪吾さんが、その髪の毛に目を伏せて口付ける。

「なっ…!!!」

真っ赤に染まった小南の顔を見て ほら見ろ まだ子供じゃないかと笑った。
そんなこと、大人がされても赤面すると思うんだけど。
彪吾さんって 自分の容姿のことに全く興味ないからなぁ…。

「着替えておいで」
「彪吾のバーカ!!」
「はいはい」

ドタバタと走っていく彼女を見送った彼は 失礼なこと考えてんなよ、とこちらに視線を寄越す。

「タラシ」
「子供をタラシこむ趣味はねぇよ」
「修達にはまだ早かったかなぁ」

そりゃ違いねぇ、と彼は笑った。





疲れたのか 人の膝を枕に眠る坊ちゃんこと陽太郎の頭を撫でる。
足元には雷神丸が丸くなって眠っていた。

「彪吾さん、変わらないですね。ほんとに」
「そーか?」

風間隊にいた時より宇佐美の髪は長くなった。
烏丸も少しばかし背が伸びただろうか。
陽太郎も 大きくなった。
あんなちんちくりんだったお嬢ちゃんでさえ、一丁前に大人になろうとしてた。

「成長するもんだなぁ、皆」
「早く大人になりたいですから」
「なってもいいことねぇけどなぁ」

気を利かせて、なのか 林藤が用意してくれていたスコッチ片手に 宇佐美と烏丸の話に耳を傾ける。
空閑達は先程まで話していたが課題があるとかで 一足先に部屋に戻っていた。

「大人になったら、彪吾さんに頼って貰えるから」

そう言って俺を真っ直ぐ見つめた烏丸に つい笑ってしまった。

「何で笑うんですか」
「頼りにしてるさ、最初から」
「それは嘘ですね!」

宇佐美もそれに乗っかって、もう1人で無茶させませんと言う。
彼らの成長は嬉しいものだが、どんなに成長しても俺にとっては守るべきものだということに変わりはないのだ。
それを言ったところで、きっと 納得なんてしちゃくれないんだろうけど。
まぁ、それはそれでいいのか。

「大人になったら、俺の酒に付き合ってくれりゃ それでいいよ」

彼らの道を照らしてやろう。
もう、戦えなくなった体だが。
運が良いことに、この頭はまだ生きている。
生きる世界を、作ってあげよう。
彼らの大切なものを取り返して、笑って 生きていられるように。


「なんだ、皆寝ちゃったの?」

お風呂から上がってきた迅が 寝落ちた烏丸達を見て首を傾げる。

「風呂入る時は小南いなかったじゃん」
「課題終わったからって来たんだよ」
「風邪ひいちゃうから、起こさないとか」

いいよ、と俺が言えば彼は首を傾げる。
膝に頭を乗せる陽太郎を抱き抱え、足元に眠る雷神丸も反対の手で抱き抱える。
相変わらずの力持ち、と目を丸くした彼に 笑った。

「体は、鍛えてるから」

全員抱えて、部屋まで運んで それを眺めたいた迅にほれ、と手を広げてやる。

「なに?」
「お前も運んでやるから、さっさと寝ろ」
「いや、自分で行けるし!?てか、まだ寝る時間じゃ!?」

いいから、と迅を姫抱きして持ち上げれば またその顔は真っ赤に染まる。

「たまには全部忘れて眠るといい。それに、ここからは大人の時間だ。良い子は寝んねしてな」
「…馬鹿にしてるでしょ」
「俺の前では 子供でいろよって言ってんだよ」

ベッドに彼を寝かせて まだ少し湿った髪を撫でてやる。
恨めしそうに睨む彼の目に 俺はおやすみと 微笑んだ。

「ねぇ、彪吾さん」
「ん?」
「…楽しかった?」

恐る恐る、彼は聞いてきた。
まだ寝る時間じゃないとか言っていたくせに 布団を頭まで被って。

「楽しかったよ。ありがとう。けど、次はそういう気遣いなしに、誘ってこいよ」
「っうん…」
「おやすみ」

リビングに戻れば 仕事は終わりか?といつの間にか姿を消していた林藤と木崎がいた。
ご丁寧に新しいグラスには一杯の氷が用意されている。

「2人も気遣いすぎじゃね?」
「大人には大人の楽しみ方ってもんがあんだろ」
「譲りますよ、それくらいは」

そーかい、と笑って ソファに体を沈める。

「なんだかんだ、皆 お前の事が気になってたんだよ。わかってやってくれ」
「いいよ。全部視えてたから。…ま、恵まれてんなって」
「…お前だからだよ」

注がれる黄金色を眺めながら ふっと、笑みを零す。

「まァ、悪かねぇな」
「ほれ、乾杯。おかえり 彪吾」
「おかえりなさい」

ただいま。とぶつけたグラス。
悪かないさ、生きるのも。
彼らのいく末を、見守ることも。
悪かない。

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